1989/07/27 - 1989/07/28
27位(同エリア156件中)
がおちんさん
メコンのほとりにある橄攬壩(ガンランパ)に向かうべく、景洪から乗船しました。瀾滄江を下ること約1時間、西双版納の魅力が凝縮したようなガンランパへ初めての上陸です。
ここは景洪のさらに上を行く長閑な集落で、漢族がほとんどいないダイ族の村。盆地のため、とにかく暑いです。
バックパッカーに人気のあるバンブーハウス(竹楼旅社)のおじさんに出会えたことで、少数民族への興味と理解が深まることになりました。
雲南では盆地のことをバーズ(坝子)と呼びます。ガンランパは中国語の通称で、ダイ語の地名はモンハン(勐罕)です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 船
-
1989年7月27日(木)
景洪から船で約1時間でガンランパに到着。
漁をするダイ族の人たちが見える。 -
ガンランパに上陸する。
船着場には公安が3人立っていて、乗客を一人ずつチェックする。威張っていて嫌な感じだ。
通りまで上がっていくと、いかにも南国風の村が見えた。
こどもは裸足で歩いている。
元気だなー。 -
ガンランパはガラーンとしていて人が少ない。
ブタの親子も堂々と歩いている。 -
市場へ行ってみるが、今日はほとんど終わっていた。
牛や豚がウロウロ歩き回っているだけだ。
明日の朝に来てみよう。 -
市場を進むと階段になっていた。
すれ違うダイ族の女性がしなやかで美しく見える。
おそらく、怒鳴りまくる漢族の女性を見てきたので、
余計にそう感じるのだろう。 -
階段の横にはミーカン(米干)屋が並ぶ。
市場の仕事を終えたダイ族が食べていたので、私も寄っていくことにした。 -
ミーカンは一杯4角。
そのまま食べようとしたら、しょう油や塩をかけろと言う。調味料は自分で調整するようだ。
一口食べると、かなり辛い。
思わず顔をしかめると、周りのおばさんたちが笑い出した。
それでも美味いので、汁まで平らげる。
癖になりそうな味だ。 -
ミーカンを食べ終えても、ヒーヒーしながら歩き出す。
天秤をかついだダイ族のおばさんがお喋りしながら歩いて行った。
なんか絵になるなー。 -
市場の階段を上って突き当たりが、ガンランパのメインストリートだ。
歩いている人が少ないし、ここの雰囲気は中国とは思えない。
写真を撮っていると、ブーブー鳴きながら豚が近寄って来た。
のどかだ。 -
オープンな床屋さん。
青空営業ではない。
ちゃんと屋根もついている。 -
バックパッカーに人気の宿、バンブーハウスに到着。
高床式の家屋と、ダイ族の主人が有名だ。
さあ、どんな所かなー?
階段を上がってみる。
なんか二階から賑やかな声が聴こえて来るぞ。 -
「ガッハッハー」と笑って出迎えてくれたのは、バンブーハウスの主人、岩光(アイゴン)さん。村の村長でもある。
地元の男性とテーブルを囲んで会合中らしく、すでに一杯飲んで出来上がっているようだった。
私を坐らせ、「ニッポンジン、オサケ、オサケ」と白酒をついでくれた。一口飲んだら火が出そうなほどキツイ。やがて他の宿泊客も呼ばれて飲まされることになった。
しきりに「飲め!飲め!」と勧められる。(やや強制)
おじさんは酔った勢いで踊り始めた。他の人も踊りだす。なんていう宿だ。
楽しい!
宿は一泊4元。
写真は、アーンと食べるポーズをとるバンブーおじさん。隣のフィンランド人が困惑顔。 -
バンブーおじさんは、元新聞記者でインテリだ。
いかに外国人客をもてなすかを考え、ダイ族スタイルの宿を経営していた。(寝具までダイ族風)
冷ました茶を居間に用意してくれ、外から帰ってきた旅行者にいつも勧めてくれた。暑いガンランパでは、おじさんのいれてくれた「ぬるい茶」が美味しい。
ダイ族の家庭料理を旅行者に提供する、スペシャルディナーも人気がある。(予約制)
日本人に通じる律儀さから、おじさんのファンになる日本人旅行者も多かった。農作業を手伝うバックパッカーもいたそうだ。
少数民族の村や祭りなどにも詳しく、私もいろいろ教わったお陰で西双版納の滞在がより楽しくなった。以後、版納に行った時は必ずおじさんの所を訪ねることになる。
家では家畜のほかにミツバチも飼っていて、蜂蜜を搾るときは味見をさせてくれた。(写真は1991年) -
日中は暑いので、バンブーハウスで過ごす。
ゲストハウスの居間は家族の居間でもあり、これから昼寝をするところであった。
本当にアットホームな宿だ。 -
私もたっぷり昼寝をしてから散歩へ出る。
3時間は寝た。 -
ガンランパでは人と同じようにブタも行き交う。
誰も気にしないので、動物も気兼ねなく歩いている。
都会から来ると不思議な光景だが、ここでは当たり前だ。 -
夕方になって、通りを歩く人が増えたようだ。
ブタや犬、鶏も活動する。
暗くなるにつれトッケイヤモリ(ごうかい)が鳴き出す。
大きな声でビックリする。
また版納では、小さいヤモリも鳴く。こちらは「キッキッキッ」と可愛い声だ。 -
ブタを連れて歩く青年。
木の棒で起用にコントロールしていた。
道草しようとすると棒が飛ぶ。
「ブキーッ」と鳴いて、また歩き出す。 -
野良帰りの水牛が自分の足で帰ってきた。
反対からは裸足のおばあさん。
どちらも気にせず通り過ぎて行く。 -
どこを歩いても、のんびりした雰囲気に変わりはない。
そうだ、メコンに行ってみよう。 -
夕暮れのメコン川。
水をくみに来た女性が、私の前を過ぎていく。
そして水浴びをする子供たちのハシャギ声。
夕暮れの中、目に映るすべてのものが輝いていた。
しばらくボーっとメコンを眺める。 -
バンブーおじさんの作るスペシャルディナーは2人以上から予約できる。
野菜と魚が中心のダイ族家庭料理だ。1人7.5元で、食後に果物も出してくれる。
何より心に響く演出が、写真にもある竹のスプーン。
このスプーンは記念にもらえるのだが、スプーンの裏側には英語で「friend」、漢字で「朋友」と彫ってあるのだ。
おじさんのもてなしの心が伝わるプレゼントである。 -
1989年7月28日(金)
バンブーハウスの朝は、「コワーッコワーッ」という奇声で始まる。何事かと思ったら、おじさんの妻が鶏にエサをやるときに発する声だった。奥さんはあまり喋らない人なので、朝の叫び声は普段とのギャップが大きくて驚かされる。
また昨夜2時ごろ、いきなり「公安」に起こされた。パスポートを出せという。2人の公安官が私の顔を懐中電灯で照らしやがった。
くっそー、何のチェックか知らないけど頭に来る。真夜中じゃないか。そして「失礼しました」の一言も無いまま出て行った。しょーもない国だ、中国は。この礼儀知らずめ!
この当時、西双版納で拘束される日本人旅行者は結構いて、その多くが未開放地区への侵入や国境付近で捕まるパターンだった。公安は乱暴で、手錠をかけられた人や留置場に入れられた人もいた。でもここは何の問題も無い場所だ。
後に、公安が暇つぶしで来る場合がほとんどだということを経験で知る。
えらい迷惑だ! -
バカな公安のせいで寝不足気味だが、気分を変えて朝の散歩に出た。
道路の両側に屋台が出始めている。
市場へも行ってみよう。 -
市場の端にはヒモや帽子、ボタンやコルクなどの日用品を売る人が並んでいる。
足踏みミシンで縫い物をしてくれる人もいた。
旅行者には用が無いなと思っていたが、のちにモンフンで買ったズボンの股が裂けてしまい、縫ってもらったことがあった。また、魔法瓶のフタに使うコルクを風呂場の栓代わりにして流してしまったため、あわてて購入したこともある。
つまり、現地で売られているものは、現地にいる限り必要となる場合が多いということだ。 -
ダイ族の物売りは声を出さない。
ただ坐って、客が来たら応対するだけ。 -
鶏をむんずと掴んで値切る客と、小さな声で話す売り子。
一方的に客が押しているのかと思いきや、結局買わずに去っていった。
小さな声でも値切りには応じないダイ族女性に、芯の強さを感じた。
ニコニコしてるからって、これは侮れないぞ。 -
買い物に来ていた、ハニ族の女性。
ハニ族は裸足の人が多い。
幅広の足がグリップの良さを語っている。
版納ではアイニ族と呼ばれている。 -
今朝もミーカン屋で食べることにする。
屋台はいくつも出ているが、今回はお姉さんの店に決定。
スープを入れる仕草もどこか悩ましい。
ダイ族の女性はどうして色っぽく見えるのだろう? -
ミーカンよりもお姉さんのほうに気を取られてしまい、
肝心の味の方は覚えていない。
しまった。 -
ダイ族女性の美しさの秘密を探ってみる。
まずはきれいに結った髪だ。
伸ばすと腰の辺りまで長いのだが、人前では必ずまとめている。長い髪を伸ばしたままにするのは礼儀違反だそうで、景洪の宿で注意された日本人女性もいた。
次に体のラインがわかる服と細い体形だ。ダイ族の女性で太っている人はあまり見かけない。いてもおばあさんだ。肥満体形ではダイ族の民族服は見苦しいだけである。ある太った日本人女性がダイ族の服装で景洪を歩いていたが、見ているこっちが恥ずかしかった。
そして仕草である。これが色っぽい。漢族は論外にしろ、日本人女性が真似てもワザとらしく見えそうなのだが、なぜかダイ族女性はいやらしくない。大声を出す人もおらず、高いトーンで静かに話す。
こんなところだろうか。 -
魚を買う婦人を見ていると、実にスマートなやり取りがわかった。
漢族のように大声出して値段をまけさせるやり方ではなく、ひたすら静かに交渉し、静かに選び、笑顔で値引きする。
うーん、素敵だ。
どうかいつまでも漢族化されずに、自らの文化と習慣を継承してほしい。 -
ガンランパを離れがたいが、モンフンに行きたいので出発することにする。
バンブーおじさんは、「また来いよ、ガッハッハ」と見送ってくれた。
今回の船は2等席にするが、トイレの前で臭いのでデッキへ出た。 -
デッキにはパイナップル売りがいて、乗客が品定めをしていた。洋服を着ているが、身のこなしからダイ族だと気がつく。
漢族のように殺気立っていないところがいい。
西双版納は人が優しい。 -
景洪へは川を上るため、2時間半もかかった。
上陸後、すぐにモンフンへのバスチケットを買いに行くが、景洪からはモンハイまでのバスしか出ていない。朝一番の便でモンハイへ行き、そこでモンフン行きの切符を買えと言われる。乗り継げなかったら、モンハイで一泊しなくてはならないそうだ。
とりあえず、明朝6時40分発のモンハイ行きの切符を買った。(2.6元)
明日の出発が早いので、今日は版納賓館に泊まる。
雲南の旅 1989 (4) モンフン〜少数民族が集る日曜市 へ続く
http://4travel.jp/travelogue/10419212
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この旅行記へのコメント (2)
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- モッピーさん 2016/03/11 22:33:19
- 懐かしい〜☆
- はじめまして。1995年芸大で民族衣装(?)の単位を取ってて昆明の民族学校に留学していた先生と出会ったことがきっかけで、当時19歳初の海外旅行女3人で西双版納やガンランパやダーリー行き少数民族に会いに行きました。ふと当時の「あのバンブーハウス」とかインターネットもなくよく辿り着いたなと思い出し「ガンランパ、バンブーハウス」で検索して辿り着いきました。
そうそう!と時期は少し違うと思いますが凄く懐かしくてあなたの雲南記事だいぶ読みました。道が悪く何度も故障する初の海外でビクビクしてましたがジンホンに着く頃には宿のヤモリもスルー。ガンランパまで行き、昆明に戻りダーリーにやっぱ行こうと同じルート、ダーリーの月曜市の豚の刺身(私はたべてませんが)も凄く嬉しくなりコメントしちゃいました〜
- がおちんさん からの返信 2016/03/12 11:55:27
- RE: 懐かしい〜☆
- もこちんさんもポンコツバスに揺られて雲南を旅したのですね。色々と不便を感じる時代でしたが、あの頃の雲南は素晴らしかったですね。
いつも笑顔で歓迎してくれたバンブーおじさん、とても懐かしいです。
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