
2008/03/01 - 2008/03/10
3位(同エリア196件中)
オリーブさん
エボラの街の歴史地区は1986年にユネスコノ世界遺産に登録されました。
表紙の写真は、エボラ大聖堂(カテドラル)です。
1584年大正遺欧少年使節が大聖堂を訪れてヨーロッパで2台のみという
「イベリアパイプオルガン」を演奏したと言われています♪
広場には、2〜3世紀にローマ人によって建てられたディアナ神殿の
遺跡も残っていてポルトガルの歴史の深さを感じました。
そして、ここエボラの街ででチョットしたサプライズが・・・
15世紀の大航海時代にポルトガルをヨーロッパで一番の海洋王国にしたのが、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓で得た香辛料貿易です!
その胡椒の木を発見(@_@)!
★当時、胡椒と金が同量で交換されたのだそうです!!!★
-
リスボンのホテルを8時30分に出発!
1998年のリスボン万博に開通したヨーロッパ最長の
約17Kmのヴァスコ・ダ・ガマ橋を通って10時10分に
エボラに着きました。 -
エボラはリスボンより東に約130Kmの
スペインの国境に近い場所にあります。
ローマ時代、標高300mの丘に城塞都市として誕生!
その後イスラム教徒からの国土回復戦争の拠点とされ、
ポルトガル黄金時代にはアヴィス王朝の都となり
政治上の重要な舞台となってきました。
1986年エボラの歴史地区は、
ユネスコの世界遺産に登録されました☆ -
白い壁に黄色いアクセントカラーの
ちょっとスペインを思わせる街並みです。 -
カフェテリア♪
白い髭のおじさんがメニューを持って
ウェルカムです〜☆〜 -
サンフランシスコ教会の前の広場です
-
■サンフランシスコ教会
サンフランシスコ教会は、13世紀フランシスコ派の
教会として建てられました。
教会は、ゴシック、マヌエル、バロック様式の建築で
建てられています。 -
門の上にはペリカンマヌエル1世を象徴する、
天測儀とポルトガルの紋章の彫刻が飾られています。 -
教会内部です。
フランシスコの生涯を描いた
18世紀のアズレージョもありました。 -
主祭壇は、ネオ・クラシック様式で、
エストレモス産の大理石でできています。 -
凝った彫刻が飾られています★ -
マリアさまでしょうか・・・
デザインも色合いもポルトガルっぽくって素敵☆ -
サンフランシスコ教会を出て、
細い路地をゆっくりと歩いて街の中心に向かいます。。。 -
1軒ずつ扉の上に番号が・・・
番地でしょうか???
何故か19、21、23と奇数です・・・。。。 -
■ジラルド広場
エボラの街の中心にある広場です。
かつては、異端尋問後処刑も行われたそうですが、
今は、オープンカフェもあり人々の憩いの場所で平和です。 -
広場の周りにはオシャレな窓の建物が・・・☆
-
青い空に真っ黒の街灯がベストマッチ★ -
★時代を感じる壁・・・
長い年月が作った
味わいのある素敵なアート★ -
個性的な窓2つに・・・
それぞれの生活が・・・♪ -
枯れ木がアーチを作っています☆
石畳に落した影がまた 美しい〜〜★〜〜 -
枯れ木が絵になる季節★大好きです♪ -
青空に凛とした胸像★
胸像を見つめる優雅な女性☆ -
小高い広場からは、
白壁に赤い屋根の
美しいエボラの街が一望できます☆
-
芝が綺麗に刈り込まれて
緑のグラデーションが美しい〜☆〜 -
夫婦が共通の趣味って羨ましいなぁ〜♪
お互いにマイカメラで撮った写真を見ながら
思い出話に花が咲く・・・♪
*****☆***** -
■ディアナ(月の女神)神殿
2〜3世紀にローマ人によって造られた
コリント式の神殿です。 -
月の女神ディアナに捧げられたローマ遺跡です☆
建造された当初は32本の柱がありましたが、
現在は、14本残っています。 -
ディアナ神殿の右側奥の建物は、
元は、ロイオス修道院でしたが、
現在は、エボラのポウサーダになっています。
宮殿やお城を改装しホテルとして営業している施設を
ポルトガルでは「ポウサーダ」と言っています。
★エボラのポウサーダは人気があるそうです★ -
■エボラ大聖堂(カテドラル)
12〜13世紀に建てられました。
ロマネスク、ゴシック、バロックと様々な
建築様式がみられます。
キリスト教徒の支配者によって、
聖母マリアに捧げる大聖堂として建てられました☆
エボラ大聖堂は、中世ポルトガルで最も大きな大聖堂で、
ゴシック建築の素晴らしい建物です!!! -
教会に一歩入ると素晴らしい建築や装飾に驚嘆!!!
沢山の天井まである縞模様の柱は重厚で、
シャンデリアも豪華です!☆!
圧倒されるような壮麗さにため息です・・・☆
カテドラルで天正遺欧少年使節の
伊東マンショと千々石ミゲルが、
ヨーロッパで2台のみというイベリアパイプオルガンを
演奏してみんなを驚かせたと言われています。 -
【天正遺欧少年使節団】について
天正遺欧少年使節団は、九州のキリシタン大名、
大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代として、
原マルティーノ(13歳)、中浦ジュリアン(14歳)
伊東マンショ(13歳)、千々石ミゲル(13歳)の4人を、
ローマに派遣しました。
天正遺欧少年使節団は、1582年に日本を出航し、
中国・インド・ポルトガル・スペイン・イタリアと周り、
8年の歳月を費やして帰国しました。 -
1549年、フランシスコ・ザビエルが日本へ
キリスト教を伝えました。
それから35年後の1584年、天正遣欧少年使節団が
リスボン訪問後、当時学問と宗教の中心地だった
エボラを訪れて一週間滞在しました。
天正遣欧少年使節団が各国を訪問している間に、
日本では思いがけないことが起こっていました。
秀吉は、「ポルトガルは日本を植民地にしようと
たくらんでいる」と恐れ、バテレン追放令(1587年)を出し、
キリスト教の布教を禁止しました。
そして天正遺欧少年団が1590年に帰国した時は、
すでにキリスト教は許されず、
原マルティーノはマカオに追放され、
中浦ジュリアンは殉教の死を遂げ、
伊東マンショは長崎で病死し、
千々石ミゲルは棄教して行方不明と、
過酷な運命を辿りました。。。
宗教も言論も自由な現代では考えられない
・・・悲惨な運命・・・
かわいそうで胸が張り裂けそうですです。。。涙。。。 -
中央の本堂中程には、多彩色のゴシック像
『受胎した聖母マリア像』(15世紀)のある
大きなバロックの祭壇があります。
お腹の大きなマリア像は珍しいそうです。 -
-
素晴らしいカテドラルの余韻に浸りながら、
エボラの歴史地区の散策を続けます。。。 -
■ヴァスコ・ダ・ガマ
少し歩くと市民公園があり、
ヴァスコ・ダ・ガマの銅像があります。
1519年から1524年の5年間、ヴァスコ・ダ・ガマは、
エヴォラに滞在していました。
ヴァスコ・ダ・ガマが住んでいた邸宅もあります。 -
■胡椒の木
ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓で、
インドに商人を送り込んで香料交易を独占し、
ポルトガルは、巨万の富を手にしました!!
そして、ヨーロッパで最も豊かな国になりました。
当時は、胡椒は珍重されていて「金」と「胡椒」が、
同じ重量で交換されていました(@_@)!!!
これには、ビックリです!!!
正に、「金の生る木」ですね☆ -
3月に訪れたのですが、
ラッキーなことに赤い実が生っていました★
高さ3m位の木ですが、
近寄るとほのかに胡椒の香りがしました♪
思いがけない出会いに感動!!! -
そんな時、大勢の学生達が顔にペイントをして
やってきて、いきなり拝みだしました(@_@)
いったい何が、始まったのでしょうか??? -
1559年にイエズス会によって大学が創設されて以来、
エボラは学芸の中心都市ともなっています!! -
『10月5日と通り』という商店街に行ってみました♪ -
大きな絵皿が飾られています☆ -
♪カ*ワ*イ*イ女の子♪
ワンピースの模様がとってもオシャレ☆
ドアのチャイムの鐘もステキ★
-
エボラの白い家には、
ブルーがとっても似合いますね☆★☆ -
ロシアのマトリョーシカに似た可愛いお人形☆
こんなお花のベッドカバー欲しいなぁ〜♪ -
食器もカラフルでインパクトあります! -
チョット八百屋さんを覗いてみたら(^-^)
新鮮な果物や野菜がイッパイ♪
-
レストランの壁にキッチン用品が・・・
Niceなデザインがオッシャレ〜♪
ランプの灯りもGood☆ -
シンプルなデザインですがディスプレイで
ステキなアートに・・・★☆★ -
ポルトガルの車窓から・・・
やわらかい緑の草原に癒されます〜☆ -
赤い大地、縞模様のオリーブ畑、青い空
初めて見る素晴らしいスペインの大地に感動!!!
スペイン旅ににワクワク、ドキドキです♪
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