2010/03/17 - 2010/03/17
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ちゃおさん
長谷川等伯展を見るのを諦め、公園内を散歩することにした。
・・前に来たのはいつだったか・・・、もう2年、3年にはなるのか・・。そう言えば、芸大横の都立美術館で、オルセー美術展で、ルノワールの「サンビクトワール山」を見たのは、もう2年は経つだろう。
随分以前に来た時は、この美術館の前の辺りの茂みの中は、将に「テント村」で、何百人ものテント生活者が生活していて、毎日、救世軍のドラと鐘の鳴り物入りでの配給に、アルミの入れ物を手にして大人しく並んで順番を待っていた大勢のホームレスの光景が忘れられないが、ここ6−7年、もうそうした光景も見られなくなった。
行政が行き届いたというのか、そうしたみっともない光景を外人の目に晒したくない、という石原都政の表れか、そう言えば、新宿西口の歩道を塞いでいたホームレスも何時の頃からか姿を消していた。
嘗ての「部落」も今は静かなもので、尚、数人がそれでもこの地区を去りがたいのか、日中はテントをたたみ、ベンチで太陽光を浴びている。画家だったら絵にしたいような光景かも知れない。
動物園を通り過ぎると「グラント将軍」の碑がある。南北戦争、北軍の英雄にして米国何代目かの大統領。
明治に遡る15年前、ペリーが浦賀に来航し、日本は300年の太平の夢を破られ開国したが、それから丁度維新までの真ん中辺り、勝海舟、福澤諭吉などが、咸臨丸に乗船しワシントン、ニューヨークを視察(研修)旅行しているが、その翌年に勃発した南北戦争。
南軍の智将リー将軍を破って、リンカーン大統領に引き継いでの軍人大統領。2期、8年を勤め、大統領職辞職後は、世界漫遊の旅に出て、明治の初め、ここ上野の山にやってきた。
明治親政軍に対抗する幕府彰義隊。上野戦役と呼ぶかどうかは知らないが、この山で薩長軍との小競り合いもあったが、それも数多あった幕末のあだ花。まだその粉塵冷めやらぬ地に足を踏み入れたのは、将軍の軍人魂の表れだったのか。
その将軍がお手植えしたとされる槐(エンジュ)の木。150年経った今も思ったりは大きくない。これも又、何代目かのDNAを引き継いだ子孫の木だろうか。
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春、長閑な陽光の下、噴水通りでは、ノコギリバイオリンの演奏家が人足を止めていた。
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上野の森、寛永寺を守っていたのは、確か藤堂藩と思ったが・・・
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昼下がり、暖かな日差しを浴びて寛いでいる人々。居残り組みのホームレスかも知れない。
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何よりも自由が価値あることなんだ!
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動物園前にあるグラント将軍の石碑。明治の初め頃、日本を訪問し、この上野にも立ち寄った。
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グラント将軍のプレートの前には、明治の元勲小松宮殿下の大きな銅像が立っていた。
しかし今の日本人に彼の名前を知る人は少ない。 -
この地を吾が故里にしているのか、まだ何人かのホームレスがテントの庵を結んでいる。
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犬とか猫も同居し、賑やかなものだ。
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木立の向うに上野東照宮の鳥居も見える。
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樹林の間には上野寛永寺の五重の塔も見えて来た。
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