2009/12/28 - 2010/01/05
712位(同エリア842件中)
ちゃおさん
今日はこれから長い一日になる。朝食を食べてから直ぐの7時40分、最初の観光地ハイデルベルグ城を訪問し、約2時間を観光に費やし、その後、170キロ先にあるローテンブルグまで古城街道を走り、ローテンブルグで又2時間を費やした後、今晩の宿泊地フッセンまで約260キロを走破するのだ。
漸く明るみかけてきたホテルを後にして、お城に向う狭い坂道をバスは登る。この城門に通じる曲がりくねった狭い道路も何百年と変わらないたたずまいなのだろう。敷石の赤いレンガも磨り減っているように見える。冬場、こんなのが凍りついたらかなりの急坂、バスや車などとても坂を上れないだろうが、市とか付近住民が路面凍結しない工夫をしているのだろう。
今朝一番での到着。まだ殆ど観光客のいない城門を入る。何かゲーテ門言うらしい。昔ゲーテがこの町に招聘され、学問、芸術を教え、且つ、爆弾も製造したという。今でもその爆薬庫が城門の傍に残っていた。
全てが石作りで地面と言うものがない。日本のお城とは大違いだ。ゲーテではないが、ゲーテボルグで見た城もこんな感じだった。これが西洋流というものだろう。さあ、これから城の中の見学だ。
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出発前のレオナルドホテル。まだ明かりのついている部屋もあった。
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ホテルの前にある専門学校の時計はまだ7時過ぎを指していた。
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ハイデルベルグは教育の町。街のあちこちにこの様な専門学校の校舎が建っている。
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ハイデルベルグ城正門の門番。今は兵隊ではなく民間人。
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正門の上に立つ時計塔。時計、時間を好むのはドイツ人らしい。日本人も似たところがある。
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日本語ではカタカナで「ゲーテ」と書くが、英語のスペルは分りますか?ドイツ語ではここにあるように「Goethe」と書くようです。
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ゲーテが当時ここで製造したとされる弾薬庫跡。
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お城の正面ゲートに掘られていたこの街の象徴、鷹のオーナメントはナポレオン戦争時、占領したナポレオン軍により取り剥され、現在も所在不明とのことである。
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城内もようやく観光客が増えてきた。
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正面ゲートを入った直ぐの広場に飾られているクリスマス飾り。
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