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 10数年前(1997年)に薬師寺では瓦の寄進を募っていた。1口5,000円であり、東大寺などの2,000円よりは随分と高いものであった。1口寄進すると、10年くらいは何かお寺で催しがある度に手紙で連絡があり、律儀さに恐縮したものだ。その当時の薬師寺管主(124代)は高田好胤さんであり、薬師寺伽藍再興に尽力した。10数年前までは元気でおられ、薬師寺を訪れると、境内でお見かけしたものだ。先月末に,50年振りに薬師寺を訪れた知り合いが、「修学旅行で行った時には何も無かったのに、立派な伽藍が建っていて驚いた。」と言っていた。修学旅行で高田好胤さんの説話を聞いた世代である。唐招提寺金堂の落慶法要が近づく中、代わって薬師寺の東塔が解体修理に入り覆いが掛けられ見ることができなくなっているそうだ。<br /> 1998年には黒塚古墳の一般公開を皮切りに、奈良に5回ほど出かけた。秋口に、薬師寺に寄って、亡くなられた高田好胤さんのお墓参りをしようと思った。お寺で聞くとお墓の場所が良く分からない。市営墓地に埋葬されていると言う。場所を聞いて、唐招提寺左にある市営墓地でお墓を探したが見つけられなかった。それから10年余り経って、しばらく振りに薬師寺を訪れて、高田好胤さんのお墓参りをしようと、お寺のお坊さんに聞く。すると、今度はお墓の地図を渡された。亡くなられた当初はお墓参りに来られる人も少なかったのだろうか、最近は多くなったのだろうか。そんなことを思いながら、唐招提寺方面に向かい、「がんこ一徹長屋」の看板から左折して行けども行けども中々着かない。やっと、垣根の向こうにそれらしい寺院がある。龍蔵院である。本堂の右横の広い平地に墓石が並んでいる。一番大きな金ピカのドームは浅沼組先代社長の墓のようだ。右奥隅に歴代の薬師寺管主のお墓が並んでいる。端の一番新しいお墓だ。手を合わせてお参りし、夕暮れの道を斜めに西ノ京駅まで戻った。<br /> 薬師寺は今では世界遺産になっている。しかし、今日のような伽藍が建っていなかったら登録はされなかったかも知れない。それは京都金閣寺も同じだろう。東塔、東院堂、旧金堂ぐらいしか伽藍が残っていなかった薬師寺も、金堂再建1976年、西塔再建1981年、玄奘三蔵院建立1991年、中門再建1984年、大講堂再建2003年と順次伽藍を整えて来ている。世界遺産登録は1998年のことである。20年も経っていまいが、50年しか経っていまいが、建物があることでそのお寺の特徴が一目瞭然であり、例えば、金箔の貼られた舎利殿がなければ金閣寺を語れないように、薬師寺にも再興伽藍がなければ白鳳の伽藍は語れまい。<br /> 薬師寺伽藍再興で語らなければならない人がもう一人いる。法隆寺宮大工の西岡常一棟梁だ。斑鳩の法輪寺三重塔を再建した後に薬師寺伽藍再建に手腕を振るった。古代伽藍は古代の道具で造らないとと、槍鉋(やりかんな)を復元して柱を削った。弟子に槍鉋の名人がいて、「あなたは槍鉋の名手であなたの右に出る者はいないと皆が言っていますが?」「いや、西岡の棟梁には敵わなかった。まだその域までは達してはいませんよ。」また、コンクリート論争も有名だ。「コンクリートは100年しかもたないが、木造は300年もつ。」と言って、コンクリートの使用を拒んでいた。西塔を東塔よりも30cmだけ高く造って、「300年もすれば木がちじんで同じ高さに揃う。」と言っていた。なんとロマン溢れる宮大工ではないか。<br /> 高田好胤さんのような人と西岡棟梁がいなければこの薬師寺伽藍の再興はなかったのでは、と薬師寺に来る度に思っている。

薬師寺伽藍再興-高田好胤と西岡常一

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2009/03 - 2009/03

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 10数年前(1997年)に薬師寺では瓦の寄進を募っていた。1口5,000円であり、東大寺などの2,000円よりは随分と高いものであった。1口寄進すると、10年くらいは何かお寺で催しがある度に手紙で連絡があり、律儀さに恐縮したものだ。その当時の薬師寺管主(124代)は高田好胤さんであり、薬師寺伽藍再興に尽力した。10数年前までは元気でおられ、薬師寺を訪れると、境内でお見かけしたものだ。先月末に,50年振りに薬師寺を訪れた知り合いが、「修学旅行で行った時には何も無かったのに、立派な伽藍が建っていて驚いた。」と言っていた。修学旅行で高田好胤さんの説話を聞いた世代である。唐招提寺金堂の落慶法要が近づく中、代わって薬師寺の東塔が解体修理に入り覆いが掛けられ見ることができなくなっているそうだ。
 1998年には黒塚古墳の一般公開を皮切りに、奈良に5回ほど出かけた。秋口に、薬師寺に寄って、亡くなられた高田好胤さんのお墓参りをしようと思った。お寺で聞くとお墓の場所が良く分からない。市営墓地に埋葬されていると言う。場所を聞いて、唐招提寺左にある市営墓地でお墓を探したが見つけられなかった。それから10年余り経って、しばらく振りに薬師寺を訪れて、高田好胤さんのお墓参りをしようと、お寺のお坊さんに聞く。すると、今度はお墓の地図を渡された。亡くなられた当初はお墓参りに来られる人も少なかったのだろうか、最近は多くなったのだろうか。そんなことを思いながら、唐招提寺方面に向かい、「がんこ一徹長屋」の看板から左折して行けども行けども中々着かない。やっと、垣根の向こうにそれらしい寺院がある。龍蔵院である。本堂の右横の広い平地に墓石が並んでいる。一番大きな金ピカのドームは浅沼組先代社長の墓のようだ。右奥隅に歴代の薬師寺管主のお墓が並んでいる。端の一番新しいお墓だ。手を合わせてお参りし、夕暮れの道を斜めに西ノ京駅まで戻った。
 薬師寺は今では世界遺産になっている。しかし、今日のような伽藍が建っていなかったら登録はされなかったかも知れない。それは京都金閣寺も同じだろう。東塔、東院堂、旧金堂ぐらいしか伽藍が残っていなかった薬師寺も、金堂再建1976年、西塔再建1981年、玄奘三蔵院建立1991年、中門再建1984年、大講堂再建2003年と順次伽藍を整えて来ている。世界遺産登録は1998年のことである。20年も経っていまいが、50年しか経っていまいが、建物があることでそのお寺の特徴が一目瞭然であり、例えば、金箔の貼られた舎利殿がなければ金閣寺を語れないように、薬師寺にも再興伽藍がなければ白鳳の伽藍は語れまい。
 薬師寺伽藍再興で語らなければならない人がもう一人いる。法隆寺宮大工の西岡常一棟梁だ。斑鳩の法輪寺三重塔を再建した後に薬師寺伽藍再建に手腕を振るった。古代伽藍は古代の道具で造らないとと、槍鉋(やりかんな)を復元して柱を削った。弟子に槍鉋の名人がいて、「あなたは槍鉋の名手であなたの右に出る者はいないと皆が言っていますが?」「いや、西岡の棟梁には敵わなかった。まだその域までは達してはいませんよ。」また、コンクリート論争も有名だ。「コンクリートは100年しかもたないが、木造は300年もつ。」と言って、コンクリートの使用を拒んでいた。西塔を東塔よりも30cmだけ高く造って、「300年もすれば木がちじんで同じ高さに揃う。」と言っていた。なんとロマン溢れる宮大工ではないか。
 高田好胤さんのような人と西岡棟梁がいなければこの薬師寺伽藍の再興はなかったのでは、と薬師寺に来る度に思っている。

  • 薬師寺瓦寄進の礼状。これを読むと瓦寄進ではなく、伽藍復興のための寄進とあり、高い理由が分かる。

    薬師寺瓦寄進の礼状。これを読むと瓦寄進ではなく、伽藍復興のための寄進とあり、高い理由が分かる。

  • 東大寺瓦寄進のお返し。その他の寺社での瓦寄進は、鎌倉八幡宮銅瓦\2,000、塩釜神社銅瓦\2,000、鹿沼今宮神社\2,000、阿夫利神社\2,000などで相場は\2,000であろう。高いところでは知恩院\10,000、石山寺\10,000など。安いところでは三国瀧谷寺\1,000、松尾大社\1,000、法隆寺\1,000があった。

    東大寺瓦寄進のお返し。その他の寺社での瓦寄進は、鎌倉八幡宮銅瓦\2,000、塩釜神社銅瓦\2,000、鹿沼今宮神社\2,000、阿夫利神社\2,000などで相場は\2,000であろう。高いところでは知恩院\10,000、石山寺\10,000など。安いところでは三国瀧谷寺\1,000、松尾大社\1,000、法隆寺\1,000があった。

  • 薬師寺金堂(裏)と東塔、西塔

    薬師寺金堂(裏)と東塔、西塔

  • 薬師寺金堂(表面)。薬師如来、日光菩薩、月光菩薩がおわす。日光菩薩、月光菩薩は3ヶ月ほど上野に来て80万人以上の人がお目にかかった。薬師寺の境内は人もまばらで年間の参拝者はこの半分くらいかと思った。

    薬師寺金堂(表面)。薬師如来、日光菩薩、月光菩薩がおわす。日光菩薩、月光菩薩は3ヶ月ほど上野に来て80万人以上の人がお目にかかった。薬師寺の境内は人もまばらで年間の参拝者はこの半分くらいかと思った。

  • 薬師寺講堂。確かにでかい。

    薬師寺講堂。確かにでかい。

  • 東院堂(国宝)。聖観音菩薩がおわす。聖観音も上野に来られました。

    東院堂(国宝)。聖観音菩薩がおわす。聖観音も上野に来られました。

  • 東塔(国宝)。現在は解体修理のため覆いをかぶっていて見られない。

    東塔(国宝)。現在は解体修理のため覆いをかぶっていて見られない。

  • 西塔

    西塔

  • 玄奘三蔵院へ行く参道の手前には淡墨桜が咲いていました。

    玄奘三蔵院へ行く参道の手前には淡墨桜が咲いていました。

  • 玄奘三蔵院。平山画伯の大唐西域壁画が完成したのは2000年(平成12年)。

    玄奘三蔵院。平山画伯の大唐西域壁画が完成したのは2000年(平成12年)。

  • 玄奘三蔵院裏の枝垂れ桜

    玄奘三蔵院裏の枝垂れ桜

  • 薬師寺本院に上がる菊の花の飾り瓦

    薬師寺本院に上がる菊の花の飾り瓦

  • 薬師寺本院に上がる海亀の飾り瓦。薬師寺もウェルかめです。片方は破損して首がありません。意外に飾り瓦が上がっていないのが薬師寺でした。

    薬師寺本院に上がる海亀の飾り瓦。薬師寺もウェルかめです。片方は破損して首がありません。意外に飾り瓦が上がっていないのが薬師寺でした。

  • 薬師寺孫太郎稲荷神社の桜。

    薬師寺孫太郎稲荷神社の桜。

  • 薬師寺・龍蔵院

    薬師寺・龍蔵院

  • 龍蔵院墓地。この右奥に高田好胤さんのお墓がありました。合掌。

    龍蔵院墓地。この右奥に高田好胤さんのお墓がありました。合掌。

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