2009/11/14 - 2009/11/24
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しんちゃんさん
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バスノルマンディ地方のとある町、Conde-sur-Noireau(コンデ・シュル・ノワロー)と近郊の観光地の紹介です。人口約7000人の町です。お世話になった明子さんの旦那さんジャン(Jean)さんが生まれた町です。ワンちゃんユーツーを連れて散歩していたら、「ユーツー?」町のおばさんに声を掛けられてしまいました。明子さんにおばさんの写真を見せて話したら「大変!彼女に見つかったら、なんで紹介しないのか怒られちゃう」とさっそく電話していました。小さな町の大きな出来事でした。
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国道の看板、ノルマンディのスイス、クレシー(Clecy)
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国道の看板
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国道の看板
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国道の看板の反対側
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クレシー(Clecy) を見下ろす高台に来ました。
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滑走路…飛び込み台、崖へです。
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ここから先は、地獄。
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クレシー(Clecy) の町を一望に眺めることが出来ます。
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崖の花、11月下旬です。
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南側にある、もう一箇所の滑走路、ハング・グライダー、パラグライダー本日は誰も崖下へ飛び込む方はいませんでした。
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クレシー(Clecy) の町
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Conde-sur-Noireau(コンデ・シュル・ノワロー)町、ダウンタウン
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さてこの説明版には困った!“Ancre de corps mort”ネットのフランス語翻訳、日本語への訳が「死体の支え」なのです。「遺体のアンカー」とも出ます。会社の方の友人にパリ在住のフランス人が居ると言うのでSOSしました。以下翻訳して貰った内容です。【“死体の錨”副海軍司令官Dumond d'Urville (1790-1842)の生まれ故郷である、Conde-sur Noireau市に返還。2002年12月14日、ドーバー海峡及び北海国防省司令官兼副海軍司令官 HubertPINONとカルバドス県議員兼Conde-sur Noireau市長PascalALLIZARDによって、正式に設置】と書かれているそうです。後日談:パリに1年留学していたYさん(女性)にこのお話をしましたら、明快なる答えが返ってきました。「直訳すると“錨の死体”ということになるのですが、フランス人は、ものを擬人化して形容するってことが好きなようなので、あまりそこにはこだわらなくてよいように思います。意訳して、例えば、使い古された錨、役目を終えた錨、死に絶えた錨とかそのように表現してしまってよいのではないでしょうか」という事だそうです。非常に納得しました。Yさんありがとうございました。
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Astrolabe2号の錨。「使い古された錨、役目を終えた錨、死に絶えた錨」世界2周をした錨です。
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ロン・ポワン(rond point)ラウンドアバウトの錨の記念品。船の名前等、お世話になった明子さんへSOSしました。【 Dumont d'Urville(デュモン・デュルヴィル)が世界一周をした船、Astrolabe2号の錨です。第1号は他の探検家(有力だった)と共に沈没しました。2002年12月14日に、このロータリーに展示されました。】Conde-sur-Noireau(コンデ・シュル・ノワロー)町の中心地にあります。Condeのeはアクサン・テギュつきの文字éですが、eで簡易表記しています。
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散歩中、ユーツーは長〜い手綱で自由気儘。次回から手綱は短く持って伴走するように躾けました。日本語でも英語でも結構言う事ききました。
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ワンちゃん(ユーツー)が町の人に見付かってしまった瞬間。「あなたはユーツーね?」とか何とか言われて、しんちゃんをじっと見詰めました!盗んだんじゃないよ!散歩中だよ!「Akio is my friend」と言って、納得されました。
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横断歩道のマークだろうか?我が家の猛犬「さくら」が描かれていた!
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Noireau River
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町の中心にある教会
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この小さな町には、世界に誇る人物が生まれています。①1820年「ミロのヴィーナス」をトルコ政府から購入、フランス国王ルイ18世に献上。② 1840年南極大陸に上陸し、妻アデリーの名を付けた。アデリーペンギンはこの地で発見されたので"アデリー"の名が付いた。③アストロラーベ号にて世界一周を2度行い、太平洋(1826-29)・南極磁極点(1837-1840)の探検調査をした。その名前はジュール・セバスティアン・セザール・デュモン・デュルヴィル(Jules-Sébastien-César Dumont d'Urville)通称「デュモン・デュルヴィル」の銅像。教会前に堂々と建っていた。
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ジュール・セバスティアン・セザール・デュモン・デュルヴィル(Jules-Sébastien-César Dumont d'Urville)記念碑
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東へ約12Km、Le pont des Vere(ル・ポン・デヴェール)の村に残る煉瓦の陸橋。鉄道が廃止され陸橋が残りました。Clecy(クレシー)の陸橋と姿・形が五分五分です。
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Le pont des Vere(ル・ポン・デヴェール)の村に残る煉瓦の陸橋。
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陸橋の上。
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