1981/06/14 - 1981/06/24
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YOSHITOさん
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6月14日(日曜)深夜に着いたニューヨークでは24日(水曜)にサンフラ
ンシスコへ移動まで主要な出版社を訪ねた。その間ワシントンやフィラデ
ルフィアの出版社にも訪問する。
週末は初めてのニューヨークの市内観光を楽しむ。写真は1981年当時のタ
ムズ・スクエア。
以下の私の古いホームページを元にこの旅行記を記しています。
http://travelingmaki.kilo.jp/home15/ny1999a.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 飛行機
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
-
17日(水曜日)はHuman Sciences Press の社長・シェルダン・
ローエン博士に面談。日本のマーケットでの積極的な展開には期待を
もっていた。
私はこの時が初対面であったが、やりてのビジネスマンというよりか
ソフトな話振りはまさにドクターであった。
写真はグランド・セントラル・ステーションと当時のアメリカの翼
パンナムのビル。
-
午後には三番街の米国大手の学術出版社John Wiley本社に学術雑誌
部門のマネージャー・アスティディロ氏を訪ねた。 -
グランド・セントラル駅前のタクシー乗り場の風景。
-
これもマンハッタンで有名なビルの一つクライスラービル。
-
市内の離れた場所からもクライスラービルが。
-
翌18日(木曜)にはバスで1時間半かけてNJ州ハイツタウンへ出張。
アメリカでも大手の出版社McGraw-Hill Publication 社の雑誌部門
担当役員エルシンガー氏を訪ねる。他にもBusiness Weekの担当部
長ペーターソン氏ら4名のスタッフが同席して昼は社内で和やかな会
食となった。
写真はイエロー・キャブが走るマンハッタンの風景。
-
19日(金曜日)はNY市内東45丁目のAIPアメリカ物理学会へ行く。
しかし業務の主体は既にNY州のWoodburyに移っていた。学会の連絡
便とも言うライトバンで1時間余走り続けて緑豊かな地方都市にガラ
ス張りの綺麗なオフィスがある。雑誌部門のマネジャー、ジョン・デ
ィカーロ氏に面談。米国の主要取引先で彼とはいつもレターやテレッ
クスのやりとりはしていたが会うは初めてだった。
(現在から45年程昔、まだオンラインのメール等はない時代の話
2025年12月22日)
NYへの帰りの車で会長のウイリアム・コッチ博士と同席出来たのは
幸運だった。私の
「アメリカには初めて来ました」
「それは驚いた。英語は何処で覚えたの?」
と私の拙い英語を誉めてくれ、これから先のAgent交渉のスタート
になった。
写真は正面奥に国連ビル。
-
週末を迎えた20日(土曜)には馬上君の案内つきで初のNY市内観光。
セントラル・パークの入口で。
初めてのNY,ほとんどマンハッタンを出て1週間のフル稼働であった。
緊張感を持って多くの方々に面談して意義ある時間を過ごしていた。 -
同じくセントラル・パーク前の観光馬車。45年後の現在も見られる
風景と思う。 -
一服している“老御者”をスナップした。
-
Grand Army Plaza
Statue of General Sherman. -
NYとりわけマンハッタン島に限れば広さも限られている。ロンドンの
様に大きな公園がいくつもある都会と言う訳には行かない。唯一アッ
パー・タウンの中心にはセントラル・パークがある。ニュ―ヨークっ
子には憩いの場所。一歩足を踏み入れると緑に囲まれ、今までのNYの
喧騒が嘘の様。
中には幾つもの池があり、美術館や野外音楽堂に小動物園まである。
散歩の人だけじゃなく犬を連れた人、ローラースケートに興じる若者
達と皆思い思いの楽しみ方をしている。 -
セントラル・パーク内の人々。
-
ローラースケートで踊る若者達。
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裸でバレーボールのグループ。
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セントラル・パーク内のBandshell野外音楽堂。丁度日比谷公園のそれのように。
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公園内の小動物園。
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これは山羊?
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セントラル・パーク内のLake
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もちろんエンパイヤ―・ステート・ビル。
-
ニューヨーク図書館
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ニューヨーク図書館前で。
45年程昔昭和56年40代初めの日本の小父さんの私服でした!
(2025年12月) -
表紙ページでもあるタイムズ・スクエアへ来て
-
昼はタイムズ・スクエアのファースト・フードの店に寄っていた。
席を立出る時に一人の日本人と眼があった。お互いにえっと言う
顔をして声を掛け合った。旧知の京大の分析化学教室の小山先生
だった。私が京都に勤務していた時のお客さんだ。
「カナダで学会があった帰りなんですよ。貴方はNYで何を?」
「今出張でこちらに来ているんです」
「そうですか。何十年ぶりですか。びっくりしました」
「本当に奇遇ですね」 -
人の流れが続き
-
翌6月21日(日曜)はマッハンタンの南端バッテリパークへ地下鉄で
出かけた。6月の下旬だが強い陽射しでハドソン川の川面は眩しかった。 -
その先には小さなリバティ島が浮かび自由の女神像も充分捉えられた。
-
ここからフェリーで僅か15分ほどの距離だが沢山の人たちが次ぎ
の出発を待っていた。 -
今回はリバテイ島には行けず
-
あえてリバティ島までは行かずしばらくバッテリー公園で休んでいた。
実際に船に乗ってリバティ島に渡ったのはこの18年後のことでした。
バックのビルはあの貿易センター。 -
バッテリーパーク。
-
バッテリー公園から世界貿易センタービルもうすぐそこである。マン
ハッタンをしばらく南に上がる。この時で8年ほど前に建った世界で
最も高いビルだったと思う。日系のミノル・ヤマサキ氏設計のNY新
名所の一つだ。
-
この時から丁度20年後の2001年9月11日の朝、あの悲劇が起ころう
とは想像だにしない。1階で乗ったエレベーターはまるで瞬時かと
思わせる速さで110階に到達していた。特に耳に強い圧力も感じ
ない。その性能の良さは印象的だった。 -
展望台からのビル群はむしろ低く見えた。マンハッタン島からブルッ
クリンをつなぐブルックリン橋とマンハッタン橋が眼下に見えた。
もちろん自由の女神の小さなリバティ島も見える。ただこの時には
曇ってきており少し視界が悪かった。その分展望台からの 写真は
どれも映像の出来が悪い。 -
実物は小さなチケットである。当時一人$2.50 約¥630
最後までご覧頂き誠に有難うございます。もうあれから45年余の時間が
流れたNew Yorkの旅でした。この間に米国でも日本でも当時ではよき
しない多くの事がおきました。一日本人が半世紀近く昔に見たNew Yorkの
この旅記録に貴方のコメントを一言頂ければ幸いです。
yoshito 2025年12月22日 -
コロナ時代の3年目を迎えました。アメリカやフランス、イギリス
で見るオミクロンの感染力には脅威を感じます。
日本での暴走を許さないことを祈るばかりです。
ほぼ40年後2022年元旦・・・・・4Travelの皆様共々今年が良い
年になる事を祈念します!! 2022年1月1日 Yoshito Maki -
かつてのNew Yorkの出張からはや半世紀近い年月が経過した。
小生も米寿に近い87歳を迎える。
コロナを挟んでこの4,5年の間には旅友はじめ、高校、大学或いは職場
の同期生達を見送った。後輩さえも・・・・
そしてこの間ロシアは突然ウクライナへ侵略。イスラエルはパレスチ
ナ、ガザを空爆。ここへ来てイランまで爆撃。かつての自由の国この
アメリカも今や皇帝トランプを頂く帝国になって。
都心の八重洲に独り佇む古老は何を想うや・・・・・諸行無常・・・
2025年6月20日 Yoshito Maki
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