2010/09/19 - 2010/09/19
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ヌールッディーンさん
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国の重要文化財に指定されている「旧旭川偕行社」の建物が彫刻を展示する美術館として活用されています。
旧陸軍第7師団が旭川に設営された時に、将校たちの社交場として明治35年(1902年)に建設された木造2階建ての洋風建築で、北海道における洋風の本格的なクラブ建築とされています。
ちなみに、隣には井上靖記念館があります。
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建物の全景。
正面のバルコニーはコロニアル様式の特徴です。
東南アジアなどの南国ではバルコニーが周囲を囲むようになっていましたが、冬は寒い日本ではバルコニーは一面だけになっています。このあたりは「旧岩崎邸庭園」でも紹介した通りです。
古い写真を見ると、2階のバルコニー部分がポルティコ(柱廊)ではなくガラスで覆われてサンルームのようになっていた時期があるようでした。
サンルームも旧岩崎邸でも増築された装置だったので、やはり風土への適応という意味では似たようなパターンで変化したことが伺え、興味深いものがありました。
ちなみに、その写真では、建物の正面に半円形に突き出している特徴的なベランダも、ただの屋根に変えられていたようです。 -
屋根からは煙突が2本、対称に突き出ています。写真で見るとあまり目立ちませんが、実物を見ると結構目立ちます。
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ちなみに、室内側から煙突へ通じる穴はこんな感じになっていました。
星型のデザインで目立たせることで、逆に実用的な用途があることをあまり意識させなくしている感じです。 -
横の出入り口の屋根はあまり見たことがない形式でした。
雨だけでなく雪が溜まらないように工夫しているということでしょうか?
窓は、明治の洋館でよく見られる「上げ下げ窓」です。 -
2階の展示室。正面のバルコニーの出入口の扉の周辺。
天井にある飾りはランプやシャンデリアなどを吊るしたところでしょうか?
非常に広く、シンプルな空間ですが、そうであるがゆえに多目的に利用できたという面もあるかもしれません。
ちなみに、1階は特別展を展示しているため撮影禁止でした。 -
社交場だけあって、室内向けの装飾に力が入っているのが見て取れました。
「偕行社」とは陸軍将校の相互扶助や親睦のための組織の名前ですが、このメンバーが社交場や迎賓館として活用した建物も「偕行社」と呼ばれるようになったのだそうです。ちなみに、「偕行」とは「共に行こう」という意味です。
旧第7師団は明治29年(1896年)に屯田兵を発展させて北の防備に充てるために設立されたもので、日露戦争などの際には前線(203高地など)に送り込まれ、多くの戦死者を出しています。
旭川という土地は、北海道全体に睨みを利かせられる場所にあることからか、軍事都市として展開してきた歴史がありますが、こうして残る文化遺産にもその都市の特色が出ているのが興味深いところです。
ちなみに、屯田兵とその家族の生活については、旭川兵村記念館で展示されています。 -
歪みや気泡の入った板ガラスが随所にありました。結構古いものかもしれません。
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1階から2階に上る階段。階段が異様に急傾斜なのは理由が分からず、不思議な感じがしました。
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踊り場から一階の入口方向を見るとこんな感じ。
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踊り場から二階を見上げる。階段の傾斜が急すぎ、踊り場の面積も小さすぎるので全体を撮影することは無理がありました。
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あまり紹介されることもなく、また写真も撮影されることがない建物の裏側。
プランはT字型になっていて、階段の部分が後方に出っ張っています。階段から上がって左右に広がる廊下の部分がガラス窓付きの廊下(回廊状)になっているのは、コロニアル様式で回廊が周囲を囲んでいた名残でしょうか?
なお、正面のポルティコがサンルームのようになっていた時期は、正面も後方と(資料がないので詳細はわかりませんが、少なくとも表面上は)似たような形になっていました。
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