1996/06/14 - 1996/06/24
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ゴシック建築のメッカ、フランス。
魅惑的なステンドグラスを見にシャルトル大聖堂を訪れました。
小粋なパリの風景や、コルビジェの傑作「サヴォワ邸」、ローマ時代の遺跡が残るアルルの町もご紹介。
1996年、フランスを旅しました。
イギリスからドーバー海峡を渡って入国。アルルから列車でイタリアへと抜けました。
2003年に再訪したパリの風景も掲載しています。
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フランスの旅|パリとヴェルサイユ、サヴォワ邸、シャルトル、アルル
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パリの街歩き|凱旋門・エッフェル塔・ルーブル美術館・ノートルダム大聖堂
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中世ゴシック建築の傑作「シャルトル大聖堂」を見る(世界遺産)【フランス】
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- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
-
6月14日(金)
イギリスのドーバーからフェリーに乗る。
フェリーはStene Line社。ユーロパスを持っていたため、12ポンドになった。
1時間半ほどでカレーに到着。
15:50分発のパリ北駅行きの列車に乗り込む。
フランスは列車が快適だ。
列車は時速140~150kmくらいの猛スピードで走ってゆく。
風景は北海道のように、どこまでも牧草地や農場が広がっている開放的な景観。 -
パリに到着したのは、外が既に暗くなりかけた時分。
駅構内を歩いていると、ドイツ人のツーリストに話しかけられ、盗難に遭い全て盗まれてしまったから、お金を貸してくれないか?と言われる。
お金は貸さなかったが、今思うと確実に詐欺の手口だろう。危ないあぶない。
ツーリストインフォメーションで教えてもらった、Wood Stock Hostel(ドミトリー75フラン \1,650)に宿泊。
チェックインしたのは、午後10時を回っていた。 -
6月15日(土)
パリを歩く。
まず、始めに凱旋門に登り、パリの全貌を眺めてみようと思った。
頂上まではらせん階段を歩いて登る。 -
頂上からは、凱旋門から放射状に道が延びていた。
なるほど、エトワール(星)凱旋門だ。
向こうに見えるのは「ラ・グランド・アルシュ(新凱旋門)」。
エトワールの凱旋門の約2倍の大きさがある。
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パリの街歩き|凱旋門・エッフェル塔・ルーブル美術館・ノートルダム大聖堂
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歩いてエッフェル塔まで向かう。
6月のパリは結構暑い。
エッフェル塔の下は大きな影になっており、涼むことができた。
エッフェル塔からジャイヨ宮まで歩く。
ジャイヨ宮では、大勢の若者がローラーブレードやフリスビーなどをして遊んでいた。
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パリの街歩き|凱旋門・エッフェル塔・ルーブル美術館・ノートルダム大聖堂
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歩いてカルチェ・ラタンへ。
ここでサンダルを買い(119F)、ギリシャ料理のファーストフード店でスブラキピタサンドを食べた(34F)。
カルチェ・ラタンからセーヌ川へ向かい、川の中に浮かぶサン・ルイ島へ入る。
サン・ルイ島では露店がひしめいていた。
チーズ屋、肉屋、パン屋、ジャム屋、クッキー屋、チョコレート屋、缶詰屋、ワイン屋、ハチミツ屋などがあった。 -
さらに適当に歩いて行くと、名前はわからないが大きな教会が現れた。
教会の前は気持ちのいい広場となっており、ここで、フルーツなどを食べながら寝っ転がる。
広場には、犬が走りまわっており、親子連れがピクニックし、カップルがキスをしていた。 -
日が落ちかけた頃、セーヌ川へと向かう。
アレキサンダー三世橋のたもとに座り、ライトアップされた街並みと、ネオンを光らせながら通過する遊覧船を眺める。
遊覧船はひっきりなしに通過し、それぞれ世界各国のアナウンスでパリの風景や歴史を紹介していた。 -
6月16日(日)
この日はルーブル美術館を鑑賞した。
ルーブルは広大だが、最初から見る物を絞っておいたので、3時間くらいで回ることができた。
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パリの街歩き|凱旋門・エッフェル塔・ルーブル美術館・ノートルダム大聖堂
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見て回ったのは、ギリシャ彫刻、西洋絵画が中心。
もちろん、ミロのビーナスも、モナリザも見た。
写真は、ラファエロの聖母子 -
写真は、ダヴィッドのナポレオンの戴冠。
ナポレオンに興味が湧いたが、結局、ナポレオンの墓のあるアンヴァリッドには行かずじまいだった。 -
ルーブルを見た後は、ノートルダム寺院へと向かう。
丁度ミサが行われている時分で、パイプオルガンの響きに合わせて唱和される祈りの歌が心地よかった。
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パリの街歩き|凱旋門・エッフェル塔・ルーブル美術館・ノートルダム大聖堂
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マクドナルドで昼飯をとった後、ポンピドゥーセンターへと向かった。
ポンピドゥーセンター前では、ストリートパフォーマーがパントマイムをやっていたり、ギター弾きがボブ・マーリィを弾いていたり、似顔絵描きが似顔絵を描いていたりした。 -
当てもなく北へ向かい。
北駅前のパスタ屋で夕食(46F)。
夕闇の中、モンマルトルへの階段を登る。
薄紫色になったパリの風景が見渡せた。
ギター弾きが、ビートルズのミシェルを弾き、サイモン&ガーファンクルのボクサーを弾く。
曲がホテルカリフォルニアになったところで、街の灯りが徐々に点き始めた。 -
6月17日(月)
シテ島にあるサント・シャペルを見に行く。
サント・シャペルは、ステンドグラスでできた鳥かごという形容がぴったりくるほどの光の洪水。
目がチカチカしてくる。
この日の昼食は、大学の学食(Ru)で食べた。
セルフサービスで、ホウレンソウとチキンのクリーム煮、トマトサラダ、フルーツポンチ、ヨーグルト、パンで13.20F。
充実したランチだった。 -
午後は、モンパルナス駅まで歩き、シャルトル行きの列車の時刻をチェックした後、ポンピドゥーセンターに再訪した。
ダリやシャガール、モンドリアンなど、近代から現代に掛けての絵画や彫刻が展示されている。
写真は、シャガールの絵 -
絵を見た後、ポンピドゥーセンターの屋上に登り、パリの街並みを眺めた。
延々と細かい煙突の並ぶ、夕暮れのパリの街並みはきれいだった。 -
6月18日(火)
ヴェルサイユ宮殿に行くためには、宿の近くの地下鉄駅Anversから1つ目で別の地下鉄に乗り換えて、10個目のサン・ミシェルでRERに乗り換えていく必要がある。
ヴェルサイユ宮殿は、さすがに豪華だった。
特に庭園がだだっぴろい。
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フランスの旅|パリとヴェルサイユ、サヴォワ邸、シャルトル、アルル
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ヴェルサイユ宮殿は、太陽王ルイ14世が建てたバロック建築の代表作。
絶対王政の象徴的な建物として知られている。
写真は、「鏡の間」。
ここで、第一次世界大戦後の対ドイツとの講和条約である「ヴェルサイユ条約」が調印されたのだそうだ。 -
6月19日(水)
パリ、モンパルナス駅から急行に乗り南西へ50分。広大な黄緑色のボース平原の只中にそれは聳え立っている。
シャルトル大聖堂、中世ゴシック建築の傑作といわれる建物である。
列車を降り、駅舎を抜け、駅前広場に踊り出るや否や、それは真っ先に私の目に飛び込んできた。
恐竜の骸のようにも見える無骨なその姿。密集した家並みの中から突き出ている尖塔はやはり大きい。そして、近づいていくにつれ、その姿は更に巨大になっていった。
街一番の高さを持つこの大聖堂。
身廊の高さは36メートル。聳え立つ尖塔は105メートルにも及んでいるのだという。
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中世ゴシック建築の傑作「シャルトル大聖堂」を見る(世界遺産)【フランス】
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シャルトル大聖堂が有名なのは、そのステンドグラスの美しさが理由だ。
シャルトル・ブルーともいわれる青のガラス。
こうして堂内を見上げていると、その青を基調とした原色のガラスの輝きが目に眩しく、恍惚とした気分にさせられてしまう。
澄んだコバルトの色合いが実に綺麗である。
ステンドグラスには様々な図像が描かれている。その題材は、入り口の彫刻群と同じように聖書の物語だ。
この聖堂に来れば、キリスト教の教えがひと目でわかるようになっている。そして、人々はこのステンドグラスの図像により、聖書の物語を効率良く学ぶことが出来るのである。 -
私は大聖堂西正面の左側にある鐘塔に登ってみることにした。
しかし、上空から眺めたその十字架の姿はお世辞にも美しいとは言い難い。
とにかく不気味、グロテスクなのである。
大聖堂の姿を決定的にグロテスクにしているのは、なんと言っても建物の脇に蜘蛛の足のように伸びた、長大な石柱の群れ、飛梁(フライング・バットレス)と控壁(バットレス)の存在であろう(写真)。
異常な高さを持った建物の重みを、内部に太い柱をいくつも立てるのではなく、壁面からアーチ状に飛び出た飛梁と支柱となる控壁で支える。
そのため、内部の柱は比較的細くて済み、壁面には巨大なステンドグラスの孔を穿つことが出来るのだ。
非常に理に適った構造ではあるのだが、外観はどうしても不気味な姿になってしまう。 -
6月20日(木)
この日は午前中にメトロで盗難に遭ってしまった。
財布をすられたのだ。
被害は2千円ほどだったが、警察への盗難届、クレジットカードの停止手続き、国際学生証の再発行などで午後2時まで時間を潰してしまった。
その後、オルセー美術館に行く。
ここは印象派の作品が充実しており、ゴッホやルノワール、セザンヌやゴーギャン、モネ。
また、ミレーやクールベから、モローやスーラ、ルソーなどの作品もあって盛りだくさんだった。
アールヌーヴォーの家具やガラス製品の展示も面白かった。
特にギマールの長椅子は素晴らしかった。 -
パリはその後、2003年にも訪れた。
パリの街を歩くと、様々な人種が違和感なく同居していることにまず、衝撃を受ける。
旧植民地の、アルジェリアやモロッコなどの北アフリカ系、セネガルやコートジヴォワールなどの西アフリカ系、ベトナムやラオスなどの東南アジア系。
中国系もいるし、近隣のヨーロッパ諸国からの人々もたくさんいる。
メトロに乗ると、車内にあらゆる人種がいるのでなかなか面白いのである。 -
イチオシ
2003年の訪問時、私はパリ郊外のポワッシーにあるル・コルビジェの代表作「サヴォア邸」を訪れた。
「サヴォア邸」は、ル・コルビジェ1931年の作品。
サヴォア邸には、彼の提唱した「近代建築の五原則」
(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、独立骨組みによる水平連続窓、自由な立面)が、
最もよく表現されているといわれている。
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フランスの旅|パリとヴェルサイユ、サヴォワ邸、シャルトル、アルル
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コルビジェは「近代建築の五原則」のほかに、
「ドミノシステム」も考案した。
「ドミノシステム」とは
スラブ、柱、階段のみが建築の主要要素だとする考え方で、これは建物とは壁で囲われたものであるという従来の建築の概念を根底から覆すものだった。 -
6月21日(金)
11:08分、パリ・リヨン駅からTGVに乗り、アルルへと向かう。
時速270キロはさすがに速く、あっという間に到着した。
ところが、アルルに着いて何を血迷ったか、私はアルルからさらに南の、地中海に面したサント・マリー・ド・ラ・メールに行ってしまおうと考えた。
地中海を眺めながらシーフードに舌鼓を打ち、ワインのグラスを傾ける。
そんな幻想を抱いてしまったのだ。 -
なかなか来ないバスにようやく乗り込み、サント・マリー・ド・ラ・メールに着いたのは、夜の7時過ぎ。
案内所で宿を探すが、あいにくどこも満室。
既にアルルへ戻るバスもない。
これはやばい!と思ったが後の祭り。
高い金を払って高級ホテルに泊まるか、野宿するかの二者択一を迫られることとなった。 -
結局私は野宿をチョイスした。
民家の人にお願いしてガレージを使わせてもらい、そこに寝袋を敷いて朝まで過ごしたのだ。
※ドイツ人のおっさんに、自分の泊っている部屋に来いと招待されたが、何となくやばそうなのでやめておいた。 -
6月22日(土)
翌朝、ガレージを出て、宿を探した。
しかし、結局見つからず、アルルに戻ることにした。
アルルではユースホステル(Auberge de jeunesse)に宿泊(94フラン \2,068)。
アルルへ着く途中、車窓から市が見えた。
今日は街中に市が出ているのだ。
荷を預けると、さっそく観に行くことにした。 -
市は特別珍しいものが売っていたわけではなかったが、活気があって楽しかった。
その後、アルルの街の史跡を見て回った。
古代劇場、円形闘技場、サン・トロフィーム教会を訪れる。
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フランスの旅|パリとヴェルサイユ、サヴォワ邸、シャルトル、アルル
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6月23日(日)
アルルでは、ミュージアム共通券(40フラン)を使うと、いくつもの名所を安く見て回れるので便利だ。
この日は、アルラタン博物館、コンスタンティヌス浴場跡、クリュプタ、レアテュー美術館を見て回った。
中でも中世の教会の地下祭室であるクリュプタは面白かった。
内部は真っ暗闇で少し不気味な雰囲気だったが、リアルに中世が感じられるような気がした。
午後、ローヌ川でボート競技が行われるというので行ってみた。
そこでやっていたのはボートレースではなく、ボート対ボートの相撲のような競技だった。
ボートとボートがすれ違うとき、持っている棒で相手を川に落とすと勝ちだ。
観客はあまり多くなかったが、ちゃんとPAがありMCが実況していた。 -
6月24日(月)
朝、8:16分発のマルセイユ行きに乗り東へと向かって出発。
マルセイユでニース行きに乗り換え、そして、そのままニースを通過し、イタリアへと向かう。
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