1962/03/10 - 1962/03/10
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ソフィさん
1962年3月10日(土)
メトロ12号線のポルト・ド・シャペル行きに乗って、ムーランルージュに近い「ピガール」駅の二つ先「ラマルク・コーランクール」駅で降りる。
マップ・ド・パリ(パリ地図帳)を見て、番地を探しながら歩いて行くと、道は次第にモンマルトルの丘を巻いて、丘の裏の北斜面に向かってゆく。
やがてブドウ畑が見えてきて、「え!ここがパリか」と驚くと、その真ん前にブドウ畑にふさわしい二階建てのひなびた建物が目に入り、壁に「オー・ラパン・アジール」と書かれてある。
その田舎屋のドアを開けると、暗い照明の片隅に受付があった。
しばらくして目が慣れると、室内の壁は煤けて黒い。
背もたれのない、板でできたベンチが、それぞれ不規則に置かれた板製のテーブルに向かい、100年足らずで満席になりそうなささやかな部屋である。
入場は無料なのだが、ボアッソン(飲み物)を一杯10フラン(720円)でとらなければならない。
私はごく平凡に赤ワインを選び、チビリチビリ舐めていると、部屋の中ほどに歌手がやって来て、歌が始まった。
演台はなく、客と同じ目線で、ともに歌い、ともに酔おうとの趣向に見える。
歌はパリらしさを感じさせるトーンだが、恐らく創作も少ないのだろう。
聞いたことのないものばかりで、次第に退屈を感じる。
しかし何人かの歌い手が代わって、次第にポピュラーなものも交じるようになり、ベンチの客も、合わせて歌うようになった。
この店は1860年に「キャバレー・ダサッサン(暗殺者の飲み処)」として、開かれた。
その後1880年に常連の画家アンドレ・ジルが、建物の正面にフライパンを飛び越そうとする兎の絵を描き、「オー・ラパン・ア・ジル(ジルの兎)」に名を変えた。
それが転訛して、現在の「オー・ラパン・アジール(活発な兎)」になったという。
場所柄画家の客が多く、ピカソ、モディリアニ、ユトリロなどが貧しかった時代に、足しげく通ったと言われている。
この建物を描いたユトリロの絵は、名高い。
パリの心に満たされ、すっかり心地よく酔って、終電でスペイン館に戻ったのは夜中の1時を過ぎていた。
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(片瀬貴文)
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