2009/05/28 - 2009/05/28
37位(同エリア131件中)
ばばろあさん
3年ぶりに長崎へ行ってきました。
前回の旅行では、夫がレンタカーを運転したので、西海に行くことが出来たのですが、
今回は友人との旅行で、二人とも自信のない運転に不安な旅立ち。
かって迫害されたキリシタンたちが、厳しい弾圧を逃れて隠れ住んでいた長崎市の西北、外海地区にある「遠藤周作文学館」、前回初めて知った「ド・ロ神父」記念館のある出津(しつ)文化村や黒崎教会などに、もう一度行ってみたくて、旅行前に、行く方法などをHPで調べたところ
外海地区の長崎市立「遠藤周作文学館」へ行くには
?定期観光バス
?定期バスを乗り継ぐ
?レンタカーでまわる
の3つの方法があることが分かりました。
一番楽なのは?だと思っていましたが、
土日と夏休み中だけの運転とわかり、行けるのは金曜だから ダメ。
?の場合、乗り継ぎで片道約1時間半かかることがわかりました。本数も少ないので、2日目に行くとすると、かなり厳しそうです。
?は自信がないなあ‥でも、何とかなるか‥な?
出発当日、予報では九州は雨とくもり、都内も朝から結構雨が降っていて、
1日目に外海地区に行くのは難しそうだから、市内散歩にするつもりで、出発しました。
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
長崎への羽田発全日空663便10:40発は57番ゲートで、ちょっと遠い‥
ので、ひたすら 歩きましたが、
途中で
「ねんりん家の バームクーヘン」を発見!しました。
こちらは、大丸東京店や松坂屋銀座店などでも人気のバームクーヘン屋さん。
時間が早いせいか、殆んどお客様がいない状態で、
店頭には、羽田空港限定の品も販売中!
奥には、カウンターがあり、飲み物やここで食べられるバームクーヘンの販売もしています。
「ホットバームクーヘンセット」の文字を見つけて、こちら700円で飲み物つき
バームクーヘンは かため・しっとりの2種類を 温めてありました。
お店の外にはテーブルと椅子が何組かあり、そこで食べられるようになっています。 -
長崎に近づいて、機内放送では、
長崎は 晴れ とのこと!!
空港には定刻の12:30に到着。
到着ロビーにはレンタカー各社の受付があり、どんどん予約客を空港営業所まで案内していくので、留守ですの看板がおいてあり、無人になっています。
この時点でも、聞くだけ聞いてみよう位だったのですが、「ジャパレン」の女性が一番に戻ってきたので、
色々聞いていくうちに、何とかなるかなということで、申し込みをすることになりました。 -
希望は、軽自動車の次の大きさ位の車種で
今日中にはホテルの近くで返したい(6時間コース)
もちろんナビ付きで。
6時間も12時間も料金は変わらないとのことで、
12時間コースになりました。20:00までの営業時間内にガソリンを満タンにして返却すること。
今日の宿泊ホテルに近い営業所は 市内の諏訪神社近くの 馬町営業所だから、そちらへと言われましたが‥
全く土地勘がないけど、ナビがあればなんとかなるかな?
路面電車が走る渋滞の市内は考えないようにしようということで‥申し込み完了! -
初レンタカーの為、ジャパレンの人に聞くことも多く、空港営業所を出発したのは、13:30。
約6時間の私たちのクルマ これがマツダのデミオです。
小回りが効いて、運転しやすく、最大の魅力は 燃費がいいということでした。
満タン返却の為、セルフのGSでいれたところ
なんと4リットル!
リッター25キロ近く走ったことになります。
空港のある大村市‥諫早市‥長崎市に入って有料バイパスから国道202号線に入り、
文学館到着は 14:58 !
休憩なし、道の間違いなしで、私の運転でも、無事到着しました。
しかし、ものすごい 風です。 -
長崎市の北西部に位置する、外海(そとめ)地区は、
美しい角力灘(すもうなだ)そして、日本有数の清流「神浦川」があることで知られ、キリスト教との深く長い歴史をもつ土地でもあります。
遠藤周作と長崎外海地区との縁は、彼の文学の原点とされている「沈黙」の執筆中にたびたび訪れていて、彼にとってここは「神様が僕のためにとっておいてくれた場所」
昭和62年に「沈黙の碑」が出津(しつ)文化村に完成した際に、彼は「思っていた通りの‥‥自分にとってベストの文学碑」と言っていたこともあり、
彼が平成8年9月に他界した後に文学館建立の構想が持ち上がった時に、彼の文学や人間を語るのにふさわしいロケーションと彼が「第二の故郷」と言って愛したこの地に建てられました。 -
彼の没後、約3万点にも及ぶ遺品・生原稿・蔵書等が遺族から寄贈・寄託され、平成12年5月に「外海町立遠藤周作文学館」として開館。
その後、市町合併により「長崎市遠藤周作文学館」と名称を変更しているそうです。
味のある「文学館の文字」。 -
館へのアプローチです。
企画展「遠藤周作とフランス」を開催中でした。
観覧券を買ってエントランスホールに入ると、海の方向に白と青色のステンドグラスがあり、教会のようです。
厳かに心洗われるような、希望さえ感じさせる聖歌が静かに響いています。
遠藤周作は1923(大正12年)年に東京・巣鴨に誕生。母は上野音楽学校ヴァイオリン科の学生。
父の仕事の関係で、満州大連市の小学校に入学。
何でもできる兄と違って、成績は殆んど乙でしたが、作文の才能が素晴らしく、母親に褒められながら育てられたそうです。
10歳の時に両親が離婚し、母と帰国。
12歳の時に、夙川カトリック教会で受洗。
旧制高校受験に失敗し、慶應義塾大学文学部予科に入学。父からは、医学部でないということで、勘当されます。
27歳の時、フランスのカトリック文学をさらに学ぶためフランスリヨン大学大学院に入学。
企画展では、彼のフランスでの猛勉強ぶりや、母親から周作あての書簡などが展示されていました。 -
1950年6月4日に横浜港からフランスへ向けて出発。
戦後間もないことから、VISA取得に約1年かかり、戦後初のカトリック留学生第1号としてマルセイユに上陸したのが、7月5日のことでした。
舟の下底で中国人や黒人と雑魚寝だったのが、面白い体験だったとありました。
フランスでの生活を満喫していましたが、1952年年初夏に肺結核を起こし、吐血。療養所に入所、後、病院に入院しましたが、病状の悪化で博士論文の作成を断念し、1953年2月に帰国しました。 -
ポーチからテラスへ
帰国後、批評家の道をゆっくりながら踏み出した矢先の 敬愛する母の死。
彼は最初は評論家を目指していましたが、小説「白い人」が、1955年、第33回芥川賞を受賞。
そして、同年結婚。
大学の講師を務めながら、小説「海と毒薬」を発表し、小説家としての地位を確立しました。
その後のソ連旅行・フランス旅行の帰国後、肺結核を再発し3度の手術。
一時危篤状態になったそうですが、奇跡的に回復しました。 -
彼にとっての人生の葛藤は「日本人でありながらキリスト教徒である矛盾」であり、
後年、「だぶだぶの洋服を和服に仕立て直す作業」をすることだと表現しています。
43歳で「沈黙」を刊行。
たくさんの作品を発表し続け、芥川賞選考委員、日本ペンクラブ会長に就任後。
70歳の時、腎臓病の為入退院を繰り返す闘病生活が続きますが、「深い河」を刊行。
そして平成8年9月29日 73歳で死去。 -
人間はたくさん情熱はもてない
たった一つのことで人生を送るより仕方がない
「よく学び よく遊び」より
生活上のマイナスは人生上のプラスと置き変えられたのである
「生き上手 死に上手」より
老年とは やがて自分がここから去る日が来るだろうが、しかし自分がこうして生まれたことが、また自分をふくめてこの地上で、生きてるすべてのものは苦しんだり愛したり結びあったり別れたりしていた、一人一人の人間だったことが 言いようのない懐かしさで考えられるのです。 -
シュタイナーは
人間は青年時代は肉体で世界を捉え
壮年の時は心と知で世界を捉えるが
老年になると魂で世界をつかまえようとすることができる。と言ったが
私の人生すべてのことは、そう、「ひとつだって無駄なものはなかった」と今にして思うことができる。
展示されていた文章の中で、胸に残った言葉たちです。
展示室の窓から見る海は 深くどこまでも青く 彼の愛した「母なる海」なのでしょう。
沈黙の碑には
「人間がこんなに哀しいのに主よ、海があまりに碧いのです」と刻まれていますが、ほんとうに 青い海です。 -
テラスにて、
ここから眺める角力灘の向こうには、五島列島が。
そして、図の真上には フランス 左上には ポルトガル とありました。 -
テラスからは遠くに出津文化村を眺めることができます。
小説「沈黙」は人間の弱さに共感し、苦しみを分かつ母性的なキリスト像が感動をよんで、ベストセラーとなりました。
その時、踏むがいいと銅版のあの人は司祭にむかって言った。踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。
私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため、十字架を背負ったのだ。(沈黙より) -
入り口にある休憩所(軽喫茶)アンシャンテでは、
ド・ロ神父ゆかりのパスタも食べることが出来ます。
ゆっくり、のんびり慌てずにぼーっとここで
本でも読んで、疲れたら海を眺めるという時間は、どんなにか贅沢な過ごし方。 -
あっという間の1時間半でしたが、
強い風の中、これから出津文化村へ急ぎます。
文学館のすぐ近くに、「道の駅夕陽が丘そとめ」があります。
名前のとおりに、外海から遠く広がる紺碧の角力灘を真紅に染めて沈む夕陽の美しさは、素晴らしいそうです。
道の駅では外海の特産品を販売していて、ド・ロさまそうめん、ぱすた、かんころ餅(サツマイモの薄切りを茹でてから、乾燥させた「かんころ」を更に蒸して、もち米をいっしょについたもの)あご(飛魚)の干物、そして今が旬の枇杷などが、たくさん並べられていました。 -
デミオを5分ほど走らせ、出津文化村にある「外海歴史民俗資料館」の駐車場に到着。
ここは「歴史の道」と、名付けられてド・ロ神父の遺跡までの道は、現在工事中でした。 -
「旧出津救助院」「出津教会」「ド・ロ神父記念館」「外海歴史民俗資料館」「外海子ども博物館」、遠藤周作氏の「沈黙の碑」が点在するエリア一帯を『出津文化村』とよんでいます。
-
深く続く山々と海に面して切り立った岩。
海に面した山あいの集落です。 -
ド・ロ神父記念館の屋根
前回の旅行で初めて知った名前です。
マルコ・マリ・ド・ロ神父
1840年フランスに生まれ、神学校卒業後
1868年石版印刷の技術を伝えるため、宣教師として長崎に渡来。(28歳)
1879年外海地区に赴任。
74歳で亡くなるまで46年間日本で過ごす。 -
外海地区は平坦地に乏しく、昔は、陸の孤島と呼ばれるほど厳しい自然条件の中、禁教の時代にキリシタンが住むのに都合が良かったといわれています。
彼は、33年間を神と外海の貧困にあえぐ人々を救うために、福祉・医療・産業などの技術を伝授し、教会をつくり、外海の人たちの生活の自立を支援するとともに、その信仰を復活させたそうです。 -
ド・ロ神父は建築技術にも造詣深く、長崎市の大浦天主堂に隣接した旧羅典神学校・出津教会・旧出津救助院なども彼が手掛けた建物です。
旧出津救助院(国指定重要文化財)は現在、改修中で見ることが出来ませんでした。
女性が自立できる職場としての「救助院」では、ソーメン・パン製造のほか、当時ではハイカラだった洋服を作るための布生地の製作などを指導。ここでつくられたものは商品化され、居留地に住む外国人たちに売られていました。 -
授産場の1階でソーメン・マカロニ・製粉・搾油作業場、2階で機織工場や修道女の生活の場、礼拝堂としてつかわれました。
機械器具は彼が私財を投じて、ヨーロッパ諸国から購入したもので、ここ記念館で用具などを見ることができます。
記念館は明治18年に鰯網工場として設計施工した建物です。保育所としても使われていました。
そうめんは神父の故国フランス産の小麦粉を使い落花生油を引き油にして作ったもので、現在でも外海の特産品として受け継がれています。 -
記念館には、130年前のミサ用のオルガンがあり、今でもシスターが弾いてくださるそうですが、今日は帰られた後でした。
-
農業・土木の事業も行い、腸チフスが流行した時など、薬局を設け治療にもあたったそうです。
彼は今でも「ド・ロさま」と呼ばれています。 -
長崎といえば「茂木びわ」が有名ですが、家の軒先にたくさんの木が植えられていて、びっしり実がついています。
-
枇杷がなっているのを、久しぶりに見た気がします。
帰りに、道の駅で枇杷を2袋買いました。
梅雨が始まるまで売っていますよ〜って教えてくれました。
20個位入って、150円ほどでした。安くて、びっくり! -
石を積み上げてあります。
修復中でみることができなかったのですが、
旧出津救助院を囲う石積みの塀が「ド・ロ壁」。
石灰と砂を赤土の濁液で混ぜ合わせたものを接着剤として塗りながら、雲母岩を積み上げてつくる
ド・ロ壁工法は、地元の素材を活かして、ド・ロ神父が考案した外海オリジナルの手法だそうです。 -
救助院と出津教会を結ぶ歴史の道の途中にあった
井戸。 -
美しいマリア様が。
-
すがすがしい雰囲気で、心が洗われるようでした。
-
出津教会の階段を学校帰りの中学生が上っていきます。
-
-
先ほどの井戸が右下に見えます。
左の奥には、ド・ロ神父記念館の屋根も見えます。
この道を、130年ほど前に ド・ロ神父様も歩いたのですね。
前回の旅行中ド・ロ神父のことなど全く知らない時に
この道を歩いたのですが、初めてなのに懐かしい気持
ちがしたの憶えています。 -
この出津教会は1882年神父が設計したものです。
一部を増改築していますが、創建から増築まで一貫してド・ロ神父が指導し、無駄のないシンプルな美しさです。
当時の木造の教会は、天井が高いものが多いなかで、この出津教会は、激しい風が吹く外海の自然を考慮して、屋根を低くおさえ、わずかに上に反らせた弓状天井や平天井としたそうです。
確かに、今日は 風が強いです。 -
学校帰りのたくさんの子供たちが靴を脱ぎ、ランドセルもそのままになっています。
-
教会の中では、白い服のシスターが子供たちと
聖書を読んでいました。 -
毎日、こうして学校帰りの子供たちは聖書をよむのでしょうか。
この出津教会は、映画「解夏」で五島を望む教会という設定で舞台となったところだそうです。 -
夕方5時のチャイムが鳴り出しました。
先ほど、デミオを停めた歴史民俗資料館まで急がなくては。
ド・ロ神父記念館の入館料300円にはこの資料館の入場料も入っています。
記念館の受付の女性が電話をしてくれて、資料館では5時過ぎても開けて待っていてくれることになっています。
親切でびっくりしました。 -
外海地区では、1万年前の先土器時代からヒトが生活していて、近世とくに旧藩時代には、大村佐賀藩の領地として厳しく長く暗い谷間生活を余儀なくされていた。
1571年に南蛮文化がもたらされて、キリシタンが広く伝わり、特異な文化が形成されてきた。このような外海には、祖先が残してくれた貴重な資料を、未来の人々に伝えることが、義務だと考えている。
(資料館資料より抜粋)
写真は出津救助院のド・ロ壁 -
「日本の棚田百選」にも選ばれた 大中尾棚田です。
写真愛好家が沢山訪れる撮影ポイントのようです。
一方で、棚田は貯水や地すべり防止など実用的な役目を果たしています。
こちらにも、次回は是非訪れてみたいものです。 -
はるばるフランスからやってきて、貧しい人々や孤児の救済、産業を起こし、深い人類愛をもって、人々の魂と肉体の救済のため、生涯をささげたド・ロ神父が亡くなったのが74歳。時代は違いますが、遠藤周作が亡くなったのが73歳。
前回の旅行では、文学館に行ってみたいと思っただけで訪れた外海。
ここに何故自分が惹かれるか分からなかったけど、いつも心にあった場所。
そして、まだ分かったわけではないのですが、今現在の自分が求めていたものに導かれてここにやって来たんだという気がしました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (16)
-
- たらよろさん 2009/06/08 21:53:24
- 茂木びわ★
- こんばんは〜〜
茂木びわ、オレンジ色が鮮やかで美味しそう。
先日、千疋屋で、美味しい茂木びわいっぱい食べました。
こういう風に木になっているんだってわかって今すごく嬉しいです。
でも、本当にびっしりと隙間無くびわが成っているんですね。
あの時の美味しさを思い出しました。
また、食べたいなぁ。
たらよろ
- ばばろあさん からの返信 2009/06/09 21:37:22
- RE: 茂木びわ★
- こんばんは〜♪
> 先日、千疋屋で、美味しい茂木びわいっぱい食べました。
たくさん、果物食べられたみたいで、かなり 羨ましかったです〜(笑)
新宿の高野フルーツでは、何度かビュッフェで食べたことがありますが、最近はご無沙汰しています。
この地域では、一軒に必ずといっていいほど、びわの木がありました。
我が家の近くでは、柿の木が必ずあるのと一緒ですね。
お菓子代わりに、子供たちのおやつになっていたのでしょうかね。
さきほど、恵比寿のビール作成中ですが、おじゃましてしまいました。
何度か行って私も飲んだことがあります。
恵比寿には美味しいお店も多くて、食いしん坊には魅惑的な街ですね。
ばばろあ♪
-
- コクリコさん 2009/06/06 21:02:13
- 長崎へ
- ばばろあさん、こんばんは。
長崎に旅行されていたのですね。
私は行きたいと思いながらまだ一度も行ったことがないのです。
でも、いつかきっと行くと思っています。
その前に、ばばろあさんのお誕生日だったのですね。
おめでとうこざいます。
ご家族のみなさまと楽しいお誕生日を過ごしていることでしょう。
また新しい1年、心に残る旅ができますように♪
遠藤周作の作品は狐狸庵先生シリーズや「沈黙」「深い河」、そしてキリスト教絵画に関係のあるいくつかの本、「マリー・アントワネット」など、どのくらい読んだか覚えていないのですが、かなりファンでした。
でも、ばばろあさんほどの思い入れはなかったなぁと、お恥ずかしいです。
長崎に遠藤周作文学館があったなんて知らなかったですもの。
もしかして奥様も文学館にかかわっていたかしら?
遠藤周作のキリスト教に関しての話はわかりやすいし、キリスト教の絵画や逸話が好きなので、遠藤さんに頼りっぱなしです。
車でないと行きにくいのですね。
車の運転はできないし、夫も免許は若い頃から持っていますが、我が家は車
を持たないので急に運転もできないし。
定期バスを乗り換えて行くのですね。
それ以前に、長崎の主な観光地に先に行かなくては。
美味しいものもたくさんありそうだし、五島列島も行ってみたいなぁ、など夢はふくらみます。
重みのある旅行記を読ませてくださいましてありがとうございました。
- ばばろあさん からの返信 2009/06/06 23:04:26
- 五島もいつか
- コクリコさん こんばんは〜♪
お祝いの言葉を頂き、ありがとうございます。
本当に、うれしいです。
4トラで、たくさんの旅の好きな方たちと知り合いになれ、
お祝いの言葉をかけていただき、胸がじーんとしています。
> 遠藤周作の作品は狐狸庵先生シリーズや「沈黙」「深い河」、そしてキリスト教絵画に関係のあるいくつかの本、「マリー・アントワネット」など、どのくらい読んだか覚えていないのですが、かなりファンでした。
私は、本当に恥ずかしいくらいしか読んでいないのです。
若い頃にTVで、灘中時代の旧友北杜夫さんとマドンナ佐藤愛子さんをめぐってのトーク番組を楽しみに見ていました。
今回、自分がかなり歳をかさねて、彼の言葉をもう一度読んでみると、
胸に響くものが多くて‥
また、読み直しています。
> もしかして奥様も文学館にかかわっていたかしら?
> 遠藤周作のキリスト教に関しての話はわかりやすいし、キリスト教の絵画や逸話が好きなので、遠藤さんに頼りっぱなしです。
文学館をつくるにあたっては、全国から沢山の候補地があがったらしいです。西の果ての、海に面した文学館に行ってみると、外海が、クリスチャンの彼にとって、特別な思い入れのある土地なのだろうなと思いました。
今回の企画展の地元の新聞記事も見ましたが、遺族の方たちがとても協力的で、身近に彼を感じることが出来て、いい企画展でした。
コクリコさんは キリスト教の絵画や逸話がお好きなのですね。
仏像や日本の寺院だけでなく、広い世界に興味が広がっていらして、
スゴイです。旅行記少しずつ読ませていただきます。
今回の旅行は、
計画的なことが苦手なので、急に決めて出かけたのですが、
?の定期観光バスというのが、3000円くらいで今回時間が遅くて寄れなかった黒崎教会も含めて、文化村各所と文学館にも約50分ほどいられるようで、なかなかよさそうです。そういったバスは苦手なのですが、なんとなくこれはノンビリでよさそうでした。
長崎は訪ねたいところが多くて、私も五島には是非一度は!と思っています。あごだしも美味しくて好きです。
旅行記を読んでいただき、メッセージもホントにありがとうございました。
ばばろあ♪
- コクリコさん からの返信 2009/06/07 23:07:52
- RE: 五島もいつか
- ばばろあさん、こんばんは〜
> 私は、本当に恥ずかしいくらいしか読んでいないのです。
多分、私の方が読んでいないとおもいます(^^;)
> 若い頃にTVで、灘中時代の旧友北杜夫さんとマドンナ佐藤愛子さんをめぐってのトーク番組を楽しみに見ていました。
あっ、私も見たことあるような〜「狐狸庵対マンボウ」とか言う対談集もありましたよね。
北杜夫は旧制松本高校でーす。
なぜ知ってるかというと、高校の時の担任の先生が北杜夫と旧制松本高校時代の同級生で、同期会で一緒に写っている写真を見せていただいたからです(^^)。辻邦生は先輩だったかな。
> 文学館をつくるにあたっては、全国から沢山の候補地があがったらしいです。西の果ての、海に面した文学館に行ってみると、外海が、クリスチャンの彼にとって、特別な思い入れのある土地なのだろうなと思いました。
> 今回の企画展の地元の新聞記事も見ましたが、遺族の方たちがとても協力的で、身近に彼を感じることが出来て、いい企画展でした。
まぁ、そうだったのですか。全然知らなくて、、、(^^;)
> コクリコさんは キリスト教の絵画や逸話がお好きなのですね。
> 仏像や日本の寺院だけでなく、広い世界に興味が広がっていらして、
> スゴイです。旅行記少しずつ読ませていただきます。
凄くないです。ただ好きで面白がっているだけで浅いです。
私は無宗教で多神教(^o^)
長崎に行ったら定期観光バスが良いのですね(メモメモ)。
色々教えていただいてありがとうございました。
- ばばろあさん からの返信 2009/06/10 08:57:33
- RE: RE: 五島もいつか
- おはようございま〜す
> 北杜夫は旧制松本高校でーす。
> なぜ知ってるかというと、高校の時の担任の先生が北杜夫と旧制松本高校時代の同級生で、同期会で一緒に写っている写真を見せていただいたからです(^^)。辻邦生は先輩だったかな。
そうだ、松本だったんですよね〜!
えっ?じゃあ
多分遠藤さんが自分の灘中時代に、電車通学で、ものすごくキレイなマドンナの愛子さんへの 思いを おもしろおかしく北さんに話していたのを、
一緒に通ったって、勘違いしたのかも‥
好き勝手な雰囲気に二人が喋っていた、今思えば 贅沢な番組でした。
信州大学ですよね〜
松本って好きです。若い頃は、信州周遊券学割を使って、各駅停車や急行自由席で、北アルプスを眺めに行ったものでした‥(遠い視線)‥
ではでは
ばばろあ♪
-
- 前日光さん 2009/06/04 23:00:51
- 遠藤周作って、本当は。。。
- ばばろあさん、こんばんは〜♪
長崎レンタカーの旅、それも遠藤周作文学館ってところが、なんともシブイですよね。
周作さんは、なんと言っても「沈黙」が、印象的です。
日本に、キリスト教が根付かなかったことが、理屈ではなく分かったような気がしました。
それにしても、ロドリゴ神父が踏み絵を踏んだ場面には胸打たれました。
同時に、しょうもないキチジローの立場も理解できて。。。
狐狸庵シリーズを読んでいると、まるでこれがあの「沈黙」を書いた人なのかと、その落差にとまどいましたが、どちらも遠藤周作その人なのでしょうね。
めったに見られない貴重な文学館のご紹介、ありがとうございます。
いずれ、行ってみたい所となりました。
前日光
- ばばろあさん からの返信 2009/06/06 10:02:00
- RE: 遠藤周作って、本当は。。。
- 前日光さん おはようございます〜♪
見ていただき、そして書き込みまでありがとうございます。
違和感から何度かキリスト教と離れることを考えたそうですが、
大切な母親への愛で、とどまったそうです。
お兄さんを亡くした時は、自分に家庭があっても、孤児になった気分だと言い、母を捨てた父親をずっと憎み、
様々な葛藤の中で、生きた人なのだと思います。
> 狐狸庵シリーズを読んでいると、まるでこれがあの「沈黙」を書いた人なのかと、その落差にとまどいましたが、どちらも遠藤周作その人なのでしょうね。
> めったに見られない貴重な文学館のご紹介、ありがとうございます。
棺には、本人の希望で「沈黙」と「深い河」が入れられたそうです。
> いずれ、行ってみたい所となりました。
不便なので、ドライブがオススメですね、やっぱり。
次は、山陰を考えているのですが、こちらもやはり、
苦手なレンタカーを駆使しての、ドライブでしょうか(苦笑)
ばばろあ♪
-
- momotaさん 2009/06/04 00:55:27
- 深い
- ばばろあさん、こんばんは。
長崎レンタカーの旅ご無事でなによりです(^u^)
ばばろあさんも文学がお好きなんですね♪
私のお気に入りさんにはそういう方が多くて、やっぱり文豪、偉人の
言葉を尊んでいらっしゃるからか人生を楽しんで充実した日々を
送ってるなぁって感じられるんですよね。
ばばろあさんもいつもイキイキしてたのしそうだしね(^∀^)v
導かれるようにやってきた外海で何か感じるものがあったんですね。
いわゆる観光地っぽくないところが渋いですね。
良い旅になったようでよかったですね。
バウムクーヘンおいしそうだわ。
- ばばろあさん からの返信 2009/06/04 19:01:16
- 気品ある男性
- momoちゃん こんばんは〜
拙い旅行記に
メッセージ頂き、ありがとうございます。
最近は、老眼が始まり、本を以前ほど読まなくなりました。
辛いのよね〜これが‥
あっ、イメージがくずれちゃう‥(笑)
また、読み始めようって、この旅行で、思い始めたので、
よかった(^^♪
最近いろいろあって
人生について考えることも多く‥
無償の愛で、異国の地の貧しき人々の救済に、生涯を捧げるって
すごい人。
写真載せていないのですが、ド・ロ神父様って品があって
かなりハンサムなの。心のきれいな人って、顔もうつくしいんだなって
感心しました。
ではでは
ばばろあ♪
-
- jerryさん 2009/06/03 08:51:29
- ドライブ日和
- ばばろあさん おはようございま〜す♪
女友達と ふたりで旅行だなんて 憧れます★
そうですよね〜、知らない土地でのドライブって
勇気が要りますよね・・・ばばろあさん すごい!
私も普段は だんな任せなので
田舎しか運転できなく なってきました
でも、長崎なら海の景色も 山の景色も楽しめるから
レンタカーで 大正解でしたね!
PS
先日、ばばろあさんに教えていただいた
上田のルヴァンさんに 行って来ました〜
フランスパンやスコーンを買って家で食べましたが
すごく美味しかったです♪ありがとうございます
だんなも仕事がら上田は よく行っているのですが
この辺りは 初めて来たようで こんなに洒落た街並みが
あったんだねと 驚いてました。
(前日も行っていて いつも行く 元祖ニュータンタンメン本舗でお昼を
食べたそうですが だんなさんなら もしかしたらご存知ですか?)
また いろいろと教えて下さいね〜〜
- ばばろあさん からの返信 2009/06/04 18:42:03
- RE: ドライブ日和
- jerryさん こんばんは〜
はい、どうにかなりました。
かなり不安だったのですが、楽しく回れました。
一人だったら、そうはいかなかったと思います。
カノジョとは、2度目の旅行です。
最初は、湯田中泊まり、小布施・松代・長野への、電車旅
旅館の仲居さんがものすごく、ひどかったと、思い出ばなしに必ず出てきます。
いいも悪いも印象に残る旅でした。
今回は、きっと、二人にしては頑張ったレンタでしょうか?
カノジョは方向音痴なので、苦手だったと思うのですが、
ナビ以上に頑張っていました。感謝です。
> 先日、ばばろあさんに教えていただいた
> 上田のルヴァンさんに 行って来ました〜
> フランスパンやスコーンを買って家で食べましたが
> すごく美味しかったです♪ありがとうございます
良かったわ〜
もう少し安いといいですよね〜
昨年の上田の旅行記に出した、あのキッシュも桃も
今でも、また 食べたい!と思う美味しさでした。
いつも、同じものはないし、スコーンが前回なくて、すごくガッカリでした。
柳町は随分きれいになりましたね〜
> (前日も行っていて いつも行く 元祖ニュータンタンメン本舗でお昼を
> 食べたそうですが だんなさんなら もしかしたらご存知ですか?)>
聞いてみました。
青木街道の青木村に向って右側のお店?
以前は周りには殆んどお店がなくて、
一度だけ入ったといっていました。
でも、彼は「蕎麦」好きなので、市内の蕎麦屋さんばかり行ってたみたいです。
あんかけ焼きそばのお店も何軒かありますよね。
一度行きました。
青木村って好きなんです。
それも、かなり(^^♪
ではでは
ばばろあ♪
-
- シンバさん 2009/06/03 04:36:02
- じーん。
- ばばろあさん おはようございます。
私の人生すべてのことは、そう、「ひとつだって無駄なものはなかった」と今にして思うことができる。
じーんと沁みました。
最後に、そう思いたいものです。
シンバ
- ばばろあさん からの返信 2009/06/04 18:26:52
- RE: じーん。
- シンバ氏 こんばんは〜
私も最後、そう思えたらいいなと思いました。
今だって、そう思えたらいいんでしょうが。
久しぶりに遠出をして、気持ちが、日常から離れることが出来て、
心が解き放たれ、いつもと違う自分になれたかも‥ちょっとだけ
拙い旅行記読んで頂いて、ありがとうございます。
ばばろあ♪
- シンバさん からの返信 2009/06/04 22:20:55
- RE: RE: じーん。
- そうそう、今の自分にとって、長崎はとっても遠い場所です。
二十数年前に一度行きましたが、それきりなんです。
特に、大の親友が住む生月島へ行きたいと、ずーっと思っています。
けど・・・
一泊二日ではもったいない。
二泊三日だと、もっちょっと遠くへ行きたい。
・・・となってしまう、びみょーな距離です。
シンバ
- ばばろあさん からの返信 2009/06/04 23:06:25
- RE: RE: RE: じーん。
- > 特に、大の親友が住む生月島へ行きたいと、ずーっと思っています。
なんて読むの?どこにあるの?
さがしました。平戸市になった いきつきじま って読むんですね。
シンバ氏さんちからだと、名古屋空港から(セントレアっていうんでしたっけ?)になり、羽田より30分くらい近いのでしょうね。
せっかちさんとしては、ほんとーに びみょーですね。
魚が、すごーーーく美味しそうな島。
って、島ってどこも美味しいんでしょうが。
烏賊が美味しいのかな。
あれは 呼子だった‥
ばばろあ♪
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
16
42