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秋田県仙北市の角館町は、仙北平野の北部に位置する城下町です。<br /><br />角館町は、歴史ある武家屋敷と桜並木が美しい、まさに「みちのくの小京都」と呼ぶにふさわしい風情を漂わせた観光名所です。<br /><br />角館の今に続く町並みをつくったのは芦名(あしな)氏で1620年(元和6年)のことでした。町は「火除(ひよけ)」と呼ばれる広場を中心に北側は武家屋敷が建ち並ぶ「内町(うちまち)」に、南側は町人や商人が住む「外町(とまち)」に区分されました。<br />このかつての町割りが390年あまりたった今でもほぼ変わらず残っています。<br /><br />「内町(うちまち)」は、築200年近い屋敷が建ち並び黒板塀に垂れ下がるしだれ桜が続きます。<br />この武家屋敷群の表通りは、国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けており文化財として保護されています。<br /><br />「外町(とまち)」は、「内町(うちまち)」と対照的にびっしりと商家などの町並みが続き、歴史を感じさせます。古い建物や土蔵も数多く残り、町の人はこの空間を大切にしながら店舗やレストランなどに活かしています。 <br />

激走”東北・湯めぐりツーリング!3800k⑲(武士の臭いと・桜の香りのする角館)

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2010/08/15 - 2010/08/22

511位(同エリア864件中)

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風遊

風遊さん

秋田県仙北市の角館町は、仙北平野の北部に位置する城下町です。

角館町は、歴史ある武家屋敷と桜並木が美しい、まさに「みちのくの小京都」と呼ぶにふさわしい風情を漂わせた観光名所です。

角館の今に続く町並みをつくったのは芦名(あしな)氏で1620年(元和6年)のことでした。町は「火除(ひよけ)」と呼ばれる広場を中心に北側は武家屋敷が建ち並ぶ「内町(うちまち)」に、南側は町人や商人が住む「外町(とまち)」に区分されました。
このかつての町割りが390年あまりたった今でもほぼ変わらず残っています。

「内町(うちまち)」は、築200年近い屋敷が建ち並び黒板塀に垂れ下がるしだれ桜が続きます。
この武家屋敷群の表通りは、国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けており文化財として保護されています。

「外町(とまち)」は、「内町(うちまち)」と対照的にびっしりと商家などの町並みが続き、歴史を感じさせます。古い建物や土蔵も数多く残り、町の人はこの空間を大切にしながら店舗やレストランなどに活かしています。

同行者
一人旅
交通手段
バイク
  • 角館駅<br />現在11:25分・・・・・走行距離2080k<br /><br />乳頭温泉郷の温泉を楽しんだ後は、武家屋敷の残る角館の歴史と文化を感じに散策です。

    角館駅
    現在11:25分・・・・・走行距離2080k

    乳頭温泉郷の温泉を楽しんだ後は、武家屋敷の残る角館の歴史と文化を感じに散策です。

  • 角館駅<br />

    角館駅

  • 新幹線が入って来ました。

    新幹線が入って来ました。

  • 角館の町並み<br />深い木立と重厚な屋敷構えが今もなお藩政時代の面影を残す街、角館。東北の小京都と呼ぶのにふさわしい風情を、町全体に漂わせた桜の名所です。<br /><br /><br /><br /> 

    角館の町並み
    深い木立と重厚な屋敷構えが今もなお藩政時代の面影を残す街、角館。東北の小京都と呼ぶのにふさわしい風情を、町全体に漂わせた桜の名所です。



     

  • 「武家屋敷通り」と呼ばれる区域が、昭和51年9月、重要伝統的建造物群保存地区に選定されました<br /><br />

    「武家屋敷通り」と呼ばれる区域が、昭和51年9月、重要伝統的建造物群保存地区に選定されました

  • この街は1620年(元和6年)角館地方を治めていた芦名義勝によって造られました。豊かな仙北平野の北部に位置し、三方を山々に囲まれ、西は桧木内川、南は玉川に沿った地形で、城下町を形成するのに最も適した場所でもありました

    この街は1620年(元和6年)角館地方を治めていた芦名義勝によって造られました。豊かな仙北平野の北部に位置し、三方を山々に囲まれ、西は桧木内川、南は玉川に沿った地形で、城下町を形成するのに最も適した場所でもありました

  • 角館の町内にはいたる所に枝垂桜が見られる。なかでも樹齢の古い武家屋敷の枝垂桜153本は昭和28年3月14日に秋田県指定天然記念物に選ばれている。<br /><br />

    角館の町内にはいたる所に枝垂桜が見られる。なかでも樹齢の古い武家屋敷の枝垂桜153本は昭和28年3月14日に秋田県指定天然記念物に選ばれている。

  • 今は真夏、桜は咲いていませんが、若葉のしだれ桜も乙なもの!

    今は真夏、桜は咲いていませんが、若葉のしだれ桜も乙なもの!

  •  武家屋敷通りの北端に位置する石黒家は、角館の武家屋敷のなかで、現存する最も古いもの。モミや枝垂れ桜など樹齢250年を超える深い木立ちのなかに、江戸時代そのままの姿で主屋、門、塀、土蔵などが保存されている。<br /> 薬医門には文化6年(1809)4月27日と書かれた矢板があり、道路側にはのぞき窓を付けた黒板塀をめぐらしている。門を入ると、起こり破風に懸魚のついた正玄関と脇玄関がある。二つの玄関を持つのは身分の高い武士の家で、石黒家は、佐竹北家の用人を勤めた家柄。財用、勘定といった財政面の役職についていた。<br /> 主屋の建築年代は、薬医門より以前であることは確実で、18世紀から19世紀にかけての頃と推定されている。屋根は萱葺きで、庭には水に見立てた苔が緑にしたたり、簡素なたたずまいのなかに武家の格式を漂わせている。 <br />

     武家屋敷通りの北端に位置する石黒家は、角館の武家屋敷のなかで、現存する最も古いもの。モミや枝垂れ桜など樹齢250年を超える深い木立ちのなかに、江戸時代そのままの姿で主屋、門、塀、土蔵などが保存されている。
     薬医門には文化6年(1809)4月27日と書かれた矢板があり、道路側にはのぞき窓を付けた黒板塀をめぐらしている。門を入ると、起こり破風に懸魚のついた正玄関と脇玄関がある。二つの玄関を持つのは身分の高い武士の家で、石黒家は、佐竹北家の用人を勤めた家柄。財用、勘定といった財政面の役職についていた。
     主屋の建築年代は、薬医門より以前であることは確実で、18世紀から19世紀にかけての頃と推定されている。屋根は萱葺きで、庭には水に見立てた苔が緑にしたたり、簡素なたたずまいのなかに武家の格式を漂わせている。

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