2009/08/20 - 2009/08/30
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城壁フェチさん
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27日
8日目の今日は呂梁のホテルを出発して、米脂の李自成行宮に向かいます。
色々あった山西省も終わり、待ちに待った!砂漠の中の白い朽ちかけた統万城が私のベストポイントです。自分で行くのは不可能と諦めていた所です。
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呂梁から高速で1時間弱、黄河を渡り陝西省へ入ると、そこは呉堡県。呉堡古城も見たい所ですが、迷惑掛けているのにそんなに勝手ばかりも言えません。高速の料金所には陝晋界の文字が。5日ぶりの陝西省です。
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更に高速で綏徳県まで行き、綏徳からは一般道で米脂に。
綏徳は呂布の故郷?米脂には貂蝉の像が有りました。私は中国四大美女も、貂蝉の名も知らず、後日調べて呂布と貂蝉のそんなシーンも有った様な程度の記憶しかありませんでした。勿論ツアー参加の男性方は貂蝉の像に見入っていました。そんな中、出遅れてしまった先生は、「楊貴妃の像は見たけど、着物を着た貂蝉なんて見てもつまらん!」なんて強がっていました。男性は像でも美女がお好き(笑)そんな美女に嫉妬?したオバサンは貂蝉の写真さえ撮らずにすみません!
そしてすっかりイケメンに変身?した李自成の像は収めて参りました。 -
日本語ペラペラの拓本売り。皆さん何処かで拓本売ってたら・・・
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1944年に郭沫若が李自成を起義軍として再評価する論を唱え、当初は流賊説を取っていた毛沢東が、これを受けて李自成を農民反乱指導者として評価する見解を出したことから、今は華々しい英雄。私はチョッと古いのか英雄とまでは思えない。
それは兎も角、午後1時過ぎ米脂を発ち、楡林を目指しました。
一般道では有ったものの、意外と順調に2時20分頃になると、砂漠の様相を呈した楡林の街が見えてきた。
道路脇に木が植林されているだけで、辺りは乾燥した土地でも何とか生えているといった感じの草の様なものが生えているのみ。
街は此処も建設ラッシュで大きなビルが多い。 -
一旦ホテルに入った後、4時からツアーバスで旧市街に行きました。
楡林にも城壁が!有ったんですね!!この城壁を見て興奮しているのは私だけ。 -
更にこの城門!もうこれだけで三日分の写真が無いのも、そのデジカメが無いのも、取り戻せたと思うくらいです。やはりこのツアー、来て良かった!
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ラクダの像が砂漠感を一層出して、中原の城市とは違う様な気がします。
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城門の後ろには補修されてない、崩れかかった城壁もあり更に気分アップ!
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西安大雁塔にも負けない宝塔'凌宵塔’(大雁塔を見てもい無いのにそれは言い過ぎ!)
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旧市街(城内)側から見た南門
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その南門の前に広がる旧市街です。この楼閣は?新明楼?不確実です。
旧市街といっても商店が表面だけ古さを出しているといった感じでした。
その後の調べで、これは鐘楼のようです。 -
丁度子供たちの下校時間で、ピースサインをして見せたら、子供たちも喜んでピース!写真は上げられないけど、デジカメの画面でこのコマを見せてあげたら喜んでました。
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竈の上のセイロが気になって撮ったら、エッあなた何時の間にそこに居たの?気が付いていたらもっと可愛く撮ったのに!でも好い顔してるでしょ!
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楡林旧市街の雑貨屋さんで購入。私の中国語の勉強に丁度好い、幼児用絵本です。
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ピンインが付いているのが決め手です、でもピンイン自体が上手く読めない(@ @)
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28日
ツアー9日目の朝は勿論気分爽快!
本当ならもうソロソロ疲れが出てもいい頃ですが、今日はいよいよ統万城と思うと、疲れを感じるどころじゃありません。
8時半にホテルを出発し、1時間余りで楡靖高速の黄蒿界出口。
高速からは直ぐそこに明代の烽火台が見えます。
黄蒿界で高速を降りると、此処からは一般道で統万城を目指しますが、途中Y字路で運転手さんもガイドさんもどちらの道か迷い、丁度そこに民家が在ったので、住民に聞き右方向に行く。西安旅行社のガイドさんも統万城は初めてらしい。楡林の街も仕事では初めてと言っていました。 -
こんなに近くにも烽火台が。高速道路が長城を分断したようです。
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途中砂漠の何にも無いところで、トイレ休憩!?
とうとう砂漠のトイレも初体験してしまいました。もう何処でも生きてゆけそう。
そんな砂漠にもこんなに綺麗な花が咲いています。葉を触ってみると、ドライフラワーの様にカチカチでした。 -
こんな景色には色のある花は、小さくてもとても目立ちます。
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少し行くと遠くに統万城が見えてきて、ガイドさん達もホッとしたのか、此処でも写真タイム。
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11時頃何とか統万城に着くことが出来ました。
バスからは一等最初ではなかったけど、相当早くに降りました!
統万城は413年に建設された東晋時代の匈奴の大夏国の都です。 -
これが写真で見た統万城、実物はやはり大きい!そして白城と言われる様に、美しい白です。
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一つの岩のようですが、土を付き固めた城壁です。あの幾つもの穴は、足場を組んだ時に出来たものではないかとの事です。
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その砦の上からの眺めの向こうは内モンゴル自治区です。
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城の外側から見た砦。これも角楼なのでしょうか。
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城壁の内側は長い間、地元の人達がヤオトンとして利用していたようです。
その前には庭を仕切る壁まで作ってあります。
今は山を越えた所に村が出来ていました。 -
城壁を回ってバスの方へ戻ってきたら、地元のオジサン達がささやかな店を開いていました。
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ガイドさんはこの人達に、一人5元で12人分の入場料を払ったようです。
5人のオジサンに観光客一人に付き、5元の入場料。よく出来ています。今日は中々いい仕事になったのでは・・・おまけに先生は本を一冊買ったとか。・・・オジサン達、今日は美味しいお酒を飲んで下さい! -
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バスが到着した地点から一キロ以上も先にあるのか、遥か彼方にも城壁が見えます。
4〜50分の見学後、12時前に統万城を後にして、靖辺へ向かいました。 -
1時間半程掛かって靖辺県に到着し、ここで昼食を摂った後、延安に向かいます。高速に乗るまでの途中、靖辺郊外辺りにある明長城に寄りました。
ここは最初からツアーコースに入っていました。
先生仏像だけに興味が有るのかと思っていたら、意外と長城にもサッサと向かいますね〜! -
周辺はかなり畑に開墾されていますが、此処だけ土手のように、でも北京の長城みたいにレンガ積みではなく、版築だけの長城が続いています。
この烽火台の少し向こうは道に寸断されていました。烽火台の直ぐ下も、右側にあるジャガイモ畑に行く為の農道に成っていました。近代では長城も無用の長物。 -
烽火台とは反対側の方には、結構長く長城が続いています。こんな風に土手のように成ってしまった長城の方が、流れた去った時間を感じて、却ってその昔を追憶出来るのも不思議ですね。
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30分程度の明長城を見学して、今夜の宿泊地延安に向かいました。
途中のガソリンスタンドで給油中、旅の初めに悩まされ続けた石炭トラックと
同じタイプのトラックが洗車中でした。こんな大きいのが対向車で何台も続けて来るんですから、それも山道で!大変ですよ! -
ついでにそこのトイレの前に有った石炭の山。暖房用かな。
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午後5時延安の街に着きました。延安も勿論建設ラッシュです。
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市街地のビルとは対照的に、まだ山肌にはヤオトンが沢山残っています。
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延安に着いて直ぐ宝塔山に行きました。宝塔山入り口では新しいヤオトンが造られて、これは観光用なのかな?!ツアー仲間のカメラ小僧?の人の話では、製作中のヤオトンの中も写真撮らせてくれたよ!って私も行けばよかった。
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宋代に創建され明代に再建、その後何度か修復された。寺院も在ったが他へ移動したようです。寺社仏閣についてはガイドさんの説明も上の空で申し訳ないです。
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宝塔山を降りる途中見えた城壁の残骸?近くで見たかった!・・・後日これは烽火台と判明。
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