2010/05/12 - 2010/05/27
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akkiy363672さん
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悠久の歴史を刻むトルコの大地…。その遺跡を巡る旅も4日目を迎え、エーゲ海を望む西海岸地方から、いよいよ内陸部の中央アナトリア地方へとさしかかります。
【表紙の写真は、ベルガマの「アクロポリス遺跡」です。】
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー
- 航空会社
- ウズベキスタン航空
-
4日目、5月15日(土)。
午前6時 起床。 午前8時 出発。
↑【車窓から】 ホテルの玄関では、トルコ国旗とホテルの旗、それと宿泊客たちの国の国旗を掲げています。
今日は朝から雨模様…。バスの車窓からの写真はちょっとボケていますが、ご容赦ください。 -
↑【車窓から】 トルコの都会地の新築住宅です。新しいものは3階建てがほとんどです。
地方へ行くと、3階建てというわけにはいきません。だいたいは2階建て、農村部では古い平屋の家屋も多く見られました。
そして、ほとんど全ての住宅の屋根に、温水ヒーターがついています。電気代やガス代が高いので、みんな、ヒーターをつけているのだそうです。 -
↑【車窓から】
都会の新しい住宅地の間を、荷馬車がのんびりと行きます。 -
↑【車窓から】 この白い畑は、何かわかりますか。塩湖です。
トルコの塩のほとんどは、塩湖からの天日製塩だそうです。 -
↑【車窓から】 広い畑で、這うように農作業をする人々
トルコは大農業国…。でも、トラクターはときどき見かけましたが、そのほかの農機具は見かけませんでした。
収穫量の増大のためにも、機械化を進めることが課題でしょうね。
途中10時にガソリンスタンド・レストランで休憩…。 -
11時50分、アレキサンダー大王の足跡から町の歴史が始まったベルガマに入り、レストラン「ASKLEPION Rest」にてトルコ家庭料理のバイキングで昼食をとりました。
料理は、ここに報告するほどのものでもなく、次は午後1時過ぎから、町の背後にそびえる山の上に残る、「アクロポリス遺跡」の見物です。 -
アクロポリスは山の上(=アクロ)の町(=ポリス)という意味です。
頂上には、紀元前4世紀に建てられたアテナ神殿跡をはじめ、紀元前2世紀の図書館跡、ローマ時代のトラヤヌス神殿などの遺跡があります。 -
雨も上がりました。
ローマ皇帝ハドリアヌスが、先帝トラヤヌスに捧げるために建造した「トラヤヌス神殿」の遺構です。
正面6本、側面9本の大理石の柱で建てられていたそうですが、今はそのうちの数本を残すのみです。 -
このトラヤヌス神殿は、その前に建っていたベルガモン王国の王宮跡に建てられています。
だから、礎石などには、より古い時代のものが使われていたりします。 -
これが神殿を飾っていた壁面や装飾…。
崩れ落ちたまま、庭に積み上げられていました。 -
国旗から拝察するに、ブラジルからのご一行様でしょうね。
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神殿の礎石を見上げているのは、中国からのお客様(だと思う、喋っていた言葉から)…。
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今に残っている柱の一本一本が、壁面の1つ1つが、転がっている石の1個1個が、繁栄していたあの頃の輝かしい日々や、激しかったティムールなどとの戦闘や、共和制を迎えたときの人々の新たな決意を、今に伝えて語ってくれているようでした。
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城壁…。
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城内の通路…。美しい幾何学的アーチ型を描いています。
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急峻な山の斜面に造られた大劇場。収容人数は約1万人。ギリシャ・ローマ期の劇場で、これほど急傾斜のものは他にないといいます。
そのため、音響の良さは抜群とか。
向こうに、下界に広がる町が見えますが、この山のふもとに、現在のベルガマの町が広がっていて、山の上からは町の様子が一望されます。 -
アクロポリスをあとにして、バスは急な山道を下り、エーゲ海沿いの道を、トルコ第3の都市である「イズミール」へと向います。
↑【車窓から】 途中、石油化学工場がありました。近辺で、石油が採掘されるそうです。 -
↑【車窓から】 停車している列車を見ました。
この15日間の旅行中、イスタンブールやアンカラなど大都会の路面電車を除いて、長距離列車の走る姿には、ついぞお目にかかることはありませんでした。
トルコの鉄道運行は、まだまだなのでしょうね。 -
【車窓から】 鉄道が発達していない分、トルコでは長距離バスが広い国土(日本の2倍)を縦横に結んで走っています。
だから、道路の整備にも力を入れているとのことでしたが、幹線は立派でも、地方道へ入ると、まだまだ片側1車線のアスファルトの薄い舗装が多かったようです。
でも、工事中の箇所が随所に見られましたから、近いうちにトルコの道路は立派なものになりそうです。 -
【車窓から】 ちょっとピンボケですが、送電線です。
日本の三角錐の鉄柱に比べると、仰々しい形ですね。 -
↑【車窓から】 買い物帰りのご夫婦でしょうか。
「お父ちゃん、しっかり運転してよ」
「落ちるなよ」
…なんて言いながらの二人乗りです。 -
イズミルの町も通り過ぎて、かなり走ってきました。
午後5時、ガソリンスタンド・レストランで休憩…。
小腹が空いてきたので、ビスケットを買い、チャイしました。 -
もうこのあたりは、エーゲ海沿岸地方の最大の古代遺跡「エフェス」の近郊です。
↑【車窓から】 「エフェス」は、明日、見学する予定ですが、道端には古代の遺跡がごくあたりまえのように立っています。
子どもが、その足元で遊んでいますし、コウノトリが柱の上に巣を作っていました。でも、トルコの人たちは、追い払うこともしないのです。 -
↑【車窓から】 山の上には、ビザンツ時代の城塞が…。でも、ここは入場は出来ないらしいです。
この辺の人たちにとっては、古代遺跡なんて珍しくもなんともないよ…といったところでしょうか。 -
↑【車窓から】 今日の宿泊地「クシャダス」の町が見えてきました。
「クシャダス」はトルコのエーゲ海岸有数のリゾート地です。ヨットハーバーやマリンスポーツの施設が揃っています。 -
今夜のホテルは、海に突き出た断崖絶壁に立つ「アダクレ」。
玄関先には、4頭の白馬が出迎えてくれました。 -
部屋は、入り江を正面に見下ろすオーシャンビュー。 絶景…!
レストランのテラスが眼下に見えます。 -
夕食の前に、庭を散策しました。
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プールサイドへ…。気温は20℃を切っていましたから、泳ぐにはちょっと寒かったです。
-
水平線に落ちる夕日が、空と海を紅く染めていきます。
第4日目、終了です。 -
第5日目、5月16日(日)
午前8時30分 ホテルを出発。良いお天気です。
朝、ちょっと時間があったので、ホテルの正面の写真を撮りました。 -
↑【車窓から】今朝も、ホテルの前に掲げられた国旗に見送られての出発です。
今日は、エーゲ海地方で最大の遺跡「エフェソス(エフェスとも)」と、世界の七不思議のひとつ「アルテミス神殿」跡の見物です。
途中、皮革製品のお店に寄り、ソフィア・ローレン(って、ちょっと古いか(笑))によく似た別嬪から、リバーシブルのコートを勧められたのですが、章くん、ここが踏ん張りどころと、「今日は買わない」を繰り返してきました。 -
午前10時、エフェソス遺跡に着きました。
南門から入ってすぐのアゴラ…、集会、行事、商売などが行われた広場です。 -
アゴラの一角に土管が積み上げられていました。
これが、当時(ローマ時代)のものだと聞いて、道端に転がしておいていいのかなぁ…と心配してしまいました(苦笑)。 -
振り返ると、山のふもとに水道橋が築かれていました。
この都を造った人たちは、とても清潔な都市づくりを心がけてきたことがわかりますね。
エフェスは、アルテミス(ギリシア神話に登場する狩猟・純潔の女神)崇拝で知られたギリシア人が建設したとされています。
古代ギリシアの都市国家群(ポリス)は、紀元前800年末には現在のギリシャ西南部、クレタ島を含むエーゲ海の島々、アナトリア半島の西海岸に広がっていましたから、エフェスはその頃から都市が築かれてきたのでしょう。
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音楽堂(オデオン)跡です。屋根がつけられていて、1400人を収容することができたそうです。
コンサートや、300人の代議員による会議が開かれていたとか。 -
ヴァリウスの浴場跡。
2世紀に造られたもの、床下暖房になっています。 -
勝利の女神ニケのレリーフ
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エフェス遺跡の銀座通り「クレデス通り」。
銀座でも、これほどの混雑はないンじゃない(笑)。
ちょうど、地中海クルーズ船のお客さんたちがご来場中だったそうです。 -
三角形のファザードが目立つ「トラヤヌスの泉」。
当時は、正面にため池があり、そこに据えられていたトライヤヌス皇帝の像の下から水が流れ出ていたので、この名前がついたとのことです。 -
正面の台座には、トラヤヌスならぬ、トラネコちゃんが寝そべっていました。
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公会堂跡の数本の柱。
この門柱の上には聖火が点され、消えることがなかったとか。 -
水をたたえた美しい泉があった、ポリオの泉の跡です。
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「スコラティカの浴場」跡の瓦礫の上に登って、「ケルスス図書館」の正面にいたる、「クレステ通り」をパチリ…。
遺跡の上に登れるなんて…、日本じゃ『軽犯罪法違反』でしょうね。 -
屋敷跡(右手)と、その前の道路に描かれたモザイク模様です。
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当時の「公衆トイレ」跡です。
仕切りはなく、顔を見合わせながら、仲良く並んで使用したらしい。
便座の下は水路になっていますから、立派な水洗式トイレです。
美人をモデルにトイレの写真を撮るとは失礼である…とのご指摘をいただいたので、ここはお顔を隠させていただきました! -
エフェソス遺跡のハイライト、ケルスス図書館正面のファサード(外観)!
正面には、知恵、運命、学問、美徳を象徴する女神像(レプリカ、本物はウィーンに)があります。
ここには1万2千巻の書物が所蔵されていたとか。アレキサンドリア、ベルガマと並んで、ギリシャの三大図書館と称されました。 -
向かって右には、商業地「下のアゴラ」へ続く、「マゼウスとミトリダテスの門」があります。
この門は、皇帝アウグトウスの奴隷だった「マゼウスとミトリダテス」が、解放のお礼に建てたものです。 -
マゼウスとミトリダテスの門から、ケルススの図書館を振り返ってパチリ…。
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ケルスス図書館の前のマーブル(大理石)通りと、その向こうは娼館跡。
図書館の直ぐ前が娼観とは…。「ちょっと図書館へ行ってくる」と言って、馴染みの子のところへ上がり込むという算段だったのでしょうか。
ガイドさんの話によると、「図書館から地下道が掘られていた」とか(笑)。
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マーブル通りの敷石に刻まれている、娼館の広告の足型!
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下のアゴラの一帯と、その向こうにはケルスス図書館が見えています。
この遺跡の発掘は、まだ始まったばかり…。世界の国々や企業、人々の協賛を得て、発掘が続けられています。
「これほどの遺跡が、何で世界遺産に登録されていないのだろう」と疑問に思っていたら、誰かが「お金がかかるから、トルコ政府が登録申請しないんだ」と教えてくれました。
「なるほど…」と思わせられる指摘です。
→ 帰国してから調べてみたら、現在申請中だそうです。早晩、「世界遺産」に登録されることは間違いありませんね。 -
ピオン山の傾斜を利用して造られた、野外大劇場。
ヘレニズム時代(アレクサンドロスの死亡(紀元前323年)からプトレマイオス朝エジプトの滅亡(紀元前30年)までの約300年間のころ)に創建されましたが、ローマ時代に何度も拡張工事が施されました。
24000人を収容するようになり、市民集会や観劇などのほか、4世紀ごろには剣闘士対猛獣の戦いが行われたとあります。 -
アルカディアン通りを来て、北門へ曲がったところから撮った大劇場です。
アルカディアン通りは、この地を訪れたジュリアス・シーザーとクレオパトラが、手を取り合って歩いた通りだとか。 -
エフェソスに別れを告げて、バスに乗り込みました。
↑【車窓から】
古代遺跡の先端で、コウノトリくんは、今日も子育てに忙しそうです。 -
【車窓から】
もう間もなくアルテミス神殿へ到着という道の途中、昔のハマス(トルコ風呂)の跡がありました。丸い頭の建物が、そうです。 -
アルテミスの神殿跡に着きました。
かつては、こんな大神殿があったんだと、看板(解説?)が立っています。 -
豊穣の女神アルテミスを祭った神殿の跡。紀元前7世紀頃から120年かけて建てられたとか。
直径1.2m、高さ19mの円柱が127本もあったといい、その壮大さは世界七不思議に数えられている神殿でしたが、現在はたった1本の柱のみが残されています。
この神殿のそばで、「ホンモノ、ホンモノ」と言いながら、お兄ちゃんが土まみれのコインを売りに来ました。
表面の土を擦りながら、「ホンモノ、10リラ」と言います。「要らん」と言うと、帰りがけには「2リラ」になりました。 -
今日のランチはシシケバブ!
シシとは串のこと、ケバブは肉料理のことを言います。
牛・鶏・ラムなど、どれもケバブ…。この日は牛でした。
肉片の一つ一つは思ったより小さい。チョップシシケバブと言い、小さい肉のシシケバブなのだそうです。
味は結構おいしかったですよ。 -
↑【車窓から】
トルコのおじさんたちは、真っ昼間から喫茶店に集まり、チャイを飲みながら談笑したり、マージャン、トルコ将棋などをして時間を潰しています。
その間、奥さんたちは家庭でトルコ絨毯やレースを織るなどして、内職にいそしんでいます。
どうも、東南アジアから西アジアにかけて、男性はグータラ…。言い換えれば、男性天国ですね(笑)。
あっ、日本は違うか! -
40分ほど山道を走って、山中の小さな古い村「シリンジェ村」に着きました。
昔はギリシア人が住む村だったそうですが、ギリシアとの戦争のあと住民交換が行われ、今はトルコ人が住んでいます。
山の斜面に張り付いて暮らしているようなかわいい村…。章くんたちが到着して間もなく、村にイスラム教のお祈りの時間を知らせる村内放送が流れました。
↑村を見下ろす高台のテラスで、チャイしました。 -
トルコの人たちもよく訪れる、かわいい村だそうです。
村を歩くと、通りのあちこちで店を開いていて、お土産物やトルコ石などを売っています。 -
おばさんたちが腰掛けて、何かしています。
少し離れて、おじさんがひとり、タバコをふかしていました。 -
おばさんたち、野草を摘んできて、花の王冠を作っていたのです。
1輪、1リラ…。
観光客の女の子が頭に載せていたのは、これだったのですね。 -
村の一番にぎやかな交差点です。
-
道端のどこにでも、お店が広げられています。
サクランボを売っていたおばさんにもらった一粒が、とても甘かったです。 -
↑【車窓から】
畑では、オリーブの木が育てられていました。
オリーブの原産地は、ここトルコ小アジア(アナトリア)の南東地域だそうです。
その後、ギリシャ、イタリア、アフリカ、スペイン、フランスに広がり、アメリカ、そして世界中に広がっていきました。 -
↑【車窓から】
山の上のほうまで、オリーブの木が植えられています。
トルコ国内には9000万本のオリーブの木があり、現在世界で第4~5位の生産量を誇ります。
トルコ国内の生産比率は、エーゲ海沿岸地域が80%、地中海沿岸地域が12%、マルマラ海沿岸地域が6%です。 -
午後6時15分、今夜の宿泊地パムッカレの「ポラット サーマル」ホテルに着きました。
今日と明日の連泊ですから、少しゆっくりすることができます。
章くん、服の替えなどは原則6日分を用意してきただけなので、洗濯もしなければなりません。 -
食事のあと、庭に出てみました。
温泉プールのむこう、ヤシの木の左上に細いお月様と金星のランデブーが見えました。
-
午後10時30分、テラス・ラウンジで「ベリーダンスショー」が始まりました。
小刻みな旋律に乗って、妖しく腰を振るダンサー…。ついつい見とれてしまいます。
「どこ見てんのさ!」と叱られるんじゃないかと思いつつも、練達の踊りに魅入られてしまいます。
ベリーダンスはイスラム時代以前のエジプトから、口承に基づき伝えられてきました。
地中海世界、中東などで王宮文化と結びつきながら踊り継がれてきましたが、今日ではアメリカ、ヨーロッパなどでもお馴染みのダンスとなっています。
11時を過ぎ、そろそろお開きです。最前列に座っていた章くんの前に、ダンサーの子が来てくれました。これは、チップを用意しないわけには行きません。100リラ札を豊かな胸の谷間に差し入れると、ひときわ妖艶な踊りを披露してくれました。
章くん、この旅行の前に風邪を引いて鼻をかみすぎ、左の鼻の穴から鼻血を出していたのですが、今夜は再出血するのではないかと心配です。
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