2010/09/02 - 2010/09/14
7870位(同エリア12046件中)
haichaoluさん
- haichaoluさんTOP
- 旅行記107冊
- クチコミ1件
- Q&A回答0件
- 81,546アクセス
- フォロワー1人
「見る・食べる・遊ぶ、にもう一つ買い物」と、旅の楽しみ方も色々ですが、観光目的で訪れる方に上海は「歴史が浅いので、見る場所が少ない」とも言われます。
「外灘に豫園を見て、中華を食べたらお終い」と思われますが、実は世界史的にも特異な「租界」を知ると興味がぐっと深くなります。
中国近代史は「英国とのアヘン戦争に始まり、中華人民共和国の成立まで」とも言われますが、その歴史の大舞台となったのが上海で、「租界」そのものなのです。
上海の街歩きに便利な知識を少しずつご披露します。
これを読めば、もうあなたは「上海通」ですね。
haichaoluのブログ「上海下町写真館」は下記へ移転しました。
→http://blog.goo.ne.jp/haichaolu2010
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
地図を全部憶えるのは大変ですから、頭の中に漢字の「田」の字を思い浮かべて主要な道路だけ覚えてください。
1画目は左の縦棒ですが「中山西路」にします。市街中心部からここまで徒歩ではちょっと無理です。
租界も最終的にはこの辺りを越えて拡大しました。
欧米人のゴルフ場跡が今の上海動物園で、別荘などに使用されていた優秀歴史建築も散在しています。 -
2画目の上の横棒は「蘇州川」でいいでしょう。
蘇州川の北岸は現在の虹口区で当初米国が租界としましたが、後の1863年に南の英国租界と併せて共同租界となりました。
かつては日本人が10万人も住んでおり、小学校から女学校・商業学校、お寺や神社までありました。
魯迅など革命思想家が中国官憲を逃れて転々とした場所でもあります。 -
右の縦棒が「外灘:中山東路」で、「浦西(プーシー)」と呼ばれる旧市街の東の端です。
黄浦江に面しており、その対岸が新市街の「浦東(プートン)」です。 -
3画目の真ん中の縦棒は「西蔵路」です。
当時は運河があり、初期は英国租界の西端でしたが、後に徐々に租界が西へ拡大していきます。
今では人民広場など市街中心部を南北に貫通するメインストリートです。
万博終了後は黄浦江の下を浦東まで自動車道が利用できると思います。 -
4画目の真ん中の横棒が「延安路」で、市街の中心を東西に走る高架道路があります。
フランス租界と英国疎開の境界でしたが、当時はここも運河でした。
今では中心部をを東西に貫く一番のメイン・ストリートです。 -
5画目最後の下の横棒は「中山南路」でいいでしょう。
この辺りは黄浦江が蛇行し東西に流れており、南北両岸が万博会場になっています。
租界に含まれない「華界」と呼ばれていました。
haichaoluが住んでいる上海の下町で、老上海がまだ少し残っています。
この「田」の字の外周は、旧市街地(浦西地区)ではほぼ軌道交通環状線(4号線)の浦西部分と同じですので、地下鉄を上手に利用すれば今では徒歩圏内ですね。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
haichaoluさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
6