2010/10/10 - 2010/10/12
103位(同エリア186件中)
ゆらのとさん
その人の名はガショー西岡こと西岡京治氏(ケイジと読む)である。 ガショーというのは国王から与えられた称号で県知事以上の偉い人でなければ与えられない。(英国のナイトと同格) 外国人でガショーが与えられたのは西岡氏だけなんだそうだ。
インターネットで調べた西岡氏の経歴を紹介させていただく。
西岡氏は1964年、ブータンに海外技術協力事業団(現、JICA)で赴任以後、日本の野菜栽培、ブータンの土壌に適した稲作の品種改良、荒地の開墾等、ブータンの農業振興に尽力されたのだそうだ。そればかりではない。道や橋を造ったり、棚田を作り貯水池も造った。農機具も日本の企業の協力で沢山導入した。 そして、成果の確実性、定着性に重点を置き、ブータンの国民にやる気を起こさせたのだそうだ。
西岡氏は1993年、ブータンで敗血病のため58歳で死去されるが、28年間ブータンに留まったのだそうだ。亡くななられた時、ブータンの王室と政府は国葬とし、遺体は現地に埋葬されたのだそうだ。
ガイドのサンゲさんも国葬の時の事を覚えておられた。何万人もの民衆が見送りに来て、「ニシオカ、ニシオカ」と泣き、悲しんだのだそうだ。
昭和天皇の国葬にブータン国王が参列された。そのときの感動がインターネットの「西岡京治」で検索すると、動画で紹介されているので、是非、見ていただきたい。
発展途上国の大統領や君主は日本の国葬に参列したたついでに、日本の首相と会談し、日本からの援助をお願いして帰るが、ブータン国王は国葬に参列した時、天皇のご冥福だけ祈られてお帰りになったのだそうだ。
ブータンは農業国である。西岡氏の尽力で、今、国民の食料の85%は自給できるようになったのだそうだ。
日本人は、日頃、ブータンにはあまり関心もっていない。ブータンの国民は日本に関心を持ち、敬愛している。自分を含めて、もっとブータンに関心を持たなければならないと恥ずかしく思った。
外国で同じような経験をしたのがトルコである。明治5年にトルコの艦隊が串本沖で沈没したとき、地元の人々の親切を今でも、トルコの人は感謝している。
パロの町を歩いていると、昔、見たような錯覚に陥る。町の両面が山で棚田や段々畑が見える。日本の田舎を歩いているようだ。
「そうだ、この景色は山古志村と同じだ」、私は10分もしない内に思い当たった。私の父の故郷は山古志村で子供の頃から見慣れた景色だったのだ。
私は健康で、念願の「外国の桜」の本を出版したら、是非、また、ブータンを訪れたい。そのときはブータンに10日間位は滞在したい。
親切にしてくれたサンゲさんにも是非お会いしたい。今、恋人がいて、来年結婚すると言っておられたので、再会のときは良きパパになっているだろう。
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写真説明: 1、ガショー西岡 (インターネットから転載)
2、山古志村(現、長岡市)のような棚田
3、山の合間のブータンの町(パロ)
ゆらのと、=峰村剛 (長岡市在住)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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