2010/08/20 - 2010/08/21
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酒飲む旅人さん
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と偉そうなタイトルを掲げてますが、実際の歴史にはとんと疎いので相済みません。
このところ近場ばかりだったので久々の長距離旅行。と言っても列車内を含む2泊2日と日程は短いんですが。
自分の中で最近関心大な東北地方へ。去年は仙台・松島・山形と行きましたので第2弾は岩手の平泉・盛岡、そして秋田の角館です。
まずは19日の深夜に名古屋から夜行列車「ムーンライトながら」に乗って東京に行きました。夜行列車とはどんなものか興味津々でしたが、特に何の変哲もない車両でした。寝台列車じゃないから当たり前ですけど。ここで一晩過ごすにはさすがに疲れますね。あまり眠れないし。
朝の5時台に東京駅に着いたら、1時間ほど待って東北新幹線で岩手県の一ノ関駅へ。そこからさらに普通列車に乗り換えて、みちのくの古都・平泉に着きました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 私鉄
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まず立ち寄ったのが、平泉駅から徒歩7分くらいのところにある旧観自在王院跡庭園。奥州藤原氏の2代目・基衡の奥さんが建立したお寺があったところです。
現在ではお寺はなく、庭園の池が復元・整備されてます。 -
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当時のものではないですが、建物も少しだけあります。
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そのすぐ近くにあるのが、かつては壮大な規模を誇る寺院であった毛越寺。(もうつうじ)
以下、ウィキより。
850年(嘉祥3年)、中尊寺と同年に円仁が創建。その後大火で焼失して荒廃したが奥州藤原氏第2代藤原基衡夫妻、および子の第3代藤原秀衡が壮大な伽藍を建立した。中世の歴史書『吾妻鏡』によれば、「堂塔四十余宇禅房五百余宇」があり、円隆寺と号せられる金堂・講堂・常行堂・二階惣門・鐘楼・経蔵があり、嘉祥寺その他の堂宇もあって、当時は中尊寺をしのぐ規模だったという。 -
う〜〜〜ん、ものすごい規模の寺院だったみたいですねえ。
奥州藤原氏って、歴史の教科書だと義経をかくまった地方豪族みたいな感じでさらっと紹介されてますが、彼らが治める平泉の街は京都に次ぐ人口を誇る当時としては大都会だったようです。争いのない世の中を夢見て毛越寺や中尊寺のような寺院を建立したとか。
京都から遠く離れていたからこそ大きな国を設立出来たんでしょうねきっと。
ちなみに、現在の本堂は平成元年の再建です。 -
東北と言えば芭蕉、芭蕉の句の碑もあります。
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ここの見どころは池を中心に作られた浄土庭園。
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池の周囲をぐるりと回り目を凝らすと、様々な風景を楽しむ事が出来ます。
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この池、一周してから帰るつもりだったのですがバスの時間に余裕があったのと、まだまだ見足りない感じがしてもう一周してみました。
様々な方向・角度から見るほどに美しい景色を見せてくれますので、じっくりと時間を掛けて、いろんなところに目配りしてみてくださいね。 -
これは池に水を引き入れる為に作られた遣水。
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建物は池の周りに少しだけ点在してます。
これは毛越寺を開いた円仁を祀った開山堂。 -
常行堂。屋根の造りが妙に渋い。
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鐘です。
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でっかい地蔵さん。
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往年の建物は既に残っておらず、こんな風に
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境内のあちこちに「○○跡」という看板が出ています。遺構はかなりしっかりと残っているとの事です。
こういった表示から想像力を働かせて、在りし日の大寺院に思いを馳せると感動するのでしょうね。残念ながら僕は想像力に乏しいのですが。 -
本堂の前に戻ってきたら、何やら催事が行われていました。
これを見た後、境内にあるお休み処で藤原三代餅御膳なるものを食べました。一ノ関に伝わる餅料理をアレンジしたものだそうです。いろんな種類の餅づくしで美味しかったです。
池を中心とした浄土庭園が予想以上に素晴らしかった毛越寺を後にして、バスで次なる目的地に移動しました。
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