2008/01 - 2008/01
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ドクターキムルさん
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建物の大棟や隅棟に立てられる瓦には、古代には鵄尾(しび)、中世には鯱(しゃち)、近世には摩伽羅(まから)などあり、中世以降は鬼瓦が一般的になっている。魔除けや火災から建物を守る思いが込められている。また、鯱と鬼瓦が併設される場合も多い。あるいは、装飾を目的に飾り瓦が併設されることもある。その他に、寄席棟造やその特殊例である宝形造のお堂や閣、多宝塔、三重塔、五重塔には擬宝珠や鳳凰、相輪・九輪が上がる。
これまでに見た鳳凰が上がるお堂や閣は、宇治平等院鳳凰堂、銀閣寺観音殿、京都即成院山門、平安神宮神苑の泰平閣、京都観修寺観音堂、金閣寺舎利殿、奈良長谷寺能満院、鎌倉光明寺大聖閣の8つに過ぎない。このうち4つは近代の建築物であり、宇治平等院鳳凰堂は平安時代、銀閣寺観音殿は室町時代の建造であり、江戸時代のものは見られない。神輿でお馴染みの鳳凰ではあるが、鳳凰が上がるお堂や閣はそう多くはないのかも知れない。
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平等院鳳凰堂。天喜元年(1053年)には平等院の阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶したとされる。
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銀閣寺観音殿。開基(創立者)は、室町幕府8代将軍の足利義政。観音殿は義政の死後の延徳元年(1489年)に上棟され、ほどなく完成したとされる。
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即成院山門。明治35年(1902年)には、泉涌寺大門前から泉涌寺総門近くの現在地に移された。
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平安神宮神苑の泰平閣。大正元年に京都御所から移された泰平閣(橋殿)が池の上に浮かぶ。
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京都観修寺観音堂(1931年(昭和6年)の再建)に上がる鳳凰。
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金閣寺舎利殿。鳳凰が上がる閣といえば金閣寺が直ぐに想い浮かぶ。室町幕府第3代将軍足利義満が造営した舎利殿(金閣)は、昭和25年(1950年)に学僧の放火により炎上(金閣寺放火事件)。なお、頂上にあった鳳凰は火災以前に取り外されていたため、焼失を免れて現存する。昭和30年(1955年)の再建である。
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奈良長谷寺能満院日限地蔵堂の写真に、屋根の上に金色の鳳凰が見えるではないか。最近のものだろう。
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鎌倉光明寺大聖閣。2009年末時点では概観上は完成しているように見受けられる。一般的には、仏閣では完成後に竣工式が執り行われ、時を置いて落慶法要が営まれる。この閣の落慶法要は平成23年(2011年)7月の法然上人800年大御忌法要の頃になるであろう。
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