2008/08/11 - 2008/08/16
361位(同エリア710件中)
松村博司さん
北ノ庄城址に続き訪れた西光寺。
ここは柴田勝家の菩提寺です。
彼と共にこの地に静かに眠るお市の方。
あまりにも小さいそのお墓は住宅地の中でひっそりと建っていました。
そして次。
結城秀康。
家康の次男であり秀でた武将でありながら家康に忌み嫌われ秀吉へ人質として養子に出されます。
数々の武功をあげるも秀吉に男児誕生と共に後継者に指名、秀康は結城家へ婿入りして家督を継ぎます。
関ヶ原の合戦では上杉景勝征伐に参加、関ヶ原本戦では上杉の抑えとしてその場にとどまりました。
その成果から北庄67万石に加増移封されるわけですが、それがこの福井城というわけです。
訪れた福井城は戦後間もなく発生した福井大震災の爪痕が生々しく残っていました。
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「走れ!北信越2,000km弾丸ツアー!」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-52.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
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約10分で北ノ庄城を離脱。
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なにせ駐車場がないですからね、大急ぎですわ^^;
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足羽川をこえて住宅地に入っていきます。
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路面電車の軌道がありますね。
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結局路面電車が走ってる姿は見ることができませんでしたが。
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強烈に細い住宅地の道に突入していきます。
が、写真で強烈に見えないのは・・・本当に強烈な場所では写真を撮る余裕など無いということですわ^^;
もちろん運転しながら写真など撮ってないですよ?
フィクションですからね?? -
で目的地付近でお寺を発見。
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とりあえず駐車したのですが何か違う・・・たまたま正面のお宅からおじいさんが出てきたので聞いてみるとそこは違うとw
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先に見える入り口を入ったところとのことでそちらに車を移動。
駐車スーペースもないし車で来るところではないですね・・・とりあえず到着です。
西光寺です。 -
こちらはルート。
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西光寺、柴田勝家の菩提寺です。
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そう、勝家とお市のお墓があるお寺。
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実際に来てみると、とても小さなお墓です。
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勝家、お市だけでなく先ほど訪れた丸岡城城主の勝景や子の孫次郎も一緒になっているようです。
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すぐ側には資料館がありますが、留守のようで何度かインターホンを押してみましたがまったく物音もしませんでした^^;
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しかし、ここに亡骸は無いんでしょうね?
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北ノ庄城は二人が自刃した後、火が放たれ焼け落ちたとのことですし、首実検も・・・聞かないですよね? ね?
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焼けた野原から芽が出たという話は名古屋城にもありましたね。
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こちらは北ノ庄城の礎石?
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ああ、この下の大きいのね。
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しかし勝家とお市、二人の知名度を考えるとちょっと寂しいお墓ですね。
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実際には勝家の敗北によって、秀吉の天下統一は現実的になったわけですし。
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100年以上続いた乱世も終焉に向けて大きく動いたわけで、そう意味では本能寺の変や関ヶ原の合戦、大阪の役と並んで賤ヶ岳の戦いから北ノ庄城の戦い戦いは非常に重要な意味を持っていたわけですよね。
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でも、このくらい小さくて静かな方がいいのかもしれませんね。
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私がもし死んだら高岡や野田山墓地の超巨大墓所よりも、こういったこぢんまりとした所で静かに眠りたいですね。
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ちょっと住宅の中ってのが気に入りませんがw
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てなわけで次なる場所に向けて離脱です。
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ってか忙しい展開ですね。
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でも気合いを入れていきますよ!
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さあ、次なる目的地が見えてきました。
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次なる目的地は福井県庁ですw
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なんだとぅw
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地下駐車場に車を止め、守衛さんと少しお話をして外にやってきました。
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岡山ナンバーのプレートを見て興味を持ったらしく守衛さんが話しかけてきまして。
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北ノ庄や西光寺に行ってきて、これから福井城を見学するといったら凄く喜んでいました。
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なぜ?
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無料駐車券を頂き、ゆっくり見学しておいでと送り出されたわけです。
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はい、私もそのつもりですw
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福井城址の本丸広場のど真ん中に巨大で近代的な福井県庁舎がそびえています。
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無論、県庁舎が目的ではなくて福井城が目的地です。
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それでは本日三つ目の登城、開始です!
北ノ庄城址、柴田勝家・お市の方墓を回った後はそのまま福井城です。 -
必要ないとは思いますがルート、実際には車で本丸の中に突入してます。
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地図を見ると南に北ノ庄城址が見えますね。 -
現地にいる時は、その北ノ庄城が三の丸の位置ってなんて巨大な城なんだろうと思いましたが地図で改めてみると納得です。
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それでもかなり大きな城であることは間違いないですが。
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柴田勝家の北ノ庄城が落ちた後、家康の次男である結城秀康が入封。
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大規模な改修が行われました。
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直後に秀康が松平家を名乗ることを許され天下普請により築城されたお城となります。
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本丸の位置も柴田神社がある位置から現在の福井県庁、つまりいま私がいる位置に移されました。
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天守閣はこちら。
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四重の望楼型で白漆喰総塗籠ということで、年代的にも姫路城の大天守のような感じだったのでしょうかね。
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安全のため、石垣の上には登れない場所が多かったのですが、天守台には上れるようになっていました。
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きれいに整備されていたのですが、何か違和感・・・
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維新後に廃城で、かなり新しいはずなのになぜか天守台の石垣が崩れかけてます。
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理由はすぐにわかりました。
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これ、昭和に入って阪神大震災に次ぐ人的被害を出した福井地震の爪痕だったんです。
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朝一に訪れた丸岡城もこの震災で木っ端微塵に破壊されたのは先日紹介したとおり。
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震源はその丸岡城付近で直下型、M7.1。
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戦後まもなくと言うことも被害を大きくした原因の一つのようで、死者・行方不明者は3700人を超えていました。
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この天守台の大きなうねりもやはり地震による影響なんでしょうね。
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これに手を加えずに震災の傷跡として残しているのも凄いですね。
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切り込みハギがこうなっちゃうんですものね〜^^;
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本来はこうだったわけですよね。
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天守台からの眺めは・・・今ひとつですね。
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てか、何かあるw
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さっそくそちらに行ってみましょう。
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内堀にかかっている橋のようですが。
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説明書きを見ると御廊下橋となっています。
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本丸から西三の丸御座所に抜ける橋だったようです。
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復元は今年、2008年3月に完成したそうで出来たてホヤホヤでした。
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で、その橋を発見してしまったためにそのまま場外へ出てしまったので、内堀の周りを歩いて回ることに。
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福井城の写真としてよく見る天守台と県庁舎ですね。
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まあ、本来の目的はこうやって内堀の外から本丸の石垣を眺めることだったので目的達成です。
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しかし立派な県庁舎ですね、いつ頃建ったんでしょうか。
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まあ、どこの県も立派ですからここが特別って訳ではないのですが。
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てか岡山がボロ過ぎるって感じですよね。
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昔、なぜ岡山には県警本部庁舎がないのか不思議に思ってたらぼろい県庁内部にあって凄い衝撃に思ったことがあります。
まあ、今にして思えば倹約倹約という事でw -
そして秀康のかわいらしい(キモイ?)像発見。
この人も本来なら家督を継いで徳川二代目将軍になっていたはずなんでしょうけどね〜^^; -
そして最後に発見。
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福の井です。
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北ノ庄の北が敗北に通ずるということで名を福井に改名されたのが現在の福井の名の由来だそうですが、その福井の由来になったのがこの井戸だそうです。
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受付のきれいなお姉さんに無料駐車券を渡しハンコを押してもらうと、再び地下駐車場に戻り守衛さんへその県を提出。
10時半、福井城離脱です。
つづく〜
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