2008/12/05 - 2008/12/05
459位(同エリア806件中)
ニッキーさん
2008年12月、紅葉も散り始めた頃、母と二人で国会議事堂、旧吉田茂邸、白洲次郎邸(武相荘)、東京タワーを巡るバスツアーに参加しました。
旧吉田茂邸はこの期間だけの特別一般公開。
この機会を逃すまいと、母がバスツアーを見つけて誘ってくれました。
ところが、私たちが訪れた3ヶ月半後の2009年3月22日、なんと旧吉田茂邸が原因不明の火事により焼失。
驚きました。
今となっては私が撮った写真も最後の貴重な記録です。
~*~*~*~*~
この日の行程
午前 国会議事堂
昼食 大磯プリンスホテルにて中華コース
午後 旧吉田茂邸
白洲次郎邸 武相荘(ぶあいそう)
夜 東京タワー
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
イチオシ
まずは国会議事堂の見学からスタート
-
建物の裏には順番を待つ人の列が。
この日の国会議事堂見学者はこの年最多の8000人だったとか。
最も多かったのは、修学旅行の小学生たちです。
元気な小学生の姿をおもしろく眺めて時間を過ごしました。
子どもたちには、東京でいろいろ見て見聞を広げて帰って欲しいものです。 -
おや、こんな所にお店が。
国会議事堂裏手には写真屋さんと花屋さんがありました。
シクラメンとポインセチアが売られています。
12月ですものね。 -
裏から見た国会議事堂の建物
建物が汚れてきたため、洗剤と高圧洗浄を使って少しずつ外壁の汚れ落としをしているところなのだそうです。
この部分は洗浄が済んだ部分です。
外壁がきれいになっています。 -
見学者の列は建物の内部へ入ってもなお続き、結局約一時間待ってようやく入場できました。
入場の際、セキュリティチェックがありました。
建物の内部は廊下の照明や部屋のドアが昔のままで、昭和のレトロな雰囲気を残しています。
中では、旅行社の国会議事堂専門のガイドさんが待機していて説明をしてくれました。
「廊下の壁は上の方はくすんでいるのに、なぜ下半分が磨いたようにピカピカしているか?」
記者が常に壁にもたれて議員を待っているため、記者の衣服で磨かれたからだそうです。 -
国会議事堂はドアの鍵以外は石も木もすべて国産の材料を使って造られています。
ドアの鍵だけがアメリカ製です。
当時日本にちょうど良い製品がなかったためだそうです。
本会議場、中央広間、天皇の御休所(ごきゅうしょ)を見学しましたが、中へは入れず見学路からのぞくことしかできませんでした。
延々一時間も待ったのにこれだけとは。少々物足りなかったです。 -
高圧洗浄が済んだ部分とまだの部分の色が異なっています。
前々から中央の塔の部分の内部はどうなっているのかと思っていましたが、中央塔の下には正面玄関を入った中央広間があり、6階までの吹き抜けになっていました。
なるほど。部屋になっているのではなかったんですね。 -
国会議事堂の前庭には散策道がありました。
散策道に沿って全国47都道府県の木が植えられていました。
ちなみに東京の木はイチョウ、私が住む千葉県はマキでした。
沖縄の木は・・・想像どおりソテツでした。 -
みごとなイチョウの木
ちょうど葉が黄色く色づいてきれいでした。
イチョウは落ち葉の量もすごいです。
この日皇居の周辺をバスで通った時には、落ち葉を集める作業をしていました。
落ち葉を吸い込む機械を使って掃除をしている所もありました。
外国から来た人は、東京を「きれいな街だ」と言います。「ゴミが落ちていない」と。
街をきれいにするためには、日々こういった努力がなされているのだなと思いました。 -
ピラミッド型の塔の上部は四畳ほどの展望室になっているそうです。
現在は立ち入り禁止です。
国会議事堂が混んでいたため予想外の時間がかかってしまいました。
一時間遅れで神奈川県大磯へ移動します。
昼食時間がちゃんと取れるのか心配です。 -
昼食は大磯プリンスホテルで中華料理のコースが出ました。
所詮バス旅行のランチだからと期待していなかったのですが、これが豪華でした。フカヒレの何とかだのエビの何とかだの・・・
そしてどれもおいしいこと。
13000円のバス旅行代のうち6000円分ぐらいはこの食事代が占めていると踏みましたが、どうでしょう?
こんなにおいしいとわかっていれば、父も一緒に来るんでした。
混んで待たされた国会議事堂で感じたツアーに対する不満はここで大いに回復しました。
写真ではわかりませんが、この日は風が強く、大磯プリンスホテルのプールの水がおもしろいほど波打っていました。
最初、ジャグジープールかと思ったぐらいです。大磯プリンスホテル 宿・ホテル
-
イチオシ
強い風で海にもさざ波が立っています。
この写真、季節はずれのリゾート地の感じが出ていて気に入っています。
構図もなかなか良いと思いませんか?
大満足の昼食の後は、ホテルからほど近い旧吉田茂邸へ移動します。 -
旧吉田茂邸の門です。
吉田茂は1946年(昭和21年)から7年2ヶ月の間、内閣総理大臣を務めた人です。麻生元総理の母方の祖父に当たります。
サンフランシスコ講和条約、日米安保条約の締結、日本国憲法の可決などを行い、占領下から戦後の日本の復興に尽力した政治家です。
戦後、外国からの貴賓を招くため、この屋敷を建て移り住んだそうです。 -
門をくぐって庭へ入り、今くぐった門を振り返って見た写真です。
門の内側に2本のコンクリートのわだちがありますが、これは天皇陛下が皇太子時代に来訪された際、駐車場で降りて歩いていただくのは失礼だろうと、車で門の中まで乗り入れられるように作られたものだそうです。
実際には、皇太子殿下は門の外で車を降りて歩いて入られたので、役に立たなかったということです。 -
旧吉田茂邸は、総面積1万坪の敷地に300坪の総ヒノキ造りの2階建ての屋敷が建てられています。
敷地には心字池を中心とした日本庭園、裏手の方には竹林などもあります。
吉田茂の死後、昭和44年以降西武鉄道の所有になっていましたが、広大な敷地と建物を維持するのが次第に難しくなり、私たちが見学した時には神奈川県と大磯町が管理していました。 -
建物に続くアプローチ。
当時は、多くの政治家が吉田茂の助言や協力を仰ぐため「大磯詣で」と称してここを訪れたそうです。
玄関へのアプローチは曲がりくねって登り坂になっているため、玄関が直接見えず、訪問への期待が高まりますます。 -
イチオシ
木々の向こうに建物が見えます。
-
玄関のシャンデリア
内部は和洋折衷の様式になっています。
中では大磯プリンスホテルの人が説明をしてくれました。大磯プリンスホテル 宿・ホテル
-
玄関ホールに設けられた坪庭と待合スペース。
玄関にこのような待合スペースを作るのは、さすがに客人が多かったからですね。
この玄関ホールの右手に応接室、左手に大きな食堂と温室がありました。
見学できたのはそれだけでしたが、奥の方にもかなり建物が広がっているようです。
300坪ですから相当広いはずです。 -
応接室
歴代の首相や皇太子、外国の要人や王女もここを訪れたと言います。
1979年には大平首相とカーター大統領の会談もここで行われたそうです。
手前の花柄の藤イスはもともとこの部屋にあったものではなく、温室にあったものだそうです。
確かに花柄の籐椅子はリゾート風で、この部屋の雰囲気には合っていませんね。 -
応接室は洋間ですが、その中に床の間がこしらえてあり、和の雰囲気を出していました。
外国からの客人を招くため、日本的な部分も取り入れて造られているのです。
床の間は、外国からのお客さんがイスに座った状態で眺めることを計算に入れ、普通の床の間より高く作られているのだそうです。なるほど。 -
応接室には大きな大理石のマントルピースがあり、その上には鏡があり、部屋をより広く見せていました。照明も洒落ています。
部屋の片隅に二階へ通じる階段がありました。 -
二階へ通じる階段から上をのぞいてみました。
2階は傷みが激しく見学者に開放はされていませんでした。
聞くところによると2階には畳の間にお風呂があるそうです。 -
イチオシ
応接室の庭に面した軒には風流な吊り燈籠がかかっていました。
紅葉が美しいです。
外国の要人や吉田邸へ通った政治家も見た景色です。
私たちが建物に入ったとたんごうごうと雨が降り出しました。
軒の雨どいからは水があふれて落ちてきました。
一時は一同が騒然となるぐらいの激しい雨でしたが、室内の見学が終わり外へ出る頃にはすっかりやんでいました。 -
建物は傷みが激しいため、見学禁止になっている部分もありました。
従業員や、お世話をしていた親戚の娘さんたちも住んでいたということなので、この奥はそのような部屋だったのでしょうか?
この後、広い食堂を見学させてもらったのですが、写真を撮り忘れました。
洋式のダイニングルームで、大きなテーブルにテーブルクロスがかけられていました。
奥にはついたてがあり、その向こうにキッチンへ通じるドアがあるということでした。 -
部屋から見た庭
食堂から見えた景色だったと思います。 -
温室です。
訪問者があると応接室で会談し、広い食堂で食事をした後、この温室へ移動して海を眺めながらお茶を楽しんだとか。 -
今は荒れていますが、昔はさぞかしきれいな温室だったのでしょう。
ちなみに写真に写っているのは私と母ではありません。 -
庭の中央には心字池があります。
池を中心にカエデ、桜、梅、木蓮、ツツジ、藤などが植えられ、その向こうには海が見えました。
晴れた日には富士山も見えるそうです。 -
紅葉したドウダンツツジとつくばい
-
庭の奥の方は高くなっています。
曲がりくねった道を歩きながら高い方へ行ってみます。 -
敷地のやや高い所に建つ七賢堂と立派な灯籠
七賢堂は岩倉具視、大久保利通、三条実実、木戸孝允、伊藤博文、西園寺公望、吉田茂の七人を祭ったお堂です。 -
-
海を見下ろす高い所に建っている吉田茂の銅像
なんでもサンフランシスコの方を見ているのだとか。
左手に葉巻を持っています。
丸いメガネをかけた姿はこうやって見ると親しみやすそうに見えますが、マッカーサーから葉巻を勧められて、「私はハバナしか吸いませんから」と断ったという逸話の持ち主です。
やはり豪胆な人だったのでしょう。 -
この日は風が強かったので、大磯の海は荒れています。
-
裏の方には竹林がありました。
家の庭に竹林があるなんてすごいです。
この辺りには、昔は書生さんや屋敷で働く人達が住んだ家もあったそうです。 -
旧吉田茂邸
数少ない一般公開のチャンスに室内まで見学できてラッキーでした。
しかも、この3か月半後、焼失してしまったので、これが最後の貴重な体験になりました。
老朽化した建物の漏電が原因とも、不審火の可能性があるとも言われていますが、明らかな原因はわかっていません。
〜*〜*〜*〜*〜
旧吉田茂邸を見た後、吉田茂とも親交のあった白洲次郎邸を訪れました。
白洲次郎は太平洋戦争後、アメリカの占領軍と折衝した人物です。イギリスへ留学し、ダンディーな容貌、気骨ある言動で知られ、マッカーサーをして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた人物です。
白洲次郎が妻の正子と住んだ邸はその名を武相荘(ぶあいそう)と言います。洒落が入っていますね。
BSの番組で武相荘を取り上げていたため、実際に見るのを楽しみにしていましたが、国会議事堂で予想外の時間がかかったため次々に予定が遅れ、白洲次郎邸へ着いたのは暗くなってから。閉館を遅くしてもらっての見学となりました。
それで気落ちしてしまったのか、あるいは内部が写真撮影禁止だったのか忘れましたが、とにかく写真が残っていません。残念です。
西洋風のリビングルームがあるかと思えば隣の和室には囲炉裏が切ってあったり、夫妻のこだわりがたっぷり詰まった家でした。暗くなっていたため、家の裏手の夫妻の散策路は見ることはできませんでした。 -
ツアー最後は東京へ戻って東京タワーに登ります。
-
イチオシ
近くから見る東京タワー、とてもきれいです。
東京タワーから見る夜景もきれいですが、東京タワー自身がとてもきれいでした。 -
入り口前にこのようなファンタジックな展示が
-
六本木ヒルズの方向
-
これも
-
-
-
レインボーブリッジの方向
-
夜8時を期して照明がタワー50周年を記念したライティングに変わるということだったので、バスの出発を少し待ってもらってその時を待ちました。
3・・・2・・・1・・・
一度すべての照明が消え、その後50周年記念照明に変わりました。
50周年記念ライティングは・・・ -
こんなに地味なものでした。
50周年記念の照明は省エネだとか。
がっかりしましたー。
オレンジ色の方が良かったです。
最後にこの地味な東京タワーを見て、一同バスに乗り込みました。
お疲れさまでした。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (5)
-
- わんぱく大将さん 2011/10/13 08:07:58
- 旧吉田茂邸
- ニッキ―さん
見れないものを旅行記で捜すのですが、なので今回、いいもの見つけてしまいました。 旧吉田茂邸。 小説の中にも出てきました。
ここで、どういった歴史が展開してきたのか、想像するだけでも、凄いことで。何となく銅像をみて、ロンドンにある、チャーチルの銅像も思い出しました。 古い物は老朽化で、その保存も大変ですが、火事だなんて残念ですね。
こちらにいると、日本のものが余計見たくなりますよ。
大将
- ニッキーさん からの返信 2011/10/13 12:52:46
- RE: 旧吉田茂邸
- 大将さん 旧吉田邸の旅行記、よくぞ見つけ出してくださいました。
火事で燃えちゃったんで、結構貴重な記録になりました。
このツアーに参加した頃は自分が旅行ブログを書くなんて思いもよらなかった頃で、あまり写真を撮ってないんですよ。白洲次郎邸、武相荘も昨今の白洲次郎人気でかなり知られているので写真を撮ったら良かったんですが、一枚も撮ってなくって・・・。
そんな中、旧吉田茂邸だけは歴史好きの母が特に関心があったこともあり、かなりしっかり写真を撮っていました。吉田さんは引退してからあそこに住んだんですが、引退してからも歴代の首相が相談に訪れたり、外国首脳が来たり、影響力を持っていた人だったんですね。インドの王女様からもらった置物だの中国の首相からもらったついたてだのいろいろありましたよ。日頃は屋敷の内部は公開されてなかったんですが、ツアーのみの特別拝観で中を見られたんだったと記憶してます。私たちが行った3ヶ月後に火事で焼失したのには驚きました。貴重な建物なのに惜しいことです。
外国にいると、日本のものが見たくなる、そうなんですねぇ。私も京都を離れて京都の良さに気づきましたからね。今はせっかく千葉に住んでるんで、東京とか横浜とかもっと見ればいいのですが、出不精なんで相変わらずだめですねぇ。いつでも見られると思うと、思い腰が上がらないんです。大将さんの詳しいバルセロナ・レポートは住んでいる人ならではの旅行記で、とてもいいと思います。せっかくバルセロナに住んでらっしゃるのですから、あちこち味わってくださいね。私なんかバルセロナ滞在一日半でしたからね。
ニッキー
P.S. 赤いビルは伊藤さん、オリンピックのが磯崎さんですね。2人とも知らないんで、混同してました。オリンピックのドーム型の建物は私も前を通ったので、日本人の設計とは知りませんでしたが、気になったんで写真を撮ってましたよ。やはりバスの中からなんで、遠くから撮った屋根のみですが。
- わんぱく大将さん からの返信 2011/10/14 05:54:31
- RE: RE: 旧吉田茂邸
- > 大将さん 旧吉田邸の旅行記、よくぞ見つけ出してくださいました。
> 火事で燃えちゃったんで、結構貴重な記録になりました。
>
> このツアーに参加した頃は自分が旅行ブログを書くなんて思いもよらなかった頃で、あまり写真を撮ってないんですよ。白洲次郎邸、武相荘も昨今の白洲次郎人気でかなり知られているので写真を撮ったら良かったんですが、一枚も撮ってなくって・・・。
>
> そんな中、旧吉田茂邸だけは歴史好きの母が特に関心があったこともあり、かなりしっかり写真を撮っていました。吉田さんは引退してからあそこに住んだんですが、引退してからも歴代の首相が相談に訪れたり、外国首脳が来たり、影響力を持っていた人だったんですね。インドの王女様からもらった置物だの中国の首相からもらったついたてだのいろいろありましたよ。日頃は屋敷の内部は公開されてなかったんですが、ツアーのみの特別拝観で中を見られたんだったと記憶してます。私たちが行った3ヶ月後に火事で焼失したのには驚きました。貴重な建物なのに惜しいことです。
>
> 外国にいると、日本のものが見たくなる、そうなんですねぇ。私も京都を離れて京都の良さに気づきましたからね。今はせっかく千葉に住んでるんで、東京とか横浜とかもっと見ればいいのですが、出不精なんで相変わらずだめですねぇ。いつでも見られると思うと、思い腰が上がらないんです。大将さんの詳しいバルセロナ・レポートは住んでいる人ならではの旅行記で、とてもいいと思います。せっかくバルセロナに住んでらっしゃるのですから、あちこち味わってくださいね。私なんかバルセロナ滞在一日半でしたからね。
>
> ニッキー
>
> P.S. 赤いビルは伊藤さん、オリンピックのが磯崎さんですね。2人とも知らないんで、混同してました。オリンピックのドーム型の建物は私も前を通ったので、日本人の設計とは知りませんでしたが、気になったんで写真を撮ってましたよ。やはりバスの中からなんで、遠くから撮った屋根のみですが。
ニッキ―さん
バルセロナ、結構、廻られてますね。
木造建築も結構好きで。私の昔の実家がそうだったんですよ。
ほんと吉田氏の、残念でした。
大将
えっ、ニッキ―さんて、元々は関西の方?
- ニッキーさん からの返信 2011/10/14 23:29:14
- RE: 旧吉田茂邸
- はい。生まれも育ちも京都です。
今も家では京都弁です。^_^
ニッキー
- わんぱく大将さん からの返信 2011/10/16 20:55:02
- RE: RE: 旧吉田茂邸
- > はい。生まれも育ちも京都です。
> 今も家では京都弁です。^_^
>
> ニッキー
ニッキ―さん
私もロンドンであろうが、バルセロナであろうが、もしかして火星でも関西弁。 関西弁は、パワーありすぎ。 俳優さんたちが役で、京都弁とか使うの訊いてると、やっぱり難しいんだな、と思いますね。
大将
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
5
47