1989/08/03 - 1989/08/05
17位(同エリア156件中)
がおちんさん
当時の西双版納では兌換券がほとんど流通しておらず、景洪には闇両替も無いため、多くのバックパッカーが人民元不足に困っていました。
私も手持ちの人民元が底をつき、泣く泣く昆明へ帰ることに。
ところが景洪のバス駅に向かう途中、市場で会ったドイツ人旅行者から人民元をわけていただきました。
なんたる幸運。思わぬ人民元の入手で、心は再びモンフンへ。
次の日曜市まで時間があるので、他の町にも行くことにしました。
まずは「曼飛龍白塔」で有名なダーモンロン(大勐龙)と「景真八角亭」のあるモンツォ(勐遮)に向かいます。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
1989年8月3日(木)
早朝、曼聴路の宿からバス駅まで歩いていく途中の市場でドイツ人旅行者に会う。彼女とはモンフンやガンランパで何度か話をしたことがあった。
人民元が足りないので昆明に帰ることになったと伝えると、彼女は「まだ西双版納にいたいの?」と聞いた。
「もちろんだよ」と私。
「それなら100元だけチェンジしてあげる」と彼女。すぐに昆明に帰るので、人民元に余裕があるというのだ。
助かった。礼を言って、思茅行きの切符をキャンセルし、ダーモンロン(大勐龍)行きのバスに乗った。バス代は3.5元。
ガタガタ道を走ること3時間、田舎臭いダーモンロンの町に到着した。 -
町のロータリーにあるモニュメント。
シンハ(獅子)の表情が可愛いので笑える。
元々こういうデザインなのか、あるいは文革後に修復したのかな? -
ダーモンロンは暑くてたまらない。
これでは曼飛龍の仏塔を見に行く気にはなれず、明朝に行くことにする。
旅社の屋根からは眺望が良いが、山の向こうから入道雲がどんどん迫ってきた。
スコールの前触れだ。
宿の人も、干していた唐辛子を急いで片付けに来た。 -
雷とともに大雨が降ってきた。
あっという間に道はドロドロになり、通りを歩く人の姿もまばらになった。
雨は夜まで止まず、ほとんど宿から外に出なかった。
旅社の隣にあるダイ族食堂の娘は料理が上手だ。おかずとミーカンで一杯飲むつもりだったが、牛肉ねぎ炒めがあまりに美味しいので、ご飯まで頼んでしまった。これでたった3元。
旅社も2元だ。ダーモンロンの物価は安い。 -
1989年8月4日(金)
6時半に目が覚め、まだ暗い道を曼飛龍に向けて歩き始めた。
闇の中に豚や水牛が立っていて、何度かハッとする。
30分ほどで曼飛龍の集落に着き、空も明るくなった。
村の前の小さな川で、何かしている人がいる。
白塔への道を教えてもらおう。 -
赤子を背負ったダイ族の女性が洗濯をしているのであった。
白塔へは「民家の間を通って行けばいい」とのことだ。 -
やがて長い階段に出て、延々と登り続ける。
ちょっとした登山だ。
頂上まで来ると、まだ朝もやが残っている。下界の眺めはよくない。かろうじて南阿河が蛇行しているのが見えた。
人気が無く、ひっそりとしている。 -
美しい曼飛龍の白塔。
しばらく坐っていたが、誰も来る気配が無い。
静かだ。 -
インドシナ半島でよく見かける、長い髪を垂らしたナーントランニー像。下にあるくぼみには水が満ちていた。
-
曼飛龍の仏塔は13世紀に建てられたそうだ。
しかし西双版納でも文革の嵐は吹き荒れたので、この塔も破壊に遭ったに違いない。
バスの音がかすかに聴こえたので、急いで山を下りる。ダーモンロンを8時半に出発したバスに乗って景洪へと向かった。
隣の席のお婆さんは浮浪者のような悪臭を放っている。
また、バスに酔うのか絶えず唾を吐き続ける。私のデイバッグにも唾が飛び、お婆さんは黙って指でこすった。
何も言えない私。
バスは途中でエンジントラブルが発生。
30分ほど停車したため、景洪までは3時間半以上もかかった。 -
景洪でバスを乗り換え、モンハイまで2時間半(2.5元)。隣のバーサンがゲロを吐き出すと、車内には嘔吐の連鎖状態が発生。かなり厳しい旅路となる。
そりゃ、吐くのは構わないけど、汚れた手を座席の背もたれで拭くのは止めてほしい。手鼻も同様だ。
バスのシートが光っているのは、ゲロや鼻水のせいだったのである。ああ、恐ろしい。
モンハイでさらにバスを乗り換えてモンツォに向かう(1.7元)。
運転が荒いドライバーで、とにかく飛ばす。何度も人や牛にぶつかりそうでヒヤヒヤした。実際、ニワトリを巻き込んだが、運転手は知らん顔。寿命が縮まる思いでモンツォに到着した。
ガラーンとした町だ。 -
モンツォはモンフンよりも大きな町だが、のどかさは同じだ。外国人が来ないぶん、より素朴かもしれない。
こんな所でも宿はある。2元の旅社に泊まることにした。
夕方になっても相当に暑いが、ブラブラと町を歩いてみた。 -
子供達が私を見てはしゃぐ。
カメラを持っているからかな?
それにしても、景洪で買った中国製アグファのフィルムは色が最悪だー。
大事な写真は中国製フィルムで撮ってはならないということを知った。 -
モンツォはダイ語の発音。
中国語だとモンジャ(勐遮)となるが、ここはダイ族の町だから、そういうふうに発音する人はいない。
西双版納の地名に多い「勐(モン)」とは盆地の意味であり、そういう盆地は農地も含めてダイ族が治めてきた。
モンハイ、モンツォ、モンフン、モンルン、モンハン等、みなダイ族の町だ。 -
路上で仔豚が昼寝していた。
町中では車も走っていないので、どこで寝ようが安全だ。
よかったね、ブーちゃん。 -
ここまで来ると町外れ。
動物たちがノビノビとしていた。
モンツォに来る途中に「景真八角亭」があったが、寄らなかった。
名所よりも村や町を歩くほうが楽しい。 -
前からプーラン族の女性が歩いてきた。
カッコイイ!
裸足だけど、堂々としていて素敵だ。
それを伝えたいけど、言葉が通じない。
しかし不思議なもので、身振り手振りで気持ちは伝わったようだ。
彼女は笑って写真を撮らせてくれた。(表紙の写真)
ああ、でもやっぱり言葉が話せたらなあ。 -
1989年8月5日(土)
今日は早めにモンフンに移動し、明日の日曜市に備えることにする。
モンツォを6時40分に出発してモンハイへ向かう。昨日は30分ほどで着いた距離が、今朝は1時間半かかった。それだけ昨日のドライバーは飛ばしていたのだ。
事故にならなくてよかった。
9時半のモンフン行き切符を手に入れ、出発まで市場に行ってみる。美味しい食べ物もあるし、地元の人を見てるだけでも楽しい。
モンハイの市場は地区最大。モンフンのような趣はないが、市場としての賑わいはこちらのほうが大きい。 -
こちらは魚売り場。
もちろん川魚やナマズのみ。
ダイ族のおばさんは、いけすの魚を入念に調べていた。 -
鶏も生きたまま購入されていく。
必死にもがくが、ダイ族の女性にむんずと足を捕まれ万事休す。
今晩あたり、美味しい酸笋鶏になっているかもしれない。 -
こちらは血豆腐。
その名のとおり血を固めたもので、味は血そのもの。中国ではよく見かける。
米線にも入っていることがあるが、私はちょっと苦手。
ダイ族の人は「ブーワン」という、生血に味付けしたものも飲むが、口の中が真っ赤になるので見た目が怖い。 -
肉売り場に頭を置くのは、今朝つぶした証拠でもある。
バラバラになった豚が並べられ、客は好きな部分を買う。ロースもヒレも関係ない。全て均等の値段だ。
後日、少数民族の村に行く際に肉を持参するようになったが、気を使って赤みの部分を選んで持っていったら評判が悪かった。脂身のほうが好きだという。きっとカロリーの高い方が好まれたのだろう。
以来、たっぷりの脂身を持っていくようになった。 -
おいしそうな部分をゲットしたダイ族のお姉さん。
版納じゃ肉の手づかみは当たり前だ。 -
肉を買う際は、ほぼ全ての客が触って鮮度を確認する。
私達がアボカドをチェックするようなものだろう。
しかし、いろんな人が触りまくった肉を買うのは勇気が要る。私が買うときは、人が触りにくい大きな部分を選ぶようにした。
肉を買いに行くと、あちこちベトベトになっちゃうんだよなー。 -
ダイ族女性の民族衣装にはポケットが無い。では、一体どこに金をいれているんだろう?
じつはダイ族式のブラジャー(胸当て下着)にはポケットがついているのである。かばんや手提げではスリに遭う危険が高いが、胸なら安心だ。
だからダイ族女性は支払いの時、服のボタンをはずして下着から金を出すのである。
これがオバサンになると、腹からガッと服をめくって金を出していた。日本も版納もオバサンは同じだ。 -
迫力あるジャガイモ売り場。
これ、1日じゃ売り切れないと思うんだけどなー。 -
モンハイの市場ではハニ族の姿も多く見かける。
ギロチンのような板を肩に乗せた背負子スタイルで買い物をしていた。 -
なにやら怪しげな漢方薬を売っていた。
亀の甲羅や鹿の角、何かの骨などが並んでいる。
宣伝文句には「起死回生」と書いてあるけど、本当に効くのかな? -
こちらでは粉末の薬を売っていた。
なぜか犬の毛皮(足つき)も置かれていたけど、意味不明だ。
薬屋さんなのに煙草をスパスパ吸っているのは、中国ならでは。
右のおじさんが持っているのは雲南名物の竹製水パイプ。味がマイルドになるが、慣れるまでは息づかいが難しい。 -
どんなに粗末な設備であれ、温かい饅頭にありつけることは幸せだ。
ありがとう。 -
木の実を売る人と買う人。
村は違うが、どちらもハニ族だ。
客が提げているバッグがイカス! -
果物を売っていたハニ族のオバサン。
値切る客と必死の攻防。 -
ハニ族の帽子は銀細工が見事。藍染の服もすばらしい。
民族衣装って素敵だ。 -
こちらは野菜を物々交換している図。
お互いが承知すれば、どんなものでも商いが成立する。
なんか、いいなー。 -
重要なのは、少数民族の人たちはこれらの野菜を背負って市場までやって来るということだ。
汗をかきながら、重い荷物を山から運んで来たのである。
とうもろこし1本の値段は、彼らの労働力に見合わないほど安い。 -
今日は3頭の牛がつぶされた。
もぬけの殻と化した皮が並べてあった。
これまた、新鮮さを証明するアピールである。
それにしても、牛って臭いがキツイ。 -
犬肉は高級品だ。少数民族からも人気が高い。
習慣の違いから最初は抵抗があったけど、豚や牛や鶏はよくて犬を食べるのは野蛮という考え方を改めた。
どの動物も同じように尊い。生き物が食べ物になっていく過程を見ると、その有り難さを実感する。
先日、鶏を絞めたときに暴れた力強い感覚が、まだ手に残っている。
中国に来て3週間。
考えさせられる事が多い。
雲南の旅 1989 (6) モンフンに沈没〜2度目の日曜市でハマッた へ続く
http://4travel.jp/travelogue/10424217
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この旅行記へのコメント (2)
-
- captainfutureさん 2010/01/23 18:18:41
- お宝写真ですね!!
- こんにちは!
中国製フィルムでも、なんのなんの、素晴らしく撮れた写真ばかりじゃないですか〜!!
人々の活き活きとした独自の風俗の生活感が良く表れていて、自分もまるであの次の角を曲がるとどんな出会いや風景に巡り合えるのかというあの旅をしているかのようなドキドキ感を持ちながら、一枚一枚わくわくしながら読み進んでいきました。
今ではこんな古き良き伝統文化や風俗がどんどんと薄れ、いずれは悲しいかなすっかり漢族化してしまい、もうこの時代を知る人々がどんどん少なくなっていくことを思えば、これはもう本当にお宝写真ですね。
後世に残していくべき貴重な写真だと思いました。
いつか現地で写真展か何かを開く機会があれば、きっととても感謝されると思いますよ。
>名所よりも村や町を歩くほうが楽しい。
僕も同感です。
これからも楽しみにしております。
- がおちんさん からの返信 2010/01/23 19:44:44
- RE: お宝写真ですね!!
- captainfutureさん
こんにちは、感想をありがとうございます。
> 中国製フィルムでも、なんのなんの、素晴らしく撮れた写真ばかりじゃないですか〜!!
ありがとうございます。確かに当時の風俗を記録したと考えると、貴重なカットもあるかもしれませんね。モンツォの写真、これでも相当に傷と色を修正したんです。当時の中国製フィルムは新品でも傷はおろか感光したりしていて、かなりの枚数が失われてしまいました。ひどい話です。
> 人々の活き活きとした独自の風俗の生活感が良く表れていて、自分もまるであの次の角を曲がるとどんな出会いや風景に巡り合えるのかというあの旅をしているかのようなドキドキ感を持ちながら、一枚一枚わくわくしながら読み進んでいきました。
captainfutureさんと私は旅のスタイルが似ていますね。私もcaptainfutureさんの旅行記を拝見して同じようなワクワク感に包まれます。
89年の雲南旅行では西双版納の写真が圧倒的に多いのですが、それだけ独自の風俗が印象に残ったのだと思います。しばらくモンフンの市や少数民族の村が続きますが、どうぞよろしくお願いします。
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