2011/01/10 - 2011/01/10
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たか☆さん
龍馬をたどる旅を締めくくるのは、龍馬が羽ばたいた長崎の街です。
故郷土佐を脱藩し、神戸海軍修練場も志半ばでつぶされてしまった龍馬。
ですが、ここからが龍馬の真骨頂となるのでした。
ついに龍馬が飛翔し、日本にとって大きな足跡を残したかの地、長崎。
「長崎はわしの希望じゃ」と龍馬が本当に言ったかどうか分かりませんが、龍馬にとって長崎は閉塞感と挫折を乗り越える力を与えてくれた地であったと言えるでしょう。
私にとっての龍馬伝、最後は希望の地、長崎を前半後半の2部構成でご覧ください(^^)/
【相生地獄坂・グラバー邸・歴史文化博物館・出島】
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長崎には新幹線で福岡経由で入ります。
N700系も随分と増えました。
窓際席には全部コンセントが付いているので、充電しながら移動できるのはいいですね〜(^^) -
博多駅です。
以前に来た時より随分変わっています。
それもそのはず2011年3月の九州新幹線の開業に合わせて、阪急百貨店が入る駅ビルの再建築中で、駅や駅地下の部分はもう大体できあがっていました。 -
博多から長崎へはJR九州の「白いかもめ」で(^^)/
調べてみるとこれは885系という日立製作所が作った車両で、台湾やイギリスにも輸出されているということ。
そういえば、以前日立のコマーシャルでイギリスでの列車の話がありましたね〜。白いかもめと兄弟だったとは、びっくり!(^^)!
日立製作所HPより
http://www.film.hitachi.jp/movie/movie783.html -
長崎駅に降りると、改札の横に「龍馬観光案内所」の看板が。
さすが観光地長崎です。 -
長崎駅はコンパクトですが、開放感のある明るい駅でした。
2000年の白いかもめの運航と同じ時に改装されたそうです。 -
そして長崎といえば路面電車。なんと120円という激安で完全に市民の足となっています。停留所でどかどか人が乗ってきて満員になることも(^^;)
そしてたくさん走っているのが、この龍馬くん電車です。
じゃあ電車に乗って龍馬の足跡巡りを始めましょう(^^) -
まずはグラバー邸に向かいます。
ところでグラバー邸には2つの行き方があるのはご存知ですか?
一つは大浦天主堂の横にある第一ゲート、もうひとつが電車の最終駅「石橋」まで乗って、そこからエレベーター(!)で一気に上る方法です。
後の方法はまだあまり知られていないようですね。 -
今日はエレベータで一気に行ってみましょう!
ここがその「グラバースカイロード」の乗り口です。 -
と、ちょっとその前に寄り道です。
グラバースカイロードの乗り口のすぐそばに、「相生地獄坂」というちょっとびっくりするような看板があります。
ここはNHKの「長崎相生地獄坂」という番組で紹介された坂なのです。
ちょうどこの番組がこの日の朝に再放送されていたので、これもなにかの出会いかと訪れてみました。 -
いや〜〜、すごい上り坂です。
長崎は坂道で有名ですが、その中にはこうした階段を上らないといけないところも沢山あります。この坂の上に家がたくさんあるのですが、街への上り下りはこの階段を使わないと行けない(他に道がない)のだとか。
昔は家を建てるときはこの階段を使って馬に資材を運ばせた、というような話もされていましたが、ちょっと想像つきませんね〜 -
こちらがスカイロードで登った場合に入る、第2ゲートです。
園内の一番高い所から入れるので、後は下るばかり、大分楽です(^^) -
園内に入るとすぐにあるのが、「旧三菱第2ドックハウス」です。
船の修理中に乗組員が宿泊した施設だということで、明治29年に造られた、まあまあ新しい?建物です。 -
これは園内にあるプッチーニの銅像です。
オペラ「マダム・バタフライ」(蝶々夫人)をプッチーニが書いたわけですが、オペラの舞台は長崎で、蝶々夫人のモデルはグラバー夫人となった日本人のツルさんと言われています。 -
さてお目当てのグラバー邸にやって来ました。
グラバー邸が建てられたのが1863年、亀山社中がグラバーと取引したのが1865〜66年頃です。
直接取引にあたったのは近藤長次郎他ですが、おそらく龍馬もグラバー邸を訪れたことでしょう。 -
グラバー邸の中には、当時を再現した展示があります。
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そして建物の中を進んでいくと...
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志士をかくまったといわれる屋根裏部屋があります。
この上は部屋になっているようで、普通に考えれば廊下の上に部屋を造るはずはなく明らかに隠し部屋ですね。
ただグラバー邸はたびたびの増築をされており、この廊下ができたのは1877年頃とされています。龍馬の時代には今はない隠し部屋が2部屋あったようです。
参考HP:http://electronic-journal.seesaa.net/article/173247257.html -
グラバー像です。
龍馬は、1864年から亡くなる1867年8月までの間に、12回程も長崎を訪れ、中には一月以上滞在したこともあったそうです。
龍馬が一番輝いたこの時期に、拠点としていたのが長崎だったのですね。 -
さてグラバー園のある山の手から降りて、出島にやってきました。
出島と坂本龍馬? なんとなく接点がなさそうに思いますが、異国人との取引はグラバー邸でだけ行われていたわけではありません。
出島を舞台に海援隊がオランダ商人から銃を買い付けたという記録が残っており、少なくとも陸奥陽之助(宗光)ほかが訪れたことは間違いないようです。その商談の中で龍馬も立ち寄ったことがあるのでは、ということで記念展が行われていました。 -
昔の出島はこのような形で、本当に橋1本で本土とつながった島であったそうです。異国人の住居や交易はここに限っていたわけですが、グラバー邸が建っていた幕末ではそんな縛りもかなり有名無実となっていたようです。
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ここで「龍馬と海と出島」展が行われていました。
内部は写真が取れなかったのですが、龍馬というより、幕末の頃の長崎や出島の様子についての展示がよかったかな。 -
出島に行った事ある人であればご存知、出島のミニチュアモデルです。
今の出島はまだまだ空き地が多いのですが、長崎市では中期計画で出島を完全に復元する計画を進めているそうです。実際に、新しい復元家屋の建築準備が始まっていました。単なる観光名所と思っていましたが、完全復活とは長崎恐るべし...
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/dejima/new_dejima/contents/index003.html -
そして10分ほど歩くと後藤象二郎邸跡につきます。
出島に行くにも、土佐商会に行くにも歩いて10分もあれば十分です。
実際はそれなりの地位の侍なので、商い現場などには行かずに、丸山の料亭やら奉行所やらに行っていたのでしょうか?
ちなみに長崎は関が原の戦いの少し前の1570年に開港し、江戸時代は徳川幕府の直轄地となっていたので、お城はありません。
その代わり、奉行所が政治の中心となっていました。 -
さらに5分ほど歩くと、龍馬の長崎でのスポンサー役を引き受けていた小曾根邸跡に着きます。長崎で龍馬が滞在する時にはここにいたようで、有名な寺田屋事件の詳細や兄権平に送った手紙などは、ここに滞在するときにかかれたものと思われます。
亀山社中にとっても有力な後継者であった小曾根家ですが、それが故、近藤長次郎が切腹をしたのも同じくこの小曾根家の中にあった、梅花書屋でした。 -
先ほどの碑の後ろには、お龍さんが月琴を弾く像があります。
道から見えないので、かなり探してしまいましたが、碑の真後ろで発見。 -
次は、長崎歴史文化博物館の「長崎奉行所龍馬伝館」です。
いろんなことがあったので長く空きましたがぼちぼち復活します 2011.4.26 -
私が行ったのは2011年1月でもうまもなく閉幕という時でしたが、相変わらずに人気です。46万7千人も見に来たそうです。
いや〜すごい(^^) -
龍馬伝館には歴史文化博物館の横の入り口から入ります。
長崎奉行所、入りま〜す(^^)/ -
歴史文化博物館は昔の長崎奉行所を復元したものですが、想像以上に広くて本格的。
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さて、中のレストランでお昼ご飯としましょう。
ま、便乗といえば便乗ですが、こうして話しの種になりますね。 -
「カツオと野菜のサラダ仕立て」
カルパッチョ、というわけでも無い様です。
ちょっと微妙。 -
「鳥そぼろと春雨のパイ包み焼き」
出島料理の名物であったパイの中身を龍馬の軍鶏好きにちなんで鳥そぼろにしたそうです。
食べやすかったかな。 -
さてさて本日のメインイベント! お白州劇場です!!
これは以前から市民ボランティアの方により、長崎奉行所のお裁きを模した寸劇が行われていたのですが、龍馬伝にちなんで、イカルス号事件バージョンとなっているようです。
以前に来た時に長崎奉行所バージョンを見ましたが、これが最高!
これを見るために、歴史文化博物館に来たといって過言ではありません。
とにかく最高! -
寸劇はお白州で繰り広げられます。
観客は縁側風の板の間に座って見物です。
この日もお客で満員。 -
青い羽織を来た方が、龍馬です。
以前はお奉行様役だったのですが、要は主役はこの方。
着物が似合って、風格があって素敵な方です。
ただお年から龍馬はちょっと厳しいかもしれませんが、そこはご愛嬌(^^) -
ボランティア劇団といえば、あまり期待しないでしょうが、確かに劇はうまくないけど、とてもとても味があって、私は大大大ファンです。
龍馬伝終わっても、週末は同じメンバで長崎奉行所の寸劇が行われていると思いますので、ぜひ長崎に行った時には見に行ってください!
ちょっと離れた場所にありますが、決して損はさせませんよ(^^)/ -
街中に戻ってきました。
長崎まちなか龍馬館に行ってみます。 -
こうしたパビリオンにしてはめずらしく夜まで開いています。
龍馬に興味が無い人でも、街中あるき中にふらっと寄ってみてはどうでしょう。
※龍馬伝終了後も、2012.3.31まで引き続きオープンしています。 -
真木よう子の写真展をしていました。
この人、龍馬伝までぜんぜん知りませんでしたが、お龍のイメージ出てますね。お龍さんの伝え聞きを書き残した本を読むと、京女だけど、気が強く、あっけらかんとした性格だったようです。
※わが夫 坂本龍馬 おりょう聞書き (朝日新書) -
この銅像は、長崎県五島列島にある龍馬の銅像のレプリカです。
ここではワイル・ウエフ号の遭難事件があり、池内蔵太をはじめとする亀山社中の12名が亡くなりました。合掌した像となったのはそういう訳の様です。
龍馬は事故後島に渡り、碑の建立を依頼したとされています。
寺田屋事件の少し後のことになります。
※http://official.shinkamigoto.net/index.php?itemid=1255 -
長崎市内には「長崎龍馬の道」というルートが設定され、そこを順番にめぐるとゆかりの地が回れるようになっていました。
長崎が細長い街となっているのを生かした、面白い試みです。
※http://www.nagasaki-ryoma.jp/road.html -
さて今日一日沢山歩き、色んな龍馬に会ってきました。
明日はいよいよ風頭公園、亀山社中に行ってきま〜す(^^)
龍馬は長崎での日々で何を感じ、何を見たのか。
そして忘れられない同士、近藤長次郎の墓とのあまりに偶然の出会いもあります。
ぜひ後編もご期待ください(^^)/
☆前編完 2011.7.18
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