1989/07/24 - 1989/08/19
12位(同エリア156件中)
がおちんさん
昆明よりも遥かにのどかな西双版納。
ここへ行ったが最後、あまりにも魅力的で去りがたくなってしまいました。
結局、人民元が尽きて昆明に帰ることになりましたが、西双版納で過ごした約一ヶ月は、その後の人生まで変えてしまうほどの大きな影響を与えました。
まずはシップソーンパンナーの都、ユインジンホン(景洪)から、版納の旅が始まりました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 自転車
-
1989年7月24日(月)
朝、茶花賓館の服務員が作ってくれたお粥を食べてから(なんて親切!)、昆明を出発した。
思茅まではソ連製アントノフで飛ぶ。
機体のボロさよりも驚いたのが人民の行動。ゲートが開いた途端、まるで列車の硬座を目指すがごとく飛行機に向かって走り始めたのだ。飛行機なんだから座席は確保されてるだろうに。
中国人で飛行機に乗れるんだから、それなりの身分か金持ちのはずだが、本能的に走ってしまったんだろう。
タラップの前で係員に制止され、並ばされていた。
そりゃそうだ。 -
プロペラ機らしく、ゆっくりゆっくり上昇していく。
有視界飛行なので、思茅に到着するまで、下界の眺めが楽しめるのだ。
エアーチケットは混んでて取りにくいそうなので、今回はラッキーだった。 -
昆明湖(滇池)が見える。
のどかだな〜♪
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グーグルマップで調べたら、大漁郷の付近だと判明した。現在はビニールハウスらしきものが一面にビッシリ建っている。
やっぱり20年も経つと変わるものだ。 -
1時間弱の飛行で思茅に到着。
思茅は暑い。
ここからはバスに乗り換えて景洪へ向かう。
思茅のバス駅はガラガラで、すぐに切符が買えた。
景洪まで6.2元と安いが、ボロバス(雲南号)で山道を延々走り、景洪に着いた時はもう夜。思茅から5時間半以上かかった。
景洪の街は真っ暗だ。懐中電灯を照らしながら歩くこと15分。版納賓館へ着いた時は無性にホッとした。 -
1989年7月25日(火)
版納賓館は、シップソーンパンナーの王宮跡に建てられているので敷地が広く、ゆったりした雰囲気だ。すぐ裏にはメコン河が流れている。
ホテルは本館の他に竹楼もある。ドミトリーは6元(FEC)で、離れの建物。古い木造2階建てで、味わいのある部屋だ。ベッドには蚊帳がついている。
景洪はとても暑く、昼頃になると誰も外を歩いていない。皆、家に帰って昼寝をするためだ。
版納賓館前の大通りもガラーンとしている。 -
景洪のシンボル、孔雀舞の像。
そして孔雀舞で有名な舞踏家、刀美蘭は景洪の出身。
ダイ族の娘さん達は、皆このポーズが上手だ。 -
版納賓館の正門から、右へ少し歩くと市場がある。
ここだけは朝から人で賑わっている。野菜や精肉から日用品まで何でも揃う。
一度、市場の前で牛市が行われていた時に、一頭の水牛が暴れだした。私は気づかずに前を通ろうとしたら、いきなり向かってきたのでビックリ。慌てて逃げた。牛の持ち主も制止する事が出来ず、結局最後は射殺されてしまった。
ちょっと可哀想だったなー。 -
器用な手さばきで牛をバラしていく女性。
包丁でガツンガツン切っていく。
とてもカッコイイのであった。 -
さらに奥へ。
この市場は相当に長いので、歩いていると地元の人の様子がたっぷり観察できる。
楽しい。 -
生きたアヒルと唐辛子が一緒に売られている。
別に変じゃないけど、日本では見かけない光景だ。 -
炊きたての糯米を売るダイ族の女性。
バナナの葉っぱに包んでくれる。
これが美味しくて、ハマッテしまった。
紫米と黄色の2種類ある。黄色は花を一晩漬け込んだ水で炊いてあり、独特の香りがする。
これと豚の燻製肉があれば、もう最高。 -
売り物以上に目が行ってしまうのが、ダイ族女性の美しさだ。
髪を結い、カラフルな民族服に銀のベルト(サハン)を巻いている。
コロコロと転がるような喋り方と笑顔。
漢族の勇猛な女性を見てから版納に来れば、誰だって傣族の女性に見とれてしまうに違いない。 -
版納賓館で自転車をレンタルする。
中国の自転車は見た目以上に大きくて重いので、取り回しが意外と大変。何台かあるが、どれもボロイ。
乗る前に調整してもらわないと、途中で壊れたり、ネジがはずれてしまうそうだ。
そりゃ困る。
しっかりメンテナンスを頼みますよ。 -
景洪にはタクシーや市内バスが無い。
どこに行くにも歩きが中心となるが、暑い中を遠くまで行くのは大変。そんな時レンタル自転車があると大助かりだ。
気の向くままに出発! -
おっ、ここにも孔雀舞の像を発見。
なかなかリアルで、見れば見るほど悩ましいのであった。 -
市街から少し走れば、もう農村風景が広がる。
ゆったりした雰囲気に包まれて、ダイ族の人が通り過ぎて行った。
なんて長閑なんだろう。 -
遠くに見える山まで、視界を遮るものが無い。
ずーっと田んぼが続いている。
この広さは心地良い。
「気持ち良いよー」と声に出したら、草を食べてた水牛が振り返った。 -
裸足で歩いてたダイ族の女の子。
カメラを向けたら、笑いながら走って行ってしまった。 -
小道をやって来た女性。
いやー、余りにカントリーすぎて、自転車が似合わない光景だ。 -
気持ち良さそうに泥浴びをしていた水牛。
どの牛も繋がれていないところが開放的。
でも、ちょっと怖いな。 -
渡し場があった。
細長いボートに自転車を乗せ、向こう岸に渡る人がいた。 -
この川は瀾滄江(メコン川)の支流で流沙河という。
メコンとは違い、緩やかで小さな川だ。
この場所が好きになり、以後何回も訪れる「お気に入りスポット」となった。 -
楽しいサイクリングを終えて、景洪市街へ戻る。
腹が減ったので米線屋に寄っていく。 -
米線はどこでも4〜5角で食べられる。
店によって味の差があるが、混んでいる所にハズレはない。
見た目は悪いが、ここの米線は結構いけた。 -
1989年7月26日(水)
今日は曼聴路の宿に移った。
景洪市街の外れにある曼聴路には、
ダイ族民家を使ったレストラン兼民宿が数件ある。
バス駅からは遠くて不便だが、ひなびた雰囲気はバックパッカーから人気があった。 -
曼聴路の宿は、どこも2元〜5元で泊まれる。そして目玉はダイ族料理だ。個人的にはアジアの中で最も美味しい料理のひとつだと思う。
ダイ味ゲストハウスで鶏肉料理を頼んだら、「鶏を絞めるの手伝って」と言われ、足を押さえる役をさせられる。
断末魔の鶏の力は強かった。
首を落としたあと、足を離すタイミングが悪くて顔や服に血が飛び散り、首を落としたダイ族姉さんに笑われる。
いや、笑ってる場合じゃないって。
シャワーを浴び、服を洗い終わった頃、さっきの鶏が料理となって出てきた。
「大切な命を奪って我々は生きている」という有り難さと、「注文した客にやらせるか?」という店への疑問を同時に感じた昼下がりであった。 -
この人が鶏を絞めたお姉さん。
血だらけになったのは参ったけど、
親切でおとなしい、魅力的な人だった。
漢族の女性とはえらい違いだ。 -
天秤をかついだ女性が通り過ぎていく。
曼聴路は近くに村があるせいか、田舎の雰囲気が漂っている。 -
路地を曲がると村がある。家畜が放し飼いされているので、犬には注意が必要だ。
また、同宿の日本人青年は水牛に飛ばされたという。
曼聴路を歩いていたら、前からやって来た水牛が突然走り出したそうだ。前を通り過ぎるだろうと思って隅に寄っていたら、3メートルぐら手前でこちらを向き、気がついたときは宙に浮いていたという。
顔や肘に怪我をしていたが、「飛ばされたから助かった」と言っていた。そりゃ、あの巨体に圧し掛かられたら大変なことになっていただろう。
村を歩く際は気をつけよう。 -
ダイ族の女の子を撮った。
はにかむ様子が可愛い。
漢族の子供は恥ずかしがらないので、
むしろ日本人に近い印象を感じる。 -
高床式の家から、こっちを見てた男の子。
へそが出てるけど、暑いから平気なんだろうな。 -
スコールが降るため、村の道はぐっちゃぐちゃ。
粘土質なので歩行も困難になる。
ここらで引き返そう。 -
村の人は歩くのが上手だ。
自転車でもリヤカーでもスイスイと往く。 -
曼聴路の寺では、小坊主たちが遊んでいた。
壁が竜の形をしていて面白い。 -
年上にからかわれて泣き出す子供。
「えーん、えーん」という泣きかたが、これまた日本の子供とそっくりだ。
頑張れよ、チビ! -
曼聴路の奥にある、曼聴公園に行ってみた。
案内の看板は漢語とダイ語で書かれている。中年以上のダイ族は古いダイ語を書くが、若者には読めないそうだ。
また、タイ人は何日か滞在すると話が出来るようになるそうである。
美味しいという意味のタイ語の「アロイ」はダイ族語では「リーロワイ」。鶏肉の「カイ」は「ガイーッ」など、発音もよく似ている。数の数え方なども同じだ。
方言みたいなものなんだろうな。 -
曼聴公園は広いけど、眺めは外とあまり変わらない。
草を食べている牛をよく見かけた。 -
公園内は草がぼうぼうなので、周りがよく見えない(笑)。
鶏の親子が道を横切った。 -
公園の見ものは、八角亭や仏塔のレプリカ(表紙の写真もそう)。
でも、やっぱり草を刈らないと見にくいよー。
スコールが降っては、カンカン照りの繰り返しだから、植物もあっというまに成長してしまうのだろう。 -
午後、スコールが降った後はちょっと涼しくなる。
地元の人を見ていると、暑い盛りには動かず、涼しくなった頃に活動しているようだ。
夕方になると景洪の街はにぎやかになるが、電力不足なのか夜は真っ暗で、人もあまり歩いていない。 -
1989年7月27日(木)
今日はガンランパ(モンハン)に向かう。
曼聴路からモンハン行きの船着場までは遠いので、6時半に起きて出発。途中、市場で紫米を買って行く。 -
1時間近く歩いて船着場へ到着。
船は8時の出港だ。1等席が3元、2等席は1.5元で、今回は1等席に乗る。
船で会ったイエメン人バックパッカーと少し話す。彼はガンランパからトンボ帰りで景洪に戻るそうだ。
西双版納に来た外国人旅行者が困るのが金の問題である。景洪のホテル以外はFECが使えず、また闇両替も無いので人民元が尽きてしまうと旅が出来なくなる。
昆明で闇両替をしていない旅行者は、西双版納に長居することができないのだ。
これって変な話だよな。 -
船は5分遅れで出港した。
瀾滄江の上は風が強く、今日は日が出ていないので寒く感じるほどだ。 -
茶色く濁った瀾滄江を進む船。
広い風景と共に、大河の貫禄を感じる。
さすがはメコン。 -
眺めに感激する私とは反対に、地元の男たちは大声で賭けトランプを始めた。
船の上なら安全なのだろう。すごい熱中ぶりだ。
賭博厳禁の国だからこそ、かえってやりたくなるのかもしれないなー。
ゆったりとした南国の気分は、男たちの叫び声にかき消された。ま、それもいいけど。
船はガンランパへと下っていく。
雲南の旅 1989 (3)モンハン〜橄攬バとバンブーおじさん に続く
http://4travel.jp/travelogue/10417848
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