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次はフマユン廟(フマユーン廟が正しいのかな)に行きます。ここは、ムガール帝国第2代皇帝フマユンの墓で、やはり世界遺産に指定されています。フマユンは心優しい皇帝でしたが政治や軍事の才能に欠けていて、何一つ偉業を残せないまま、ある日突然階段から落ちて死んでしまいました。それを嘆いた奥さんのハージ・ベグムがこの立派な墓を建てたところ、フマユンは歴史に名を残すことになりました。後に真似して建てられたタージ・マハルより地味ですが、十分美しいです。フマユン廟は、ずっと後にムガール帝国最後の地ともなりました。セポイの反乱に味方した皇帝バハードゥル・シャー 2世はここに隠れましたが、イギリスに見つかり追放されて、ムガール帝国は滅び、大英帝国による完全なインド支配が始まりました。ところでムガール帝国は、1526年から1858年まで南部を除くインド全体を支配したイスラム王朝です。アフガニスタンからやってきたバーブルが建国しました。バーブルはモンゴル帝国の血統をもちます。ムガールとは、モンゴルという意味です。今回の旅行で訪れたインドの世界遺産は、このムガール帝国に関係するものが多いです。フマユン廟には10時過ぎに到着。このような綺麗な庭を抜けていくと、

2009年9月インド(3) フマユン廟

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2009/09/19 - 2009/09/23

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mas98765

mas98765さん

次はフマユン廟(フマユーン廟が正しいのかな)に行きます。ここは、ムガール帝国第2代皇帝フマユンの墓で、やはり世界遺産に指定されています。フマユンは心優しい皇帝でしたが政治や軍事の才能に欠けていて、何一つ偉業を残せないまま、ある日突然階段から落ちて死んでしまいました。それを嘆いた奥さんのハージ・ベグムがこの立派な墓を建てたところ、フマユンは歴史に名を残すことになりました。後に真似して建てられたタージ・マハルより地味ですが、十分美しいです。フマユン廟は、ずっと後にムガール帝国最後の地ともなりました。セポイの反乱に味方した皇帝バハードゥル・シャー 2世はここに隠れましたが、イギリスに見つかり追放されて、ムガール帝国は滅び、大英帝国による完全なインド支配が始まりました。ところでムガール帝国は、1526年から1858年まで南部を除くインド全体を支配したイスラム王朝です。アフガニスタンからやってきたバーブルが建国しました。バーブルはモンゴル帝国の血統をもちます。ムガールとは、モンゴルという意味です。今回の旅行で訪れたインドの世界遺産は、このムガール帝国に関係するものが多いです。フマユン廟には10時過ぎに到着。このような綺麗な庭を抜けていくと、

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  • チケット売場があって、ガイドさんがまとめてチケットを買います。その後、左側の入口から入ります。

    チケット売場があって、ガイドさんがまとめてチケットを買います。その後、左側の入口から入ります。

  • フマユン廟は、田の字型の整った庭園の中心にあります。西門をくぐると、正面にフマユン廟が見えてきます。

    フマユン廟は、田の字型の整った庭園の中心にあります。西門をくぐると、正面にフマユン廟が見えてきます。

  • 対称的なフマユン廟が見渡せます。せっかく対称的になっているのだから、中央に立って対称的に写真を撮らなければいけません。この写真は、あまりよくありませんね。正面に向かってまっすぐ歩いていくと、

    対称的なフマユン廟が見渡せます。せっかく対称的になっているのだから、中央に立って対称的に写真を撮らなければいけません。この写真は、あまりよくありませんね。正面に向かってまっすぐ歩いていくと、

  • 正方形の池があって、四方に水路がのびています。

    正方形の池があって、四方に水路がのびています。

  • 右前方を眺めます。庭は水路により田の字形に仕切られ、それぞれが更に小さい正方形に分かれています。幾何学的で美しいです。これは、四分庭園(チャハルバーグ)というらしいです。砂漠地方で生まれたイスラム教が地上の楽園を表現したものだそうです。

    右前方を眺めます。庭は水路により田の字形に仕切られ、それぞれが更に小さい正方形に分かれています。幾何学的で美しいです。これは、四分庭園(チャハルバーグ)というらしいです。砂漠地方で生まれたイスラム教が地上の楽園を表現したものだそうです。

  • 一辺90mの四角い基壇の上に廟の建物があります。廟は、中央の墓室を4つの墓室が取り巻いた形になっています。幾何学的で対称なつくりになっています。建物はどの面を見ても同じで、中央の大きなアーチの両側に小さなアーチがあります。中央の階段をのぼっていくと、

    一辺90mの四角い基壇の上に廟の建物があります。廟は、中央の墓室を4つの墓室が取り巻いた形になっています。幾何学的で対称なつくりになっています。建物はどの面を見ても同じで、中央の大きなアーチの両側に小さなアーチがあります。中央の階段をのぼっていくと、

  • 中央のアーチ(イーワンというらしいです)があります。この上にドームがあるはずですが、ここからはよく見えません。上の両側にダビデの星(ユダヤのシンボル)があるところが面白いですね。これは、ムガール帝国がイスラム以外の宗教文化を取り入れた結果かもしれません。アーチ正面の様子は記念写真に写っているのですが、ここでは公開しません。

    中央のアーチ(イーワンというらしいです)があります。この上にドームがあるはずですが、ここからはよく見えません。上の両側にダビデの星(ユダヤのシンボル)があるところが面白いですね。これは、ムガール帝国がイスラム以外の宗教文化を取り入れた結果かもしれません。アーチ正面の様子は記念写真に写っているのですが、ここでは公開しません。

  • 中央の墓室には、フマユン帝の石棺があります。でも、実際の遺体はこの下に安置されているそうです。他の墓室にもいくつか他の人の石棺があるようです。

    中央の墓室には、フマユン帝の石棺があります。でも、実際の遺体はこの下に安置されているそうです。他の墓室にもいくつか他の人の石棺があるようです。

  • 墓室の窓は、幾何学模様の網目で出来ていて、外がよく見えます。

    墓室の窓は、幾何学模様の網目で出来ていて、外がよく見えます。

  • 墓室手前の部屋の天井には綺麗な模様が残っています。中央の墓室の天井は模様が取れてしまっているのか、全然美しくありませんでした。

    墓室手前の部屋の天井には綺麗な模様が残っています。中央の墓室の天井は模様が取れてしまっているのか、全然美しくありませんでした。

  • 中央墓室をとりまいている墓室の1つを斜めから見てみると、このように角がとれた四角形の形をしています。

    中央墓室をとりまいている墓室の1つを斜めから見てみると、このように角がとれた四角形の形をしています。

  • 廟の右手に歩いていきます。これは右手(南側)からみたフマユン廟です。西側から見たのと同じ形ですが、上にのぼる中央の階段はありません。

    廟の右手に歩いていきます。これは右手(南側)からみたフマユン廟です。西側から見たのと同じ形ですが、上にのぼる中央の階段はありません。

  • 右手奥(南東の角)には、このような建物があります。これはナイカグンバードといって、フマユン帝の理髪師の墓だそうです。よほどお気に入りの理髪師だったのでしょう、立派な墓です。右の向こうの方にも建物が見えていますが、これは、ニラグンバードという建物で、後の時代に建てられたものだそうです。

    右手奥(南東の角)には、このような建物があります。これはナイカグンバードといって、フマユン帝の理髪師の墓だそうです。よほどお気に入りの理髪師だったのでしょう、立派な墓です。右の向こうの方にも建物が見えていますが、これは、ニラグンバードという建物で、後の時代に建てられたものだそうです。

  • 西門を出て戻ります。西門の写真がなくて記憶が確かでないのですが、西門の外側にもう1つ門があって(来たときも当然通りました)、これがその上側の写真だったかと思います。もしかしたらこちらを西門というのかも知れませんが、よく知らないので、他の人の旅行記を参考にしてください。この門をくぐってしばらく歩くと、

    西門を出て戻ります。西門の写真がなくて記憶が確かでないのですが、西門の外側にもう1つ門があって(来たときも当然通りました)、これがその上側の写真だったかと思います。もしかしたらこちらを西門というのかも知れませんが、よく知らないので、他の人の旅行記を参考にしてください。この門をくぐってしばらく歩くと、

  • 左側にこのような建物があります(フマユン廟に来て最初に行くなら右側です)。イサカーン廟といいます。確か、フマユン廟より前にここにあったものだとガイドさんが説明していました。

    左側にこのような建物があります(フマユン廟に来て最初に行くなら右側です)。イサカーン廟といいます。確か、フマユン廟より前にここにあったものだとガイドさんが説明していました。

  • 廟の中にはイサカーンの石棺があります。

    廟の中にはイサカーンの石棺があります。

  • 次は、ラージガートに行きます。11時30分頃到着。ヤムナー川沿いにある、マハトマ・ガンジーが火葬された場所です。火葬の後、遺灰はヒンドゥー教の教えに従って川に流されてしまったため、この場所には何も残っていないのですが、今でも一種の聖地として、たくさんのインド人が訪れています。ラージガート内は土足禁止なので、靴を預けて中に入ります。靴を預ける場所の写真も撮ったのですが、ツアーのみなさんの顔が写っているのでここでは公開しません。

    次は、ラージガートに行きます。11時30分頃到着。ヤムナー川沿いにある、マハトマ・ガンジーが火葬された場所です。火葬の後、遺灰はヒンドゥー教の教えに従って川に流されてしまったため、この場所には何も残っていないのですが、今でも一種の聖地として、たくさんのインド人が訪れています。ラージガート内は土足禁止なので、靴を預けて中に入ります。靴を預ける場所の写真も撮ったのですが、ツアーのみなさんの顔が写っているのでここでは公開しません。

  • マハトマ・ガンジーはインド独立の父です。マハトマとは偉大という意味で、人々がそのように呼びました。非暴力、不服従主義によりインドの独立を勝ち取った人です。ヒンドゥー教徒だけでなくイスラム教徒にも理解を示しました。独立したいイスラム教徒がパキスタンとして独立したのも、残りたいイスラム教徒がインドに残った(インドは世界で2番目にイスラム教徒が多いのです)のもガンジーのおかげです。しかし、このことがヒンドゥー原理主義者の反感を買い、1948年1月30日に銃で暗殺されてしまいました。この場所には、このような立派な石でできた墓のようなものがあります。墓ではないのですが、人々がお参りしています。

    マハトマ・ガンジーはインド独立の父です。マハトマとは偉大という意味で、人々がそのように呼びました。非暴力、不服従主義によりインドの独立を勝ち取った人です。ヒンドゥー教徒だけでなくイスラム教徒にも理解を示しました。独立したいイスラム教徒がパキスタンとして独立したのも、残りたいイスラム教徒がインドに残った(インドは世界で2番目にイスラム教徒が多いのです)のもガンジーのおかげです。しかし、このことがヒンドゥー原理主義者の反感を買い、1948年1月30日に銃で暗殺されてしまいました。この場所には、このような立派な石でできた墓のようなものがあります。墓ではないのですが、人々がお参りしています。

  • インド門に行きます。15時頃到着(確かこの前にに昼食を食べたのですが、当時はブログにも食事にも興味がなかったので、写真を撮りませんでした)。インド門は、第1次世界大戦で戦死したインド兵士の慰霊碑です。インドは戦後の独立を条件にイギリスに協力して戦ったのですが、騙されて独立させてもらえませんでした。

    インド門に行きます。15時頃到着(確かこの前にに昼食を食べたのですが、当時はブログにも食事にも興味がなかったので、写真を撮りませんでした)。インド門は、第1次世界大戦で戦死したインド兵士の慰霊碑です。インドは戦後の独立を条件にイギリスに協力して戦ったのですが、騙されて独立させてもらえませんでした。

  • とても分かりづらいのですが、正面遠方に大統領官邸のドームが見えています。これまたまるで分からないのですが、門の表面には戦没者1万3500人の名前が刻まれています。とにかくここは寄っただけです。ガイドさんが一方的な説明をして出発です。記念写真を撮っていたらいなくなっていました。

    とても分かりづらいのですが、正面遠方に大統領官邸のドームが見えています。これまたまるで分からないのですが、門の表面には戦没者1万3500人の名前が刻まれています。とにかくここは寄っただけです。ガイドさんが一方的な説明をして出発です。記念写真を撮っていたらいなくなっていました。

  • 紅茶屋に寄って、アグラに向かいます(紅茶屋はインド門の前だったかも)。高速道路を突っ走ります。当時はブログに興味がなかったので、残念ながら全く写真がありませんが、インドの高速道路は面白かったです。途中1箇所休憩して、夜になってアグラに到着。ガンガラタンというホテルに泊まりました。部屋の鍵が壊れていたので部屋を変えてもらったら風呂のない部屋に案内されたので、文句を言ってまた部屋を変えてもらいました。同じツアーの人も、お湯が出なかったなどと言っていました。もしツアーでこのホテルが指定されていたら、安さ重視の人を除いてホテルのアップグレードをお勧めします。

    紅茶屋に寄って、アグラに向かいます(紅茶屋はインド門の前だったかも)。高速道路を突っ走ります。当時はブログに興味がなかったので、残念ながら全く写真がありませんが、インドの高速道路は面白かったです。途中1箇所休憩して、夜になってアグラに到着。ガンガラタンというホテルに泊まりました。部屋の鍵が壊れていたので部屋を変えてもらったら風呂のない部屋に案内されたので、文句を言ってまた部屋を変えてもらいました。同じツアーの人も、お湯が出なかったなどと言っていました。もしツアーでこのホテルが指定されていたら、安さ重視の人を除いてホテルのアップグレードをお勧めします。

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