2010/11/06 - 2010/11/13
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mas98765さん
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前編に続き、コルドバ大聖堂(メスキータ)の中を回ります。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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前編より続きます。モスクの奥(南東側)を向くと、このようになっています。ビリャ・ビシオサ(Capilla de Villaviciosa)というキリスト教の礼拝堂の入口です。これは、中央礼拝堂が出来る前に造られたキリスト教の礼拝堂のようです。この礼拝堂がある場所から後ろのミフラーブまでは、ハカム2世の拡張部分で、もともと豪華な造りになっていました。実際には、アブド・アッラフマーン3世が929年に拡張を開始し、961年に亡くなったため息子のハカム2世が後を継いで、装飾を施して完成させました。その頃のデザインを活かしてキリスト教の礼拝堂に改造されました。
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少し上を見ると、こんな感じで、
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天井はこんな感じです。
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1番上の写真で右手に見えている、アーチを支える柱に注目します。この柱はアラバスターで出来ていて、光を通します。
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でも、下のこの部分は光を通しません。後に大理石で修復された部分なのです。
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ビリャ・ビシオサ礼拝堂の中に入ります。
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正面は、2重アーチを派手にしたようなデザインになっています。こうした多葉系アーチは、ミフラーブ前にあるカリフ専用の場所を豪華に飾り、権力を示す役割があったようです。
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少し上を向くとこんな感じで、
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天井はこんな感じです。
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左手には、十字架のキリスト像があって、
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右手はこのようになっていて、
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ステンドグラスの薔薇窓があります。
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床はこんな感じです。昔はここでミサを行っていました。
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ビリャ・ビシオサ礼拝堂を抜けて進むと、ピンボケ写真ですがこのようになっています。ここは、961年にハカム2世が拡張したモスクの部分です(先ほどのビリャ・ビシオサ礼拝堂もこの部分に造られました)。このカリフ(王様)のときが、後ウマイヤ朝の領土が最大になった最盛期だったようです。正面には、モスクで一番重要なミフラーブが見えています。
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やはり、赤レンガと大理石の縞模様による2重アーチが並んでいます。
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天井が綺麗です。
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左側(だったと思います)を見渡すと、こんな感じです。
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正面には、このようなミフラーブがあります。ミフラーブは、メッカの方向を示す窪みで、イスラム教の人たちはこの方向を向いてお祈りをします。以前あった教会の土台を利用しているため、15度ほど南にずれているらしいです。周囲が植物模様やアラビア文字で飾られています。
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ミフラーブの中には入れないのですが、八角形の小さな部屋になっているそうです。
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ミフラーブ手前の今立っているところ(マスクラといいます)の天井を見ると、このようなドーム状になっていて見事です。ビザンツ帝国のコンスタンチノープルから来たキリスト教のモザイク職人がハカム2世のために造ったものです。アラビア幾何学模様と金の装飾が調和しています。マスクラの天井は、細い8本のアーチが組み合わせて八角堂の天井を支える構造になっています。真下から見ると、2つの正方形が45度ずれて組み合わさったような形です。先ほど見たビジャ・ビシオサ礼拝堂の天井にも、961年に造られた同様のものがあります。
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ミフラーブの左側と、
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右側にはこのような門があって、この右側の門について、王様の入口という説明を受けたように思います(自信がありません)。
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ミフラーブの左手にはこのような場所があります。聖テレサ(サンタテレサ)の礼拝堂の、宝物が展示してある部分です。聖テレサとは、修道院改革に力を注いだアビラのテレサのことのようです。右手の入口を入ると、
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正面にこのようなものがあります。聖体顕示台といって、みこしのようなものらしいです。左上にあるのは指です。
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上を見上げると、このようなドームになっています。たぶん、ローマ橋から見たときにメスキータの上に飛び出ていた部分だと思います。
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入ったところの右手前には、このような像があります。これは、メスキータを大聖堂にすることを計画したアロンソ・マンリケ司教です。
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その左側にはこのような絵があって、
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逆に入口を入って左側には、このような絵があります。これは、コルドバを征服したフェルナンド3世の絵です。メスキータを築いた後ウマイヤ朝は権力争いなどで衰退して1031年に滅び、小国家に分裂しました。キリスト教徒のレコンキスタ(国土回復運動)の中で1236年、カスティーリャ王国のフェルナンド3世がコルドバを征服しました。
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ドームのある部屋から左手に進んで別の部屋に行きます。十字架のキリスト像があります。横にあるのは、大司教が儀式で使う杖でしょうか。
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たぶん、サンタテレサの像です。
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聖テレサ礼拝堂の宝物殿を出ると、目の前にこのような光景が広がります。ここから向こうは、987年にアルマンソールによって拡張された部分です。大規模な拡張でしたが手抜きだったようで、アーチの赤い部分は赤レンガではなく、赤い塗料を塗ってあります。
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すぐ右手には、このような板が並んでいます。これは、メスキータを建てるときに働いた職人さんたちのサインで、柱に彫られていました。
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例えば88番の名前は、
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ここに彫られています。これは、仕事をアピールして給料をもらうためのサインだったようです。
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ここは拡張前のモスクの出入口だったところです。
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後世の修復も加わっているようで、
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アーチがとても鮮やかに見えます。
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このあたりには、いくつかの展示もあります。例えばこれは、聖書です。
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メスキータの大聖堂の中心部分を振り返って覗きます。この中心部分は16世紀に造られたものらしいです。
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中に入ります。
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左側に聖歌隊席(Coro)がみえます。
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席がたくさんあるので、右を向いて座ります。
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正面(北東側)に中央礼拝堂があります。鮮やかな絵があちこちにあります。フェルナンド4世とアルフォンソ9世の墓もあるようです。
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少し上を向くとこんな感じで、
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その上の天井部分はこんな感じで、
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その手前の天井はこんな感じで、
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その右側と
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左側の窓のあたりはこんな感じで、
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後ろの方にも目をやると、
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こちらが後ろにある聖歌隊席の天井で、
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後ろの聖歌隊席です。
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中央礼拝堂の祭壇の左手と
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右手にはこのようなものがあります。
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聖歌隊席に入ります。写真はひどいピンボケになっていますが、雰囲気を示すためにのせます。
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正面にはこのようなものがあります。
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両側はこのようになっていて、
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聖歌隊の席が並んでいます。
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聖歌隊席の空間の入口地下には、どなたかの墓があるようです。
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左側と
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右側の上には、立派なパイプオルガンがあります。聖歌隊席を見た後、自由時間は全くなく、16時15分頃、ガイドさんに連れられて足早に外に出てしまいました。ここのガイドさんの説明は参考になりましたが、セビリアのカテドラルと同様、ゆっくり見られなくて残念でした。いつかまた、個人で来たいです。
(説明は、本やインターネットの情報とガイドさんから聞いた内容を合わせたものです。)
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この旅行記へのコメント (2)
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- yambonさん 2012/08/04 20:52:50
- 引用させていただきました。
- mas98765さん
こんばんは。
メスキータの旅行記非常に参考になりました。
メスキータは円柱の森だけでないことがよくわかりました。
反省も込めて旅行記を作成しましたが、mas98765さんのを皆さんにも参考にしてもらいたくて、yukibxさんのと一緒に引用させていただきましたので、ご了承願います。
yambon
- mas98765さん からの返信 2012/08/05 09:53:20
- 引用していただきありがとうございました
- yambonさん、こんにちは。
旅行記を宣伝してくださり、ありがとうございました。
近所の図書館でたまたま見つけた本にメスキータについて書かれていたので、ガイドさんの説明とミックスして説明を加えました。
わたしはもうスペイン旅行のことを忘れかけてしまっていましたが、yambonさんの旅行記を拝見して記憶が蘇ってきました。スペイン旅行はツアーだったため、自由がありませんでしたが、スペインは魅力的な町が多いですね。わたしは特にアンダルシアが好きです。また自由旅行で出かけたくなりました。
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