2010/05/02 - 2010/05/05
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azianokazeさん
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台南2日目、地図を片手に市街地の史跡を訪ねて歩きます。
写真数も多くなりましたので、やや中途半端ではありますが、先ずは、台南の城を外敵から守る「城隍廟」と道教の廟「天壇」の記録です。
表紙写真は「天壇」周辺。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
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宿泊した「光華大飯店」の朝食。
トーストも飲み物も、ぬるいスープも、みな微妙な味わいですが、まあ、宿泊費にセットになっているものですから、とやかく言うこともないでしょう。 -
ホテルが立つ北門路を南に歩きます。
①でも触れた、段差ばかりの歩道。
歩道も店舗敷地の一部のため、各店舗が異なる設計をすることで、こうした段差歩道になるそうですが、とても不便かつ危険です。 -
北門路、東門路、大同路、府前路、民権路などが交差するロータリー「東門円環」付近。
「城隍廟」に向かっていたのですが、行きすぎてしまいました。ただ、街かどには標識も多く、それも漢字ですので、地図と照らし合わせると何とか現在位置は把握できます。 -
やや遠回りになりましたが、民権路に入って軌道修正。別に最短コースを歩く必要もありませんし、予定外の場所で思いがけないものに出会えるのが、街歩きの楽しみです・・・ということにしておきましょう。
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地図にも載っていないローカルな市場がありました。
ちょっとのぞいてみます。 -
道端で貝を売りながら、新聞を読みふけるおじさん。
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路上エステで“産毛抜き”をする女性。
右下隅に指が写り込んでいるのは御愛嬌ということで。 -
青年路に面した「城隍廟」(じょうこうびょう)に着きました。
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城隍廟は外敵から城・町を守る鎮守の廟で、多くの町にあります。
ここ台南の城隍廟は、台湾の数ある城隍廟でも最も歴史が古く、1669年に建設されたものとか。(現在の建物は1759年に再建されたもの)【歩き方より】 -
参拝者の傍らでは、近所のおじさんがのんびりお茶を。
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お供えものを焼く炉ですが、環境対策でしょうか、相当に仰々しいものになっています。
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宗教文物陳列館に納められた大きな大算盤。
城隍は地獄の裁判官、人間の善悪行に対し因果応報をつかさどる神とも言われています。
この大型の算盤は死者の生前の功労・善悪を計算して評価を下すためのものです。
門の上にも飾られていたようですが、そちらは見落としました。 -
人々の生前の行いを戒めて、安定した社会を実現しようという先人の知恵が生んだものとか。
なお、城隍廟は「陰廟」に属していますから、夜に入ってからはお参りしないのが当地の人の習わしだそうです。 -
妙に背が高い像・・・としか、現地ではわかりませんでした。
帰国後、確認したところ、謝将軍の像だとか。
“董芳苑『台湾人的神明』や黄柏芸『台湾的城隍廟』などによれば、范無救さんと謝必安さんは兄弟の契を結ぶほどの間柄で、差役(税の督促やら警察的役割などを行う)だったそうな。
そんな仕事で出掛けたある日、大雨で川が増水したので二人は橋の下で雨宿りをする。しかし雨はやまないので、謝さんは范さんをその場に残して雨具を調達に出た。しかし調達に出た途端に雨足が強まり、一気に増水した川は、際立って背の低い范さんを押し流した。そして雨具を持った謝さんがその場に戻った時には、既に溺死したあとだった。
友人を失ったのっぽの謝さんは、そばの大木(橋の欄干との説も)に首をくくって自殺した。兄弟の信義を守った謝さんと、友を信じて待ち続けた范さんの信義を認めた閻王は、二人を冥界の門番(差役)の位置におくことにした。なので人が死ぬと真っ先に二神の審判を受けるのだ、といった話”【「derorenのホ〜ムペ〜ジ」http://deroren21.blogspot.com/2009/05/blog-post_7894.htmlより 】 -
台南市三大名額のひとつ、「爾来了」(汝来たり)の扁額
【歩き方】の「訪れる人に“覚悟はいいか”とでも言っているよう」という解説は、なるほど・・・という感で納得。
なお、この後訪れる天壇には、もうひとつの名額「一」があります。
残るひとつは・・・わかりません。 -
城隍廟から天壇に向かう途中、路地奥で見かけた若者達。音楽に合わせて振付をしていました。
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何でしょうか?劇団の練習?新興宗教の類?
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台南市街の中心、「民生緑園」のロータリー。
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ロータリーの中に立つ孫文の銅像。
戦前は、第4代台湾総督・児玉源太郎の像があったそうです。 -
ロータリーに面した国家台湾文学館。旧台南州庁舎です。
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旧台南州庁舎と中正路を挟んで向き合う消防署は、かつて錦町合同庁舎と呼ばれていたそうです。
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写真中央に見えるのが、ロータリーに立つ掲示板。
これがなかなか興味深いものでした。 -
古びた掲示板には“防空四要”と書かれています。
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読む人もいないその掲示板には、“空襲時は、公私の地下道は一律に開放し、付近の市民はそこへ避難する”といったことが書かれています。
“空襲”というのは、中国共産党政権によるものでしょう。
車とバイクが溢れるロータリーには、立ち入る人影もなく、掲示板の文字もようやく判別できるぐらいにかすれているあたりが、国民党・馬英九政権のもとで中台関係の強化が進む現在の台湾の状況を示しているようにも思われました。 -
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街角には散策コースを示した案内板があちこちに立っています。
せっかくですから、この案内板のコースに従って歩いてみます。 -
道教廟「天壇」周辺
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「天壇」正面
正式には「台湾首廟天壇」と呼ばれるそうで、主神は道教最高位の玉皇上帝。
その他、元始天尊、道徳天尊、太乙真人、普化天尊、關聖帝君や岳飛などたくさんの神様が祀られていますので、願い事のほとんどすべてに対応できるそうです。 -
俗には「天后廟」と呼ばれています。
人生の途上で困難に打ちあたると人々は「天壇」に来て、神様に指示を求めたり、開運の祈願をするそうです。また、地元の人は旧暦の毎月一日と十五日にここにお参りし家内安全を祈願する習わしだそうです。 -
門前のお供え物屋さん。
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線香の煙が立ち込める建物内部
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他の廟と同様にきらびやかです。
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写真中央やや上部に見えるのが、台南三大名扁額のひとつ、「一」の扁額
額がどこに掲げられているのか分からなかったので、門前の説明文にある該当箇所を指さして、門番みたいなおじさんに尋ねたところ、額をさし示して教えてくれました。
そのおじさんは、私が額を眺めていると、十数ページ・フルカラーのりっぱなパンフットをわざわざ持ってきてくれました。感謝、感謝。
言葉を介さなくてもコミュニケートできることもあります。 -
「一」の意味は“千算万算、天の一算に如かず”ということです・・・人間があれこれ思いをめぐらしても仕方がないということでしょうか?
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階上から何やら音楽みたいなものが聞こえてきます。
上にあがってみると、儀式の最中でした。 -
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二階から中庭を。
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飾りの修復作業のおじさん
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天井の飾り
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この後、北極殿、陳徳聚堂、開基武廟、孔子廟、延平郡王祠などを回りますが、それは後篇で。
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