2010/05/02 - 2010/05/02
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またぬきさん
GW2日目、今日もお仕事はお休みです。ポン吉がいつもの如く惰眠を貪っておりましたら、電気掃除機が「これでもか!」と言わんばかりの轟音を立てて響いてまいりました。
「やべッ・・!エライこっちゃ、早いトコ出て行かねば・・・」ポン吉は食事も摂らずに表へ飛び出しました。
ということで、今日は昨日に引き続いて「神社シリーズ」第2弾をUPするために、神戸の3社を巡って参ります。
まずは、長田神社からです。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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神戸高速鉄道で高速長田駅まで来ました。
神戸高速鉄道には大阪方面から阪急・阪神電車が、姫路方面からは山陽電車が相互に乗り入れております。 -
地上へと出てきますと、一の鳥居と官幣中社の碑がありました。
官幣中社
昔は神祇官(じんぎかん)から、明治以降は宮内省から、祈年祭・月次祭(つきなみのまつり)・新嘗祭(にいなめさい)などに、一定の社格の神社にささげた幣帛(へいはく)で、社格の高い神社から大社・中社・小社・別格官幣社の別があった。皇室崇敬の神社や天皇・皇族・忠臣などを祭る神社が多い。昭和21年(1946)廃止。 -
参道を北へと歩いて行きます。
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途中、河を渡ります。欄干に参道を偲ばせるデザインが。
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参道と言っても、市バスと自動車が往来する市道で両側には下階が商店となったビルが建ち並んでいます。
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ここから左へと進んで行きます。
向こうに長田神社の鳥居が見えています。 -
到着です。ここまで高速長田の駅から徒歩10分くらいです。
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手水舎です。
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案内図がありました。どうやら東側から入ってきたようです。
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神門が見えます。
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本殿へとやって来ました。
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『日本書紀』によると、201年(神功皇后摂政元年)2月、皇后が新羅より帰還中に武庫の水門で神託を受け、創祀されたという。この由緒から、2001年(平成13年)には鎮座1,800年を祝った。
日本書紀にも記載されている古い歴史を持つ神社で、家内安全・商売繁盛・開運招福・大漁満足・厄除解除の御利益があるとされています。
延喜式神名帳では名神大社、更に祈雨八十五座に列され、社に奉祀する神戸(かんべ)41戸によって護持されていた。現在まで続く「神戸」の地名は、この神戸職に由来している。
古来、長田神社は、皇室をはじめ武門の崇敬が篤く、近代社格制度のもとで1871年(明治4年)に県社に列格し、その後1885年(明治18年)に明治天皇の西国巡幸の際、初めて官幣社に列し官幣小社に、1896年(明治29年)には官幣中社に昇格した。なお、社格昇格の経緯は同じ神戸市内の生田神社と同様・同時である。
1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災では本殿こそ倒壊を免れたものの、大きな被害を受けた。氏子以下の寄進等により、2000年(平成12年)夏に復旧した。
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本殿の西側へと廻ってみると、
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恵比寿様・蛭子社(開運招福、商売繁盛)と、
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大黒様・出雲社(五穀豊穣、良縁成就)のお社があります。
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石像も建てられています。
これは最近建てられたものでしょう。 -
更に進んで行きます。
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本殿軒下に連なる灯篭です。
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楠宮稲荷社です。
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楠宮稲荷社のお社です。
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天井には提灯がいっぱい。
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お社の裏へと廻っていくと、
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楠鷹稲荷社があります。
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楠宮稲荷のお社の周りを巡る回廊、天井には提灯がいっぱい。
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アラまあ、キツネどん。毎日ご苦労はんですなァ。
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お稲荷さんを巡って、本殿の東側へと出て来ました。、本殿を裏側からパチリ。
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東側にも、月読社(身体息災、心身健全)と、
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松尾社(事業成就、家運発展)の神様がお祀りされていました。
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入ってくるときは東側から来たので、今度は正面の方から帰ります。
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こちらが正面のようですね。
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これで長田神社を後にして、次は湊川神社へと参ります。
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