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風情ある青荷温泉を後にして、雨の降りしきる中、一路弘前に向かいます。<br /><br />大まかな今日の予定では、今夜の宿は五能線の不老不死温泉辺りと思っていたのですが、弘前に着いたのが午後4時前、連日の超ハードなツーリングに些かお疲れ気味。今日は弘前城を見た後は宿探しです。

激走“東北・湯めぐりツーリング!3800k⑨(弘前城~岩木山)

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2010/08/15 - 2010/08/22

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風遊

風遊さん

風情ある青荷温泉を後にして、雨の降りしきる中、一路弘前に向かいます。

大まかな今日の予定では、今夜の宿は五能線の不老不死温泉辺りと思っていたのですが、弘前に着いたのが午後4時前、連日の超ハードなツーリングに些かお疲れ気味。今日は弘前城を見た後は宿探しです。

同行者
一人旅
交通手段
バイク
  • 弘前城・追手門<br />追手門は慶長15年(1610)に建てられたもので三の丸の枡形に位置しています。所謂櫓門形式の城門で、入母屋、本瓦葺き(鯱付き)、1層目正面は厚い板と太い柱で構成され、覗き窓や通用門が設けられ乳金物や八双など強度のある金物を使用しています。2層目は櫓と同様な機能があり正面には鉄砲狭間や物見があり実戦になると兵士が詰める場所になっています。弘前城追手門は国指定重要文化財に指定されています。

    弘前城・追手門
    追手門は慶長15年(1610)に建てられたもので三の丸の枡形に位置しています。所謂櫓門形式の城門で、入母屋、本瓦葺き(鯱付き)、1層目正面は厚い板と太い柱で構成され、覗き窓や通用門が設けられ乳金物や八双など強度のある金物を使用しています。2層目は櫓と同様な機能があり正面には鉄砲狭間や物見があり実戦になると兵士が詰める場所になっています。弘前城追手門は国指定重要文化財に指定されています。

  • 追手門内側より

    追手門内側より

  • 朱塗りの橋の向こうに弘前城が!見えてきました。

    朱塗りの橋の向こうに弘前城が!見えてきました。

  • 弘前城<br />最初の天守は弘前藩2代藩主津軽信枚により慶長14年(1609年)頃に本丸南西隅に建てられた5重の建物である。内部6階と推定される建築は僅か4万7000石の大名としては破格の巨大さで東北地方では若松城天守に次ぐものであった。しかし、完成から僅か20年に満たない寛永4年(1627年)に落雷で炎上し、内部の火薬に引火して大爆発を起こして焼失した。この天守は再建されることなく、跡には本丸未申櫓が建てられた。石垣も大きく改変されかつての痕跡は存在していない。<br /><br /> 天守(御三階櫓) [編集]<br /> <br />天守(本丸外側より)本丸唯一の現存建築である天守は寛永4年(1627年)に焼失した5重天守の代用として文化7年(1810年)から本丸辰巳櫓を改修し文化8年(1811年)に完成した層塔型3重3階の建物である。高さは約14.4メートルで現存する3重天守の中で最も低い。往時は幕府への配慮から天守とは見なさず、櫓(御三階櫓)として扱われていたが、「事実上の天守」としての役割を持ち現在は書籍等の多くで天守として扱われている。昭和24年(1949年)に松前城天守が焼失したため、現在最も北に位置する事実上の現存天守でもある。現在は独立式であるが往時は北側に多門櫓を付属させた複合式であった。この多聞櫓は明治29年(1896年)ごろまでに破却されている。<br /><br />外壁は白漆喰塗籠で、窓と狭間の上下に長押形を施し、また屋根瓦には寒冷地のため粘土製の瓦を用いずに銅瓦を葺いている。外側に面する東面と南面は1層目と2層目に大きな切妻出窓を設け窓には狭間窓を用いるなど小さな建物を華美で大きく見せる視覚効果が施される一方で、内側である西面と北面には破風を全く付けずに連子窓を単調に並べただけという他の天守には見られない割り切った構成となっている。内部も通常の天守建築では最高級の木材・技術が用いられるが、弘前城の場合は普通の櫓と同等の木材が用いられ、構造的にも簡素であり、床も全て敷居を設けず畳を敷くことが想定されていないなど、当初から倉庫として利用されることを見込んだ割り切った構成となっている。[2]。<br />

    弘前城
    最初の天守は弘前藩2代藩主津軽信枚により慶長14年(1609年)頃に本丸南西隅に建てられた5重の建物である。内部6階と推定される建築は僅か4万7000石の大名としては破格の巨大さで東北地方では若松城天守に次ぐものであった。しかし、完成から僅か20年に満たない寛永4年(1627年)に落雷で炎上し、内部の火薬に引火して大爆発を起こして焼失した。この天守は再建されることなく、跡には本丸未申櫓が建てられた。石垣も大きく改変されかつての痕跡は存在していない。

    天守(御三階櫓) [編集]

    天守(本丸外側より)本丸唯一の現存建築である天守は寛永4年(1627年)に焼失した5重天守の代用として文化7年(1810年)から本丸辰巳櫓を改修し文化8年(1811年)に完成した層塔型3重3階の建物である。高さは約14.4メートルで現存する3重天守の中で最も低い。往時は幕府への配慮から天守とは見なさず、櫓(御三階櫓)として扱われていたが、「事実上の天守」としての役割を持ち現在は書籍等の多くで天守として扱われている。昭和24年(1949年)に松前城天守が焼失したため、現在最も北に位置する事実上の現存天守でもある。現在は独立式であるが往時は北側に多門櫓を付属させた複合式であった。この多聞櫓は明治29年(1896年)ごろまでに破却されている。

    外壁は白漆喰塗籠で、窓と狭間の上下に長押形を施し、また屋根瓦には寒冷地のため粘土製の瓦を用いずに銅瓦を葺いている。外側に面する東面と南面は1層目と2層目に大きな切妻出窓を設け窓には狭間窓を用いるなど小さな建物を華美で大きく見せる視覚効果が施される一方で、内側である西面と北面には破風を全く付けずに連子窓を単調に並べただけという他の天守には見られない割り切った構成となっている。内部も通常の天守建築では最高級の木材・技術が用いられるが、弘前城の場合は普通の櫓と同等の木材が用いられ、構造的にも簡素であり、床も全て敷居を設けず畳を敷くことが想定されていないなど、当初から倉庫として利用されることを見込んだ割り切った構成となっている。[2]。

  • 4:15今夜の宿を見つけました。<br /><br />スーパーホテル弘前<br /><br />温泉&朝食付きで4980円

    4:15今夜の宿を見つけました。

    スーパーホテル弘前

    温泉&朝食付きで4980円

  • 弘前・りんごの湯

    弘前・りんごの湯

  • 8月18日<br /><br />ホテルからのお岩木さん

    8月18日

    ホテルからのお岩木さん

  • スーパーホテル弘前

    スーパーホテル弘前

  • 8月18日aм7時30分。<br /><br />国道101号線を鯵ヶ沢に向けて出発です。

    8月18日aм7時30分。

    国道101号線を鯵ヶ沢に向けて出発です。

  • 出発してすぐ、津軽平野のリンゴ畑の向こうに岩木山が綺麗に見えます。<br /><br />吉幾三の津軽平野<br /><br />津軽平野に雪降る頃はよ・・・お岩木山はよ〜おお!

    出発してすぐ、津軽平野のリンゴ畑の向こうに岩木山が綺麗に見えます。

    吉幾三の津軽平野

    津軽平野に雪降る頃はよ・・・お岩木山はよ〜おお!

  • 道路沿いには沢山のリンゴが!<br /><br />一個失敬しようにもまだ青すぎます。

    道路沿いには沢山のリンゴが!

    一個失敬しようにもまだ青すぎます。

  • 色ずいたリンゴも!

    色ずいたリンゴも!

  • 岩木山は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する標高1,625mの安山岩からなる成層火山(コニーデ型)で、円錐形の山容から津軽富士とも呼ばれる。津軽平野のどこからでも見ることができる独立峰で青森県の最高峰。山頂部は、岩木山・鳥海山・厳鬼山(岩鬼山)の3つの峰で形成されている

    岩木山は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する標高1,625mの安山岩からなる成層火山(コニーデ型)で、円錐形の山容から津軽富士とも呼ばれる。津軽平野のどこからでも見ることができる独立峰で青森県の最高峰。山頂部は、岩木山・鳥海山・厳鬼山(岩鬼山)の3つの峰で形成されている

  • おお!スーパーカーが!!すれ違う!

    おお!スーパーカーが!!すれ違う!

  • スーパーカーの正体は・・・・・・?<br /><br />リンゴ畑に農薬を散布する車でした。<br />

    スーパーカーの正体は・・・・・・?

    リンゴ畑に農薬を散布する車でした。

  • 出発して50分。<br /><br />まだまだ綺麗にお岩木さんが見えます。

    出発して50分。

    まだまだ綺麗にお岩木さんが見えます。

  • ホテルを出発して約1時間、五能線の「鯵ヶ沢駅」に到着です。<br />(現在の走行距離・1702k)<br />五能線(ごのうせん)は、秋田県能代市の東能代駅と青森県南津軽郡田舎館村の川部駅を結ぶ、東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。

    ホテルを出発して約1時間、五能線の「鯵ヶ沢駅」に到着です。
    (現在の走行距離・1702k)
    五能線(ごのうせん)は、秋田県能代市の東能代駅と青森県南津軽郡田舎館村の川部駅を結ぶ、東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。

  • 五能線なんだか聞いた事のある名前!<br /><br />そうそう、水森かおりの「五能線」

    五能線なんだか聞いた事のある名前!

    そうそう、水森かおりの「五能線」

  • これから日本海を右手に眺めながら、五能線と並行してのツーリングです。<br /><br />スーパー白神に会えるかな〜?

    これから日本海を右手に眺めながら、五能線と並行してのツーリングです。

    スーパー白神に会えるかな〜?

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