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※この旅行記は、「“昭和の竜宮城”『百段階段』<br />での、異色の人形展ーその3− 」に当たるものですが、<br />テーマの内容から、新たなタイトルで書き起こしました。<br /><br />伝統建築『百段階段』の『辻村寿三郎人形展』を<br />見て、「雅叙園」からの帰途。<br />「行人坂(ぎょうにんざか)」の中ほどに<br />「大圓寺(だいえんじ)」というお寺を<br />見つけました。<br />往路ではまったく気にとめていなかったのですが、<br />ふと、お寺の説明板に「八百屋お七、吉三の墓碑」と<br />書いてあったのに興味をひかれ、立ち寄って<br />みました。<br /><br />恋人に会いたい一心で、放火の罪を<br />犯した美少女(「美」かどうかは、実際には<br />わかりませんが)のお話は、ドラマチックで、<br />歌舞伎にもなっていますね。<br /><br />※あとで気づいたのですが、この「行人坂」は、<br />池波正太郎さんの小説『鬼平犯科帳』にも<br />登場しています。<br />奥方の好きな「桐屋の黒飴」を下げて、<br />行人坂を登って行った、という記述が<br />あるそうです。<br />このあたりは、鬼平こと長谷川平蔵率いる<br />「火つけ盗賊改め方」の市中見回りのコース<br />だったようです。<br />(池波さんの小説も、大好きなのです。)<br /><br /><br />

『八百屋お七』ゆかりの寺

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2009/08/01 - 2009/08/01

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にゃんこ姫

にゃんこ姫さん

※この旅行記は、「“昭和の竜宮城”『百段階段』
での、異色の人形展ーその3− 」に当たるものですが、
テーマの内容から、新たなタイトルで書き起こしました。

伝統建築『百段階段』の『辻村寿三郎人形展』を
見て、「雅叙園」からの帰途。
「行人坂(ぎょうにんざか)」の中ほどに
「大圓寺(だいえんじ)」というお寺を
見つけました。
往路ではまったく気にとめていなかったのですが、
ふと、お寺の説明板に「八百屋お七、吉三の墓碑」と
書いてあったのに興味をひかれ、立ち寄って
みました。

恋人に会いたい一心で、放火の罪を
犯した美少女(「美」かどうかは、実際には
わかりませんが)のお話は、ドラマチックで、
歌舞伎にもなっていますね。

※あとで気づいたのですが、この「行人坂」は、
池波正太郎さんの小説『鬼平犯科帳』にも
登場しています。
奥方の好きな「桐屋の黒飴」を下げて、
行人坂を登って行った、という記述が
あるそうです。
このあたりは、鬼平こと長谷川平蔵率いる
「火つけ盗賊改め方」の市中見回りのコース
だったようです。
(池波さんの小説も、大好きなのです。)


一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
  • 「行人坂」。<br />(下る途中の写真です。)<br />向かって左が「大圓寺」。

    「行人坂」。
    (下る途中の写真です。)
    向かって左が「大圓寺」。

  • 「行人坂」の説明。<br />前の旅行記と重複しますが。

    「行人坂」の説明。
    前の旅行記と重複しますが。

  • 「大圓寺」。

    「大圓寺」。

  • 「大圓寺」の説明。

    「大圓寺」の説明。

  • こんなにたくさんの指定文化財が<br />あるのですか。

    こんなにたくさんの指定文化財が
    あるのですか。

  • 七福神の石像。<br />右端が、このお寺で祀られている<br />「大黒天」です。<br />

    七福神の石像。
    右端が、このお寺で祀られている
    「大黒天」です。

  • “江戸最初の”「山手七福神」<br />だそうです。

    “江戸最初の”「山手七福神」
    だそうです。

  • 手水鉢。<br />龍の像の前に立つと、口から<br />水が出る仕掛けになっています。

    手水鉢。
    龍の像の前に立つと、口から
    水が出る仕掛けになっています。

  • ★八百屋お七の話:<br />江戸前期の天和2年(1683)の大火で<br />家が焼けた本郷の八百屋・市左衛門一家は、<br />駒込の吉祥寺(小石川の円乗寺という説も)<br />に、一時避難しました。<br />その時、娘のお七は寺小姓の<br />吉三郎と恋に落ちました。<br />やがて、一家は再建された自宅に戻り<br />ましたが、吉三郎に会いたいお七は、<br />再び火事になれば、と思いつめ、とうとう<br />自宅に火をつけるに至ったのです。<br />お七は市中引き回しの上、鈴ヶ森刑場で<br />火あぶりの刑に処せられました。<br />その時、お七16歳、相手の吉三郎<br />は18歳でした。<br />取り調べの際、不憫に思った奉行が<br />「お前はまだ15であろう。」<br />と言ったのに対し、<br />お七は、<br />「私は、16でございます。」<br />と答えたということです。<br />その後、恋の相手の吉三郎(吉三)は、<br />出家して西運と名乗り、お七の菩提を<br />弔いました。<br /><br />写真でははっきりしませんが、<br />念仏を唱えながら全国を行脚する<br />西運の姿が彫られた石碑です。<br /><br /><br /><br />

    ★八百屋お七の話:
    江戸前期の天和2年(1683)の大火で
    家が焼けた本郷の八百屋・市左衛門一家は、
    駒込の吉祥寺(小石川の円乗寺という説も)
    に、一時避難しました。
    その時、娘のお七は寺小姓の
    吉三郎と恋に落ちました。
    やがて、一家は再建された自宅に戻り
    ましたが、吉三郎に会いたいお七は、
    再び火事になれば、と思いつめ、とうとう
    自宅に火をつけるに至ったのです。
    お七は市中引き回しの上、鈴ヶ森刑場で
    火あぶりの刑に処せられました。
    その時、お七16歳、相手の吉三郎
    は18歳でした。
    取り調べの際、不憫に思った奉行が
    「お前はまだ15であろう。」
    と言ったのに対し、
    お七は、
    「私は、16でございます。」
    と答えたということです。
    その後、恋の相手の吉三郎(吉三)は、
    出家して西運と名乗り、お七の菩提を
    弔いました。

    写真でははっきりしませんが、
    念仏を唱えながら全国を行脚する
    西運の姿が彫られた石碑です。



  • 「八百屋お七」の話の説明。<br />ただし、この伝承には、いろいろ<br />異説もあって、寺小姓の名前は佐兵衛で、<br />吉三はじつは火事場泥棒で、お七に<br />放火をそそのかした張本人だという、<br />とんでもないものもあります。<br />これはこれで、物語としては面白いのですが、<br />その場合、お七はもっと馬鹿みたいですね。<br />

    「八百屋お七」の話の説明。
    ただし、この伝承には、いろいろ
    異説もあって、寺小姓の名前は佐兵衛で、
    吉三はじつは火事場泥棒で、お七に
    放火をそそのかした張本人だという、
    とんでもないものもあります。
    これはこれで、物語としては面白いのですが、
    その場合、お七はもっと馬鹿みたいですね。

  • 全国行脚を終えた西運は、<br />「行人坂」の麓の「明王院」へ入り<br />ました。<br />それが現在の「雅叙園」がある場所です。<br />写真は、西運がいたという『阿弥陀堂』。<br />「明王院」が廃寺となってから、この<br />『阿弥陀堂』や石碑は、ここ「大圓寺」に<br />移されました。<br />写真はないのですが、西運が建てたという<br />「お七地蔵」も、石碑の隣にあります。<br />(石が新しいところを見ると、後世に<br />再建された物でしょうが。)<br />なぜ、この目黒のお寺に、文京区のお七と<br />のかかわりがあるのかと疑問だったのですが、<br />こういう縁だったのですね。<br /><br /><br />

    全国行脚を終えた西運は、
    「行人坂」の麓の「明王院」へ入り
    ました。
    それが現在の「雅叙園」がある場所です。
    写真は、西運がいたという『阿弥陀堂』。
    「明王院」が廃寺となってから、この
    『阿弥陀堂』や石碑は、ここ「大圓寺」に
    移されました。
    写真はないのですが、西運が建てたという
    「お七地蔵」も、石碑の隣にあります。
    (石が新しいところを見ると、後世に
    再建された物でしょうが。)
    なぜ、この目黒のお寺に、文京区のお七と
    のかかわりがあるのかと疑問だったのですが、
    こういう縁だったのですね。


  • 出家してからの西運(吉三)は、<br />お七の菩提を弔う一方で、<br />江戸の人々から寄進された浄財で、<br />行人坂の石畳や目黒川の石橋を<br />造ったといわれています。<br />

    出家してからの西運(吉三)は、
    お七の菩提を弔う一方で、
    江戸の人々から寄進された浄財で、
    行人坂の石畳や目黒川の石橋を
    造ったといわれています。

  • お寺の境内には、数々の石仏群が<br />あります。<br />これは、「道祖神」。<br />神仏合体として、「猿田彦大神」と<br />「天うずめの命」が刻まれていると<br />いわれています。<br />旅の神、道の神、悪魔祓いの神、境を守る<br />神、など、いろいろの信仰を含んだ神様です。<br />旅好きの人には、ありがたい神様ですね。<br />

    お寺の境内には、数々の石仏群が
    あります。
    これは、「道祖神」。
    神仏合体として、「猿田彦大神」と
    「天うずめの命」が刻まれていると
    いわれています。
    旅の神、道の神、悪魔祓いの神、境を守る
    神、など、いろいろの信仰を含んだ神様です。
    旅好きの人には、ありがたい神様ですね。

  • 金箔が貼られた「薬師如来」様。<br />すべての人達への邪悪の退散と、<br />病気の平癒を願って。<br />「身体の悪いところに金箔を<br />貼って、ご真言を唱えて祈願して<br />ください。」とのことです。<br />(「金箔は受付にて。」)<br />ご真言は、<br />「おん、ころころ、せんだつ、まどうぎそわか」<br />だそうです。<br />サンスクリット語かな?

    金箔が貼られた「薬師如来」様。
    すべての人達への邪悪の退散と、
    病気の平癒を願って。
    「身体の悪いところに金箔を
    貼って、ご真言を唱えて祈願して
    ください。」とのことです。
    (「金箔は受付にて。」)
    ご真言は、
    「おん、ころころ、せんだつ、まどうぎそわか」
    だそうです。
    サンスクリット語かな?

  • 「子安地蔵尊」です。<br />とても可愛らしいこどもの<br />姿をしていますが、<br />「水子地蔵」でもあるのです。<br />

    「子安地蔵尊」です。
    とても可愛らしいこどもの
    姿をしていますが、
    「水子地蔵」でもあるのです。

  • これは、いささか怖いお姿なので、<br />UPしようか、やめようかと、しばし<br />悩んだのですが。<br />「とろけ地蔵尊」といって、庶民の<br />悩みを解消して下さるお地蔵様です。<br />説明書きが陰になって見えなかったのですが、<br />江戸時代に、網にかかったかどうかして、<br />出現したもののようです。

    これは、いささか怖いお姿なので、
    UPしようか、やめようかと、しばし
    悩んだのですが。
    「とろけ地蔵尊」といって、庶民の
    悩みを解消して下さるお地蔵様です。
    説明書きが陰になって見えなかったのですが、
    江戸時代に、網にかかったかどうかして、
    出現したもののようです。

  • 境内に幾つかある「摩尼(まに)車」。<br />これを1回まわすと、お経を一遍唱えた<br />ことになるというものです。<br />「心をこめてまわしましょう。」<br />はい!<br />しっかり回してまいりました。

    境内に幾つかある「摩尼(まに)車」。
    これを1回まわすと、お経を一遍唱えた
    ことになるというものです。
    「心をこめてまわしましょう。」
    はい!
    しっかり回してまいりました。

  • 「国宝・生身の釈迦如来」。<br />この扉の奥に祀られています。<br />残念なことに、ご開帳は年に数回、<br />特別の日だけのようです。

    「国宝・生身の釈迦如来」。
    この扉の奥に祀られています。
    残念なことに、ご開帳は年に数回、
    特別の日だけのようです。

  • 「釈迦如来像」の説明板。<br />古い石碑では「国宝」となっていた<br />のですが、ここでは「国指定重要文化財」<br />と書かれています。<br />格下げされた??

    「釈迦如来像」の説明板。
    古い石碑では「国宝」となっていた
    のですが、ここでは「国指定重要文化財」
    と書かれています。
    格下げされた??

  • たくさんの石像。<br />「五百羅漢像」です。

    たくさんの石像。
    「五百羅漢像」です。

  • 「五百羅漢」の由来。<br />なんでも、明和9年の大火<br />(「行人坂の大火」)によって<br />亡くなった人々の供養のために<br />作られた像だそうです。<br />この火災は、「振り袖火事」「車坂の<br />大火」とともに、江戸三大大火の<br />ひとつと言われています。

    「五百羅漢」の由来。
    なんでも、明和9年の大火
    (「行人坂の大火」)によって
    亡くなった人々の供養のために
    作られた像だそうです。
    この火災は、「振り袖火事」「車坂の
    大火」とともに、江戸三大大火の
    ひとつと言われています。

  • 数え切れないほどの仏様たちです。

    数え切れないほどの仏様たちです。

  • これらの石仏群の由来。<br />明和9年の大火災(「行人坂の大火」)<br />は、この「大圓寺」が火元だったの<br />だとか。

    これらの石仏群の由来。
    明和9年の大火災(「行人坂の大火」)
    は、この「大圓寺」が火元だったの
    だとか。

  • 優しいお顔の「子安地蔵尊」たち<br />です。

    優しいお顔の「子安地蔵尊」たち
    です。

  • 「五百羅漢」の下の小さな池。<br />手前左に、石垣にまぎれそうな<br />石像が・・・。

    「五百羅漢」の下の小さな池。
    手前左に、石垣にまぎれそうな
    石像が・・・。

  • よく見ると、大きな魚をかかえた<br />河童(かっぱ)です。<br />右手に持っているのは、好物の<br />きゅうりでしょうか。<br />これは、単なるお遊びの像なのでしょうね。<br /><br />

    よく見ると、大きな魚をかかえた
    河童(かっぱ)です。
    右手に持っているのは、好物の
    きゅうりでしょうか。
    これは、単なるお遊びの像なのでしょうね。

  • これも、前の旅行記にも載せたもの<br />ですが、こちらのほうが関連が深そうなので、<br />もう一度UPしました。

    これも、前の旅行記にも載せたもの
    ですが、こちらのほうが関連が深そうなので、
    もう一度UPしました。

  • 説明板です。<br />今回は、説明書きが多くなりましたが、<br />適当に取捨選択して、興味のないものは<br />スキップしてください。<br /><br />なお、「大圓寺」には、他にも「八百屋<br />お七・吉三の墓」などがあるようなのですが、<br />境内の奥の方では、お葬式が執り行われて<br />いて、立ち入ることができなかったのです。<br />従いまして、きょうはこれまでに致しとう<br />ございます。<br />(N○K大河ドラマのナレーションふうに。)(笑)<br />お粗末! m(_ _)m<br /><br /><br /><br /><br />        ー完ー<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

    説明板です。
    今回は、説明書きが多くなりましたが、
    適当に取捨選択して、興味のないものは
    スキップしてください。

    なお、「大圓寺」には、他にも「八百屋
    お七・吉三の墓」などがあるようなのですが、
    境内の奥の方では、お葬式が執り行われて
    いて、立ち入ることができなかったのです。
    従いまして、きょうはこれまでに致しとう
    ございます。
    (N○K大河ドラマのナレーションふうに。)(笑)
    お粗末! m(_ _)m




            ー完ー







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