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長崎県西海市大瀬戸町松島を紹介する旅行記です。<br />けんちゃんはおとなりの長崎市池島町在のものです。<br />ここでは松島を紹介する<br />写真集とします。<br /><br />現在のところけんちゃんは2005年10月に一度だけ<br />松島に上陸しています。<br />ひとまわりしてみてこの島の最大のうりは<br /><br />桂小五郎が大村藩のヘッドと密会を持った<br />旅籠・三国屋跡が<br />国家的歴史的遺構だと思います。<br />三国屋の屋敷跡は、松島の玄関口釜浦港から、<br />入江沿い50メートル程のところにあります。<br /><br />このことはほとんど無視されているようですが、<br />日本の歴史を大きく動かした<br />ポイントだと思います。<br /><br />けんちゃんの住む池島と松島の間には<br />佐世保行きの高速船が一日に3便<br />就航していますが、<br />池島・松島間に乗船する人は極めて少ないようです。<br />通常池島と松島の間のルートは<br />大瀬戸経由で行われているのが普通です。<br /><br />ここ、表紙で示した画像は松島炭鉱の遺構であります。<br /><br />松島を紹介したHPとして<br />すぐれものとして<br />岩松さんの<br />http://www.ne.jp/asahi/oseto/matsusima/oosetocyoumatsusima.htm<br />を挙げておきます。<br />

けんちゃんの西彼杵(西海市大瀬戸町松島)日本一クリーンな火力発電所のある島・炭鉱のあった島

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2005/10/27 - 2005/10/27

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けんちゃん

けんちゃんさん

長崎県西海市大瀬戸町松島を紹介する旅行記です。
けんちゃんはおとなりの長崎市池島町在のものです。
ここでは松島を紹介する
写真集とします。

現在のところけんちゃんは2005年10月に一度だけ
松島に上陸しています。
ひとまわりしてみてこの島の最大のうりは

桂小五郎が大村藩のヘッドと密会を持った
旅籠・三国屋跡が
国家的歴史的遺構だと思います。
三国屋の屋敷跡は、松島の玄関口釜浦港から、
入江沿い50メートル程のところにあります。

このことはほとんど無視されているようですが、
日本の歴史を大きく動かした
ポイントだと思います。

けんちゃんの住む池島と松島の間には
佐世保行きの高速船が一日に3便
就航していますが、
池島・松島間に乗船する人は極めて少ないようです。
通常池島と松島の間のルートは
大瀬戸経由で行われているのが普通です。

ここ、表紙で示した画像は松島炭鉱の遺構であります。

松島を紹介したHPとして
すぐれものとして
岩松さんの
http://www.ne.jp/asahi/oseto/matsusima/oosetocyoumatsusima.htm
を挙げておきます。

  • 昔々の松島港です<br />昭和28年ころか

    昔々の松島港です
    昭和28年ころか

  • ここは松島にあるかつての旅館「三国屋]<br />跡地である。<br />このなにもない空き地は<br />実は日本の近代史において<br />極めて重要な意味をもつ場所なのである。<br />-----------------------------------------------<br />大村藩における統幕の志士渡辺昇は、慶応二年((1866)薩摩、長州、大村各藩の連合に奔走していたが、同年十一月、長州藩士・桂小五郎から銃器購入の世話を依頼され、大村藩の重臣たちに時局が重大であることを説いてもらう約束で、薩摩に行くことを中止して、急遽長崎に赴き、早速外国商館と銃器購入について交渉に当たったが、折柄長崎に立ち寄った小五郎を、長崎の幕吏が捕らえようとしたため、昇は奇策を用いて小五郎を救い出した。<br />このときの武器取引の商談の相手はもちろん<br />トーマス・グラバーである。<br />当時小五郎は薩摩・長州を中心に<br />幕府との決戦にむけて武器の調達に奔走<br />していたのである。<br /><br /> その後小五郎は無事に銃器を購入し、福田(長崎市)を出港して松島を訪れ、三国屋に宿泊したといわれる。<br />その折、大村藩主純熙は、松島に家老江頭隼之助、御用人大村一学とともに渡辺昇を遣わし、小五郎一行を歓待したという。<br /><br />その日は酒宴を開いて大いに談話し、小五郎は隼之助に時局の重大さを説き、手土産に「国重」の刀鍔を贈ったが、隼之助も「重秀」の短刀を小五郎に贈って、感謝の意を表し、<br />「夢は夢 夢の夢にて過ぎこしを 今宵はさめて、君と語りつ」<br />と、和歌一首を詠じて小五郎に胸中を示した。<br />小五郎は、この日の歓待を謝しながら、松島を去ったといわれる。<br /><br />その後、三国屋は火災により類焼したが、その屋敷跡が当時をしのばせている。<br /><br />(http://mtzk.blog.ocn.ne.jp/ohseto/2005/08/index.html)<br />松崎哲也氏による電子版「大瀬戸の郷土史より」からの引用<br /><br /><br /><br />

    ここは松島にあるかつての旅館「三国屋]
    跡地である。
    このなにもない空き地は
    実は日本の近代史において
    極めて重要な意味をもつ場所なのである。
    -----------------------------------------------
    大村藩における統幕の志士渡辺昇は、慶応二年((1866)薩摩、長州、大村各藩の連合に奔走していたが、同年十一月、長州藩士・桂小五郎から銃器購入の世話を依頼され、大村藩の重臣たちに時局が重大であることを説いてもらう約束で、薩摩に行くことを中止して、急遽長崎に赴き、早速外国商館と銃器購入について交渉に当たったが、折柄長崎に立ち寄った小五郎を、長崎の幕吏が捕らえようとしたため、昇は奇策を用いて小五郎を救い出した。
    このときの武器取引の商談の相手はもちろん
    トーマス・グラバーである。
    当時小五郎は薩摩・長州を中心に
    幕府との決戦にむけて武器の調達に奔走
    していたのである。

     その後小五郎は無事に銃器を購入し、福田(長崎市)を出港して松島を訪れ、三国屋に宿泊したといわれる。
    その折、大村藩主純熙は、松島に家老江頭隼之助、御用人大村一学とともに渡辺昇を遣わし、小五郎一行を歓待したという。

    その日は酒宴を開いて大いに談話し、小五郎は隼之助に時局の重大さを説き、手土産に「国重」の刀鍔を贈ったが、隼之助も「重秀」の短刀を小五郎に贈って、感謝の意を表し、
    「夢は夢 夢の夢にて過ぎこしを 今宵はさめて、君と語りつ」
    と、和歌一首を詠じて小五郎に胸中を示した。
    小五郎は、この日の歓待を謝しながら、松島を去ったといわれる。

    その後、三国屋は火災により類焼したが、その屋敷跡が当時をしのばせている。

    http://mtzk.blog.ocn.ne.jp/ohseto/2005/08/index.html)
    松崎哲也氏による電子版「大瀬戸の郷土史より」からの引用



  • 松島港近くの<br />かつての「花街」のあと<br />二階建ての建物は<br />かつての<br />「かざりまど」造りの家々で<br />娼婦たちの置屋だったところ<br /><br />松島は長崎の数百に及ぶ<br />炭鉱町の発祥の地である。<br /><br />炭鉱としての歴史は200年にも<br />及んだが昭和40年代に<br />廃鉱となっている。<br />その後も<br />松島に発した炭鉱は<br />「三井松島」の名前をひきついでいる<br />松島・大島・池島の諸炭鉱が<br />それにあたる。<br /><br />現在松島は<br />日本で最初の純粋に<br />石炭で発電を行う<br />「松島火力発電所」の島でもある。

    松島港近くの
    かつての「花街」のあと
    二階建ての建物は
    かつての
    「かざりまど」造りの家々で
    娼婦たちの置屋だったところ

    松島は長崎の数百に及ぶ
    炭鉱町の発祥の地である。

    炭鉱としての歴史は200年にも
    及んだが昭和40年代に
    廃鉱となっている。
    その後も
    松島に発した炭鉱は
    「三井松島」の名前をひきついでいる
    松島・大島・池島の諸炭鉱が
    それにあたる。

    現在松島は
    日本で最初の純粋に
    石炭で発電を行う
    「松島火力発電所」の島でもある。

  • これも同じ通りである。

    これも同じ通りである。

  • 松島神社に奉納された珍しい<br />インディアンの絵馬<br />これは珍しい!

    松島神社に奉納された珍しい
    インディアンの絵馬
    これは珍しい!

  • 松島にある火力発電所のポスターです<br />日本で最初の石炭専用の火力発電所です。<br />そういった施設があること、<br />これが日本における発電所の矛盾と<br />資源のない国日本の発電事業の<br />現実をしめしています。<br /><br />この発電所(現在は第三セクター)<br />の存在により松島はなりたっています。<br /><br />ここで使用される石炭のうちの90%は海外炭ですが<br />10%は国産です。<br />それはすべて北海道の海底炭田からの<br />ものです。(釧路の太平洋炭田)<br />

    松島にある火力発電所のポスターです
    日本で最初の石炭専用の火力発電所です。
    そういった施設があること、
    これが日本における発電所の矛盾と
    資源のない国日本の発電事業の
    現実をしめしています。

    この発電所(現在は第三セクター)
    の存在により松島はなりたっています。

    ここで使用される石炭のうちの90%は海外炭ですが
    10%は国産です。
    それはすべて北海道の海底炭田からの
    ものです。(釧路の太平洋炭田)

  • 発電所の内部<br />10月でしたが室内温度は44℃でした<br />

    発電所の内部
    10月でしたが室内温度は44℃でした

  • 松島発電所には2基の発電機があります。<br />まったくおなじ格好をしたものですが<br />メーカーが違います。<br />日立と東芝でした<br />

    松島発電所には2基の発電機があります。
    まったくおなじ格好をしたものですが
    メーカーが違います。
    日立と東芝でした

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この旅行記へのコメント (1)

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  • yoshimurabunkoさん 2016/10/26 22:34:16
    松島の白黒写真について。
    長崎ケーブルメデイアで「長崎原爆記録全集」(現在24回放送)を放送しています、担当吉村と申します。この番組で検証している過去放送分の長崎原爆カラーフィルムの一部に松島が映っていまして、もしよかったらその白黒写真を番組での使用許可をいただけないでしょうか。ほぼ同じアングルから米軍がカラー動画で撮影しています。長崎市近郊付近だけのオンエア番組です。放送予定はねんまつか1月になります。なんのお礼もできませんが放送後には番組同録DVDお送りします。どうかよろしくおねがいします。
    yoshimurabunko@yahoo.co.jp

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