2010/02/07 - 2010/02/10
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Fluegelさん
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2月7日(日)ケルース、ベレンを見学(無料日)。乗馬。 エストリル泊
8日(月)乗馬。ロカ岬,シントラ(カプーシュ,ペナ宮)を見学。 エストリル泊
9日(火)乗馬。シントラ(ムーア城跡,王宮,モンセラーテ)を見学。エストリル泊
10日(水)乗馬。
〜エストリルまで、その2.リスボンから、その3の旅行記へ〜
10日(水)リスボンで車を返却。ウィンド・ショッピング。リスボン泊
11日(木)LH2175便 雪(FRA)のため3時間遅れ。フランクフルト泊(ルフトハンザ持ち)
12日(金)LH 740便 機中泊
13日(土)帰国
表紙写真:カプーシュ修道院
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー タクシー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
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日曜(無料日)午前11時、ベレンは込んでいた。ベレンの塔とマリーナの間にある無料駐車場にとめたかった。でも既に通路まで、ぎっしりと、芸術的にとめてある。駐車場の周りが一方通行なので、2回も道路に出て、引き返してきた。すると、一台空きができて、黒人の若者が手招きして、誘導してくれた。ロットにとめて、車から出ると、ちゃんとこちらを見て待っているので、€1あげた。
ベレンの塔は、噂通り、美しかった。司馬遼太郎が「貴婦人」と称したのも、頷ける。 -
ベレンの塔からの眺望。正面に、4月25日橋(1966年開通、全長2,277m、1974年のカーネーション革命の日にちなみ改称された。この日は、ポルトガルの祝日「自由の日」)。
左手奥に、発見のモニュメント。その手前、通路の縦列駐車をご覧あれ。縦列駐車の幅寄せは苦手…ロットに入れられて、本当に良かった。 -
今回の旅で、ポルト、サンティアゴ、エヴォラと見てきて、どれも旧市街が世界遺産だった。ベレンの塔は、建物自体が世界遺産である。
16世紀前半、マヌエル様式(ポルトガル独自の後期ゴシック様式)で建てられた、船の出入りを監視する要塞である。マヌエル様式では、ロープなど船で使われる物がモチーフに。 -
塔の高さは、35m。
中国人観光客も多く見かけた。込んでいる時、絶対譲らず、相手より先に行こうとする所に、お国柄が出ている。 -
駐車場から修道院まで歩くと、片道20分。それでも、線路の向こう側に、車をとめなおす気になれなかった。出庫しても、あちら側に駐車スペースがある保証のない、日曜だった。
歩く途中、発見のモニュメントを遠目で見た。 -
信号も横断歩道もなかった。発見のモニュメント前に、地下道に降りる階段があり、そこから通りを渡った。
ジェロニモス修道院は、カメラに入りきらない程、長い建物だった。300m以上あるらしい。 -
修道院の着工は、1502年。修道院のこの部分は、展示室(博物館)になっていて、日曜のためか、出入り自由だった。
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ご覧下さい、咲き誇るアロエを。アフリカ原産で、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓(アフリカの喜望峰を通った)を記念して建築された修道院には、相応しいのかもしれない。アフリカつながりということで。
そういえばポルトガルでは、ヤツデ(Fatsia japonica)や斑入りのアオキ(Aucuba japonica)も、普通に見かけた。学名にjaponicaがつくような日本固有種を欧州で見ると、不思議な気持ちがする。 -
修道院に着いたのは、正午。こちらは、修道院のサンタ・マリア教会。ミサ中で入場できなかったので、先に回廊へ行くことに。ミサは、午前中に始まり正午には終わるだろうという読みは、はずれた。そういえば、ポルトガルでは夕食も遅いけど、昼食も遅いのだった。
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55m四方の回廊。
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細かい彫刻。回廊の1階はフランス人、2階はスペイン人が造った。2階の装飾が、すっきりしていて気に入った。
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回廊は、石灰岩で造られている。
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サンタ・マリア教会、西門のタンパン彫刻。左から、受胎告知、キリスト誕生、東方三賢者の訪問。クリスマス飾りを思い出す。
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やっとミサが終わり、西門から中に入れた。入ってすぐ、門を背にして左手が、ヴァスコ・ダ・ガマの石棺。棺に肘を置いて記念撮影する輩もあり、日曜は冬でも大混雑。すいている時を狙うなら、ちゃんと入場料を払って、平日かな。
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祭壇。キリスト受難の絵が描かれているようだった。
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サンタ・マリア教会の南門。
有名な菓子屋では、テイクアウトで求める人の行列や、警備員、奥のテーブル席が満席なことを確認して、買わずに出た。スリに遭わないよう気を遣いながら行列に並ぶのは、ストレスになるから。
修道院から地下道に戻る途中、公園に沿って、日曜市がたっていた。それを冷やかしながら、歩いた。クリニャンクール(パリ)に比べれば、がらくた市かも。というか、私がポルトガル産の磁器を余り好きでない…公園側は地下道入口ギリギリまで、車がとめられていた。本当に、ポルトガルのダブル駐車(縦列駐車がぎっしりだと、その外に2列目のようにとめてしまう)などは、新御堂筋そっくり。駐車場を出庫する時、入庫の時の黒人の若者と目で挨拶した。
乗馬の予約は16時。ケルースとベレンを掛け持ちした割りには、早く帰れて、余裕で騎乗に臨めた。人込み嫌いなのが、かえって良かったのかもしれない。 -
翌日(月曜)からは、朝一番の9時から乗馬することにした。観光の後、乗馬だと、観光中、気が急くから。
Centro Hipicoからロカ岬へは、N9−1を北上する。海を見ながら、片道一車線の道をドライブ。ふと気づくと、後続車がピタリとくっついている。速度を緩めると、思った通り、追い越してくれた。
ポルトガル人の運転は、「いらち」の大阪人と似ている。別に急いでいなくても、他人のペースに合わせるのを嫌い、追い越しをかける。待つのが嫌いなのだ。
そういえば、カスカイスのJumboは週末、大変込んでいた。レジでモタモタしていた客に、とうとう次の客であるおじさんが、キレた。モタモタしてたおば様は、je ponse…と応えた。フランス人だったから、クレジットカードの操作が分からなかったのだ。私だって、レジで客が自分でマシンに差し込み操作するから、初めは驚いた。フランス人を見かけるカスカイスは、国際リゾートだと思った。
そうこうするうち、ロカ岬に着いた。 -
石碑(上の写真)の裏側。Onde a terra acaba e o mar começaという有名な言葉が刻まれている。でも日本人は、ロカ岬を過大評価してないか…いくら、ユーラシア大陸最西端だといっても。
私は、ジブラルタル(スペイン)の方が、感動したかも。アフリカ大陸が見えているので、あれがアフリカか、と。英領なので、英語で「Last Shop in Europe」という看板があった。石碑の言葉と比べて、全然詩的じゃないけど。 -
でも、風光明媚だし…
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自生するsea-gorse(海洋性・針エニシダ)の花も見られたし、行って良かった。
ポルトガルの面積は、日本の約4分の1。開拓しつくされ、一体どれが自生種?という感じ。外国から様々な植物を持ち込むのが良しとされる、国民性もある。舶来好きは、日本とちょっと似ている。
ポルトガルでは実用的な木しか植えないと、司馬遼太郎が書いている。紙の原料となるユーカリなど。ポルトの北では、高速沿いに野生化したミモザ(豪州原産)が沢山咲いていた。ミモザは何に使うのだろう。香水の原料かな。 -
断崖絶壁には、魅かれる。
ロカ岬のinfoには、カウンターのある出入り口から奥に進むと、ソファセットが置かれたサロン風の一角がある。観光案内所としては、不思議な空間だった。
infoで、カプーシュ修道院を訪ねることを勧められた。シントラへ行く途中にあるなら、行ってみようと思った。 -
カプーシュまでは、山好きには魅力的な林道をドライブ。行き会う車もなく、時折、ユーカリを切り出す作業中の人達を見かけた。
カプーシュの切符売り場では、窓口のお兄さんが煙草を手に座っていた。あまり、仕事熱心ではなさそう。券種説明の掲示をしばらく読み、4 parks ticketにした。お兄さんは、有効期限の説明をしなかった。
切符売り場から、建物は何も見えなかった。「ここから修道院までは、遠いのですか?」「いや、歩いて2分位。」とお兄さん。
広い敷地の進入路を歩くと、紫陽花のように房で咲く、白い花をつけた木が植えられていた。常緑・低木(若木なだけかも)。名前をご存知の方、ご一報を。 -
日本を発つ時、名前さえ知らなかった修道院は、廃墟だった。エヴォラで見たような、ポウサーダになっているかもしれないような、現在も使われている建物を想像していた。
こちらが、フランシスコ会所縁の3つ目の建物。1560年、修道士によって建てられた、修道院。テーマパークに迷い込んだような雰囲気があった。 -
修道院の敷地内で、最も高い所には、展望所が設けられていた。左の木の上、白波が見える。海を見晴らす、絶景。山の中の小さな独房に住み、質素な隠遁生活を送った修道士達は、この景色をどんな気持ちで見たのだろう。
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修道院の売店に立ち寄ると、客は他に誰もいなかった。「感動したわ。これからペナ宮に行くの」と言うと、売店のお姉さんが、「それなら、是非お庭を回ってね。湖が5つあるから、そこを通って。」と教えてくれた。
カプーシュからペナ宮までは、一本道。湖の見える門の向かいに、無料駐車場があったので、そこにとめて、正門まで歩いた。正門から宮殿までは、歩いて8分。歩くのは、大好き。 -
宮殿は、噂通り、けったいな外観だった。でも、贅を尽くした造りであることは、分かる。
標高529m、フェルナンド2世(ドイツ人、ポルトガル女王マリア2世の夫、英国ヴィクトリア女王と夫アルバート公二人共の従兄)が元修道院を宮殿として改装し、1850年に完成。 -
この門のタイル、とても素敵。
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よく見ると、上が植物で、下が兵士。兵士のタイルは、宮殿の他の部分の外壁にも使われていた。
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二つ目の門。
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こちらの門に咲いていたのは、極楽鳥花(南アフリカ原産)。熱帯植物が地植えされているポルトガルは、やっぱり南国。伊豆でも、地植えしてるけど…
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宮殿外壁のタイル模様。
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ハリポタの世界?いえ、海の神トリトン(ポセイドンの息子)。人間の上半身と魚の尾を持つ人魚…には、見えない。足が2本あるもの。
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同じタイルが、ここにも。
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宮殿内を見終わり、バルコニーに居ると、先程、行き会った一人旅の東洋人男性が、こちらに歩いてきた。咄嗟に回れ右して、立ち去ってしまった私。年齢と共に、逃げ足だけは速くなる…
そして、お待ちかね、ペナ公園の散策。他に誰も歩いていないので、庭園を独り占め。パンフレットの地図を頼りに、Queen's Throneに行くと、そこからの眺望は、ご覧の通り。いつまでも、そこに居たかった。
湖まで歩くと、降り出した雨が土砂降りに。走って駐車場に戻り、エストリルの宿に帰った。 -
ホテルのフロントで、この4 parks ticketは、明日も使えるだろうかと尋ねた。無理だろうと言われた。でも、当日限り有効なら、カプーシュやペナで入場時、係員がチケット裏面に日付を書き込んだ意味は?
翌日(火曜)、朝9時の乗馬後、シントラを再訪。ムーア城跡の窓口でチケットを提示すると、果たしてOKだった。帰国後、公式サイトが見つかり、そこにも2日間有効と明記されていた。
午前中に訪ねたムーア城跡(7〜8世紀に造られた城の廃墟)からの眺望は、最高だった。ムーア人は、北アフリカから来て、この頃、イベリア半島を征服した。
ベレンの駐車場にいた「自称」案内係の黒人も、北アフリカからの移民だろうか。 -
城跡を歩いていると、日本語が聞こえた。ライプツィヒから来た家族連れで、夫がドイツ人、妻が日本人で、二人の子供がいた。リスボンに泊まり、日帰りでシントラに来たという。ペナ公園の散策を薦めた。
私だって、子連れファミリーなら、逃げない…
王宮も、この通り、くっきり見えた。庭が、おもちゃの箱庭のよう。 -
ムーア城跡から見たペナ宮。ペナ公園から眺めるのと、向きが逆。
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ムーア城跡から、王宮へ。途中、一方通行もあったようで、逆方向に運転しなくて良かった。
こちらが王宮こと、シントラ宮殿(Palácio Nacional de Sintra)。 -
王宮から、今来たムーア城跡を見上げる(山の上)。
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王宮のチケット売り場は、売店の奥にある、不思議なつくり。先に売店で買物してから、チケットを買って欲しいのか…その戦略に乗って、日本語パンフレットを購入。
こちらは、王宮内からガラス越しに撮った、王子の庭。ムーア城跡からも、見えていた。 -
紋章の間の木製天井。1515-1518年築。
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礼拝堂。
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壁の鳩は、15世紀のフレスコ画。一羽、一羽、動きが異なる。
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広間。
私は、ケルース宮殿の方が、王宮より気に入ったかな。
さて王宮は、4 parks ticketに含まれていない。後ひとつ、チケットで回れる所がある。 -
車のエンジンをかけ、王宮から10分程走った。
4 parks ticketで、カプーシュ、ペナ、ムーアと回り、最後に訪ねたのが、モンセラーテ(Monserrate)。
1856年、この地を入手して別荘を建てたのは、Cookという英国人で、織物貿易で財をなした。 -
修復中の建物は、今年4月公開予定(1F部分)とのこと。英語堪能な係員が、建物の入口で、丁寧な説明をしてくれた。alabaster(雪花石膏:純白の天然石)をインドから運ばせ、ムガール様式のcarved screen に仕上げたもの等は、修復中も見られる。
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庭は、亜熱帯植物から日本の椿まで、世界中から取り寄せた植物の見本市。回遊式庭園で、滝や小川も造ってある。
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Fake ruined chapel.つまり、オブジェとして、ロマンチックな廃墟を造った。
モンセラーテ庭園も、あまり人が歩いてなくて、ゆっくり楽しめた。 -
さて、Colares経由でEN247に戻り、Malveira da Serraから海側の道へ入り、ギンショへ向かった時、私を追い越したスクータがUターン。顔を見られた。ギンショの公共駐車場にとめると、スクータの男も降りた。サーフィンができる大西洋岸で、風が強く波も高く、駐車場では車内で過ごす人々もいた。暫く車内にいてから、少し歩いた。スクータの男が、ヘルメットを取ると、どの人なのか、分からなかった。
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ギンショを出ると、もうスクータは、ついて来なかった。次に回った、Cabo Raso(=Cape Flat,平らな岬)も気に入った。
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Cabo Rasoには、避寒地のリゾートムードがある。この雰囲気が味わいたくて、エストリルに4泊したのだった。
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次に行ったBoca do Inferno(地獄の口)には、観光バスもとまっていた。
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地獄の口からは、Cabo Rasoの灯台も見えた。
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エストリルも4泊目、最後の晩である。まだ、タマリス海岸を見てないので、宿に車を置き、初めてエストリルを歩いた。線路まで来て、どうやって海側へ渡るのかと、駅のホームを眺めた。すると、ガソリンスタンドのおじさんが、何か言った。向こうへとジェスチャーで示すと、彼もジェスチャーで駅へ行けと示した。駅を抜けて、海辺に出られた。
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夕暮れ時のタマリス海岸は、犬の散歩の人などで賑わっていた。
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翌日(水曜)は、朝9時に乗馬、宿の部屋に帰って着替え、チェックアウト、前日(火曜)定休日で行けなかったPastelaria Garrettに行った。雨が降っていたけれど「駐車が面倒だから、歩く」と言うと、ホテルフロントのおじさんは納得した。彼は、私がホテル前のホテル専用ロットに縦列駐車するのに、苦労したのを知っていた。
簡単な昼食を済ませると、リスボンに向かった。
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