2002/06/22 - 2002/06/26
3045位(同エリア4771件中)
タックさん
3年がかりで、実現したトルコとギリシャの旅。
キリスト世界の大都会に、イスラム文化が折り重なって熟成された、世界一魅惑に富んだイスタンブール。 塩野七生の名著「コンスタンティノープルの陥落」は、この都市そのものが主役の魅力にあふれた物語だ。この、キリストとイスラムの2つの顔を持つ都会の実像にどうしても触れたい思いが強くなり、いざ、トルコ航空の機上のひとへ。ところが、機内は大半の座席はガラガラであった。 エッー, イスタンブールって、人気ないの?と早くも行く手に暗雲が .....
3年も憧れた旅にしては、見どころも決めず、地球の歩き方頼りのふらり旅なので、航空券の手配と1泊目、帰国前日のホテルを予約した他は、まったくのフリー状態。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
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時差ぼけで朝3時に目覚めてしまったので、7時のビュッフェは、食欲まんまん。野菜には力があり、本場のフェタチーズは最高。
さて、ホテル近くの観光スポットは、どこかなー? -
旧市街の喧騒とは無縁の静けさの中でビュッフェをいただく。イスラム風の涼をよぶ水音を聞きながらの静寂な世界。
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このホテルロビーの一角にあるビュッフェ会場は、吹き抜けの天窓から、強い陽射しがさしていて、どこか、外の街角で食事をしているような雰囲気だ。
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旧市街を散策していると、どこからでも6本の尖塔が美しいブルーモスクの姿に出会うことができる。
イスラム教の寺院なので、多分,中はがらんどうかなと思って入った。 以前住んでいたシンガポールの家の近くのモスクをイメージしたが、さすが、ブルーのタイルとステンドグラスが、とても荘厳だ。モスク内では、なにか圧倒されてしまい、写真を取りそこねてしまった。 -
トプカピ宮殿内の食堂 KONYARI:日差しが強かったが、ボスポラス海峡を眺めながらランチ。
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アイラン(酸味の効いたヨーグルトドリンク)は、羊肉の料理によく合う。午後の宮殿内のハレムのガイドは、今日がガイド初日という、初々しい女性だった。
説明はよくわからなかったが、20人ほどの観光客はガイドに暖かい声をかけ続け、終始ほほえましかった。 -
宮殿の庭を散策していると、日本人の女性に話かけられた。道を聞かれるのかと思ったら、トルコ絨毯に興味はありませんかとのセールスであった。
後日談だが、イスタンブールの街中を歩いていると、日本人やトルコ人入り乱れて「絨毯いかがですか」とのお勧めに、5−6回は出くわした。海鮮料理を食べようと裏路地を歩いていた時のこと、いかにも地元のOL風の女性に道を聞いた所、親切に教えてくれた。彼女は同じ方向だからと、おしゃべりをしながら道案内をしてくれた。しばらくすると、この先の友達の店でお茶を飲んでいきましょう、ついでに絨毯をみてくださいという。こちらから道を聞いたひとまで、絨毯のセールスをするという徹底ぶりに、驚愕した。 -
エミノニュのフェリー乗り場から、船でドルマバチェフ宮殿へ行こうとしたが、2時間毎にしか出ていないとわかり、あきらめてタクシーで向かった。この宮殿は、オスマントルコ時代の宮殿で、内部はヨーロッパからの献上品であふれていた。日本で観る海外諸国からの献上品
は、これと比べ、とても地味な感じが。トルコって、
諸国が競って献上したがる、なにかを持っていたんですねー。 -
象牙の装飾品
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イギリスのビクトリア女王から贈られたという、4.5トンもの重さの巨大シャンデリア。電球が発明されて、まもない頃に、750個の電球をもった、巨大シャンデリア
を贈ったイギリス、受け取ったトルコ。この裏には
なにがあったのか?とそんなことを考えてしまった。 -
この絵もヨーロッパの国からの献上品
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お昼は コンチネンタル料理:Four Seasonsで。
ぶどうの葉で包まれたごはんなど、一品一品がすべて美味。太陽と大地の恵みか、どの素材も新鮮で力強い。
トルコはおいしい!
夕方にはトラムに乗り、グランバザールへ。
一見、迷路のように見える。ありとあらゆる店であふれている。慣れてくると、小路もかなり規則正しい並んでいて、商店も、衣類、絨毯、貴金属など同業はかたまって営業している。買い物客も、金髪バックパッカー、紅毛旧共産国の買出し風、中近東アラブ風出稼ぎ、蒙古風かつぎ屋、アジア系カメラ撮影団体と種種雑多だ。 -
今晩は、中華料理。一瞬だけ、トルコにいることを忘れてしまう、懐かしい中華の味だ。実は、予め調べておいた、ホテル近くの地元のレストランに入ったのだが、戒律のためビールが置いてなかったので、あきらめて、周辺を一周したが、適当なレストランがないので、ホテルに戻り、中華となった。
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今日は移動日。簡単に朝食をすませ、7:00にホテル発
タクシーで40分ほどで、空港着。アテネ行きは9:00発、90分のフライトは満席。アテネ国際空港から、クレタ島行きが出るローカル空港へ移動するのを知らずに、すこしあわてた。日本で予約した 16:00の便に乗り35分後にはイラクリオン空港に着。イスタンブールからクレタ島直行の便もあるようだが、東京-イスタンブール-アテネ-
イスタンブール-カイセリ-イスタンブール-東京を予約したので、やむをえず、丸一日かけ移動日となってしまった。アテネ-イラクリオンは片道だけ東京で予約したが、
クレタからは、島づたいに、フェリーか軽飛行機で
アテネに戻ろうとの作戦。 -
エーゲ海の青さと対照的に土色の山肌をむき出しにした島々。やはり古代文明が破壊した自然環境が、逆に半砂漠化を促す気候環境をつくりあげたのだろうか?
クレタ到着後ホテル選び。シーズンのちょっと前だったので料金が魅力的だった(6500円/2人・朝ビュッフェ) ATRION Hに決めた。
海に向かった小路沿いのホテルのベランダで、洗濯物を干すと30分でからからに乾いてしまった。機内預けができる小さなキャリーバッグ1つ/人で30日間の旅行をしているので、着替えに余裕はなかったが、エーゲ海の島を旅行中は、干すとアッという間に乾いてしまうので、うれしくなり、洗濯はすっかり日課となった。 -
朝一番にクレタからサントリーニへ夕方のフライトか船を予約しようとしたら、今日の便はありませんとの返事。ふらり旅ならではと、あっさり予定変更。クレタ滞在を2泊にしよう。
まず、クレタ観光のハイライト、クノッソス宮殿へ迷わず直行する。バスターミナルから2番の市バスで20分。迷わずに着いてしまった。 -
クノッソス宮殿は、遺跡がかなり復元されているのか、古代の宮殿の建物と宮殿生活が、生々しく想像できるほどだ。
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4千年も前の宮殿は、なんと四階建で千二百もの部屋を持つ一大迷宮だったという。古代の人々が、どうして、これだけの技術を持てるようになったのか? この古代文明が大きな陸地ではなく、なぜ小さな島に造られたのか? 島が天然の要塞だからか?
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宮殿内にある大瓶には、ワインが貯蔵されていたのか(この時代にすでに人類はワインを作っていたのか)?この遺跡に立ち尽くすと、次々と興味がふつふつと湧き出してくる。
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宮殿から町へ戻り海沿いのタベルナでランチ:全部で1120円だが中身は豪華だ:鯛に似た味の魚のオリーブオイル焼はワインにあう。それにギリシャの野菜サラダは、とても量が多い。なんと500mlカラフェのワインまでついてきた。 日本でもアジや白身の雑魚をオリーブオイル焼して楽しんでいるが、この食事が原点です。考古学博物館へいく予定が、ワインがまわり、部屋で4時間も昼寝してしまった。
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クレタの夜は、スブラキとともに更けていく。
ふらりと入った、街角のタベルナ。 -
街角のギロ屋:今晩はタベルナに入ったが、これからは、きっとお世話になるでしょう。今や、世界を席巻した
ギロの原点が、ここギリシャの街角のスタンドにある。 -
今日はサントリーにへの移動日。朝C/O後、博物館へ直行。クノッソス宮殿からの出土品には、どんなものがあるのか興味津々。2時間の間ずっとビデオカメラをまわしっぱなしにしていた。これは、古代の王国から王国への貢物の絵か。鹿に見えるが、小動物を献上している。
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翌朝はC/O後、博物館へ直行。クノッソス宮殿からの出土品には、どんなものがあるのか興味津々。2時間の間ずっとビデオカメラをまわしっぱなしにしていた。昼前には、70km東に位置するビーチリゾート、アギオス・ニコラオスへ出発。6月末なのに強烈な陽射しだ。海辺のランチには、スブラキ(ラム肉の串焼き)と大盛りのサラダを。オランダ産AMSTELがよく冷えてうまい。
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どうも、この旅ではランチが、一番豪華になってしまう。日本時間だと夜7−8時なので、無理もないかな。
アギオスから、イラクリオンに着くとホテルで荷物をピックアップして、タクシーで港へ。夕方7時発
サントリーニまでは4時間の船旅だ。飛行便も今日はあったが、値段が6倍も違うので船に決めた。夕食用のサンドイッチと飲み物を買い、サントリー二に向け出航。
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