2010/11/06 - 2010/11/13
305位(同エリア845件中)
mas98765さん
- mas98765さんTOP
- 旅行記435冊
- クチコミ5件
- Q&A回答0件
- 494,966アクセス
- フォロワー29人
世界遺産の町トレドを回ります。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
トレドにやって来ました(前のページのスペイン広場から来るといきなりですが、途中の写真を撮りませんでした)。トレドはマドリッドの南にあって、昨日コルドバからマドリッドにAVEで来る途中にも通過しました。タホ川が大きく蛇行したところにあって川に囲まれているので、自然の要塞になっています。1561年に首都がマドリッドに移るまで、ここが政治や経済の中心でした。560年に西ゴート王国の首都となった後、711年にイスラム教徒の支配下となり、1085年にカトリック王朝のアルフォンソ6世が取り返しました。ここから見える旧市街地は、古都トレドとしてユネスコの世界遺産に登録されています。トレドに着いた後、バスは橋を渡ってタホ川の南側の山を高い所まで上り、15時30分頃展望台に到着しました。向かい側にトレドの町の全景が見えます。
(トレド周辺の地図はこちら)
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&t=h&brcurrent=3,0x0:0x0,1&source=embed&ll=39.855169,-4.02503&spn=0.023094,0.038581&z=15 -
トレドの町では、2つの建物が目立ちます。右側に見えるこの建物は、アルカサル(城)です。3世紀にローマ帝国の宮殿として建てられ、トレドを再征服したアルフォンソ6世が修復して要塞とした後、その後大幅に改築されてこのような形になりました。スペイン内戦時代にはフランコ軍が立てこもったそうです。四角い建物の四隅に塔がそびえる形で、要塞というより宮殿といった感じもします。現在は軍事博物館になっています。
-
左側に見える塔は、トレド大聖堂(カテドラル)の塔です。トレド大司教はスペイン・カトリック教会の首位聖職者とされていて、つまりここは総本山です。1226年に、フェルナンド3世によって建設が始まり、カトリック両王時代の1493年に完成しました。基本的にはゴシック様式なのですが、ところどころにイスラム文化の影響を受けたムデハル様式が見られるようです。塔の右側に、大聖堂の身廊(Nave)の部分が見えます。
-
手前の川の左側を眺めるとこんな感じで、
-
手前の下を見ると、ここに流れが激しそうなところがあって、
-
その向こうに市街があります。もっともアルカサルや大聖堂のあるこの部分は旧市街で、トレドの新しい町はもっと北側に広がっています。
-
右側のタホ側を眺めます。こちらの方が上流です。
-
ここが展望台です。でも、ここから眺めると右手の木が邪魔して川の右側が見えにくいので、個人的には少し右に歩いていったところの方が好きです。写真はそちらの方から撮ったものです。
-
景色をパノラマにしてみました(元画像でご覧ください)。でもこれは失敗です。トレドが川に囲まれていることを示すには、もっとアングルを下げて、川を一緒に写した方がよかったと思います。15時40分頃、バスに乗って出発です。
-
再び橋を渡って、トレドの旧市街に行きます。15時45分頃、象嵌(ぞうがん)細工の店に到着しました。この辺りは、イスラム文化の影響を受けて、ダマスキナードという金銀を使った象嵌細工が発達したそうです。たしかSalida(出口)と表示されているところから入ったので、入口の写真を撮らなかったのですが、階段を下りていく途中にこのような鎧があって、
-
階段を下りたところの店内中央には、このように鎧をつけた騎馬と騎士の像がありました。
-
立派な剣がたくさん売られていて、以外に安かったので欲しいと思いました。どうせ作り物でしょうが、銃刀法に関わってくると困るのでやめました。トレドは鉄製品、特に剣の生産で昔から有名だそうです。何故か日本刀も売られていました。
-
これが象嵌細工ですね。
-
このような飾りもありました。
-
象嵌細工を施された皿などもあります。中央に置いてあった鎧のおかげで、買い物嫌いのわたしでも飽きない店でした。16時05分頃出発して、トレドの旧市街に向かいます。
-
トレド旧市街の城壁のところまで来ました。
-
この辺りでバスを降りて歩きます。何故か途中の写真を撮らなかったのですが、エスカレーターを上って行きました。
-
やがて、このような場所に出ました。ここはソコドベール広場(Plaza de Zocodover)というところです。イスラム時代にこのあたりは牛市場だったようで、ソコドベールという名前はその意味のアラビア語に由来するのだそうです。向こう側にアルカサルの2本の塔が見えます。あいにくアルカサルには案内していただけませんでした。
(ソコドベール広場周辺の地図はこちら)
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&t=h&brcurrent=3,0x0:0x0,1&source=embed&ll=39.859657,-4.021307&spn=0.002887,0.004823&z=18 -
広場の右手はこのようになっていて、1つ前の写真の左手の建物は、
-
このようになっています。
-
中央の門から人が大勢やってきます。
-
広場はこんな感じです。ここは建物に囲まれた空間で、マドリッドのマジョール広場などのように、かつてはこのような広場を町の中心にしていました。
-
ソコドベール広場からコメルシア(Comercia)通りを歩いていきます。
-
このように進んでいくと、
-
向こうの方にカテドラルの塔が見えてきます。
-
天津甘栗のようなものも売っていました。後で同じツアーの方が味見させてくださったのですが、とても香ばしかったです。
-
塔が近づいてきました。
(カテドラル周辺の地図はこちら)
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&t=h&brcurrent=3,0x0:0x0,1&source=embed&ll=39.857359,-4.023909&spn=0.002887,0.004823&z=18 -
少し歩いて左手を見ると、正面に時計があります。ここはもうカテドラルの側面で、この部分を時計の門(Puerta de Reloj)といいます。注目したいのは、やはり時計です。
-
数字はローマ数字です。この時計を普通に読むと10時23分くらいなのですが、現在の時刻は16時28分です。でも時計はちゃんと合っています。よく見ると、矢印があるのは右下だけです。針が1本しかないのです。
-
トレドの壁は水の浸食にさらされて、あちこち痛んでいます。そこで、このように修復を行っています。
-
塔(鐘楼というべきでしょうか)のところまで来ました。
-
先端がチクチクするようなデザインです。今回中には入れませんが、塔の下には宝物室があって、コロンブスがアメリカから持ち帰った金を使った聖体顕示台(みこしのようなもの)があるそうです。
-
まっすぐ進むと、
-
右側の建物との間に渡り廊下があります。
-
塔を見上げながら
-
くぐります。
-
塔の右側のカテドラルの部分は、このようになっています。アーチ状の門が3つ並んでいて、左側を Puerta del Infierno(地獄の門)、右側をPuerta del Juicio Final(最後の審判の門)というらしいです。右側の塔のようなものは3層になっていて、それぞれ造られた時代が違うようです。
-
真ん中の大きな門が、免罪の門(Puerta del Perdon; 特殊文字省略)です。大聖堂にはどこにも免罪の門というのがあります。自分が犯した罪を反省し、教会に来て懺悔し、償いをして許してもらうというカトリックの考え方に基づくようです。入口の左右の壁に6人ずつ12使徒の彫刻があります(写真では人数が足りないようですが、手前に隠れています)。この門は、特別な時以外は閉まっているようです。
-
上の部分も眺めておきます。三角の部分の上を見ると、横一列に最後の晩餐のシーンになっています。
-
カテドラルの前はちょっとした広場になっていて、反対側に見えるこの建物は市役所(Ayuntamiento)です。たぶん広場の名前はアジュンタミエント広場です。
-
カテドラルの塔を振り返った後、
-
奥の道を進みます。
-
このようなところを抜けて、
-
このような通りを通っていきます。
-
ここで左に曲がります。
-
マザパン(Mazapanes)と書かれた店があります。マザパンはアーモンドの粉にハチミツなどを練って作った菓子で、トレドの名物だそうです。
-
クリスマスが近づいていて(まだちょっと早いですが)、特別な時期らしいです。
-
これがマザパンだと思います。
-
正面に四角い塔が見えてきました。これがサント・トメ教会です。
(周辺の地図はこちら)
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&t=k&brcurrent=3,0x0:0x0,1&source=embed&ll=39.856853,-4.028348&spn=0.001443,0.002411&z=19 -
塔はムデハル様式で、アーチがあっていかにもイスラム的です。この教会では、エル・グレコの傑作と言われる「オルガス伯の埋葬(Entierro del Conde de Orgaz)」を鑑賞しました。エル・グレコはクレタ島出身の画家で、トレドが気に入ってここで暮らしました。オルガス伯爵とは、この教会に多額のお金を寄付して再建した人です。1312年に亡くなって埋葬された時、聖ステファノと聖アウグスティヌスが天国から降りてきて、みんなの見ている前でオルガス伯爵を埋葬したという伝説があります。一番上の中央にはキリストがいて、その左下に聖母マリア、右下にヨハネがいます。下のところでは、左側の聖ステファノと右側の聖アウグスティヌスが中央のオルガス伯爵を抱きかかえています。左下で聖人を指差しているのはグレコの息子で、ポケットのハンカチにはグレコの本名「ドメニコス・テオトコプーロス」で署名してあるそうです(エル・グレコというのはギリシャ人というあだ名だそうです)。葬礼に参列して後ろに並んでいる人々は、当時トレドで有名だった人たちの肖像画です。聖ステファノの顔の上で正面を見ている人はグレコ自身だと言われています。
(参考:Wikipediaのオルガス伯の埋葬)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/ff/El_Greco_-_The_Burial_of_the_Count_of_Orgaz.JPG -
サント・トメ教会から戻る途中、このような建物を通りかかりました。これは、サン・イルデフォンソ教会(別名ヘスイータス教会)といいます。近すぎて全体がおさまりませんが、
-
これが教会の下の部分です。
-
続いて、このような建物を通りかかりました。これはトレド県庁です。トレドはトレド県の県都で、カスティーリャ・ラ・マンチャ州の州都でもあります。
-
エスカレーターに乗って下ります。
-
ここから見える町が、トレドの新市街です。
-
下に下りてきました。
-
城壁を振り返ります。
-
17時25分頃、バスに乗りこみました。乗る直前にも城壁を眺めておきます。
-
これは、タベーラ病院です。中に教会や美術館があって、エル・グレコの作品がいくつも展示されているそうです。
-
これは闘牛場ですね。
-
これはアルフォンソ6世の騎馬像です。トレドをイスラム勢力から奪還した英雄です。
-
左手にトレド旧市街を見ながら戻ります。
-
夕焼けが綺麗です。
(説明はインターネットの情報とガイドさんから聞いた内容を合わせたものです。)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- 潮来メジロさん 2013/09/02 18:57:02
- 訪問回数100回目、ありがとうございました。ヾ(^o^)
- mas98765さん、こんばんは! ヾ(^o^)
毎度、訪問&投票ありがとうございました。
昨日、mas98765さんの訪問回数が、ちょうど100回目となっておりました。
拙いブログなのに、度々お越し戴き、ありがとうございました。
> 階段を下りたところの店内中央には、このように鎧をつけた騎馬と騎士の
> 像がありました。
え〜っ! 馬にも鎧をつけるんですか・・・?
騎士が鎧を着けて馬に乗るだけでも馬にとっては大変な重量なのに、馬さんも鎧をつけて、これで長距離を走り回れるんでしょうか?
きっと、短距離の突撃などで威力を発揮したんでしょうね。
ではまた・・・。(^o^)/~~~
(潮来メジロ)
- mas98765さん からの返信 2013/09/02 20:38:38
- メッセージありがとうございます
- 潮来メジロさん、メッセージありがとうございます。いつも旅行記を拝見して勉強させていただいております。しばらく休眠状態が続いておりますが、またそのうちどこかで鳥の写真を撮って、名前などを教えていただければと思います。その際はよろしくお願いします。
(mas98765)
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
mas98765さんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
63