2009/05/08 - 2009/05/08
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草廬の隠者さん
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お台場を彷徨おういやもとい歩こう・その2
レインボーブリッジを降りたらすぐ、右を見よう。
そしたらすぐに、海が見える(灰色だけど)。
空も見える(曇ってるけど)。
第三台場も見える(街灯ないけど)。
人も居ないけど(平日だし天気悪いし)。
でもまあ、たまにはそんな日があってもいいじゃないか・・・・・・・。
んじゃ、始めましょか。
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- JRローカル 徒歩
-
さて。
レインボーブリッジを降りてすぐ、台場側受付のおいちゃんに会釈でもしながら階段を降りよう。
んで、右側を見る。
こんな風景が見れるよ。 -
もう少し前へ。
これが休日でもう少し暑い季節だったらそらもータイヘン、人だらけ(笑)。
老若男女問わずの多国籍軍がこの大して広いとも思えんビーチをひしめかんばかりに大集結、海につかる、ビーチバレーをやる、浜辺を掘る、ウインドサーフィンをやる、そこいら中走り回る、
しかし、城を造ってるところは未だ見た事はない・・・・・・。 -
静かだ・・・・・・・。
たまーにボートが湾内を走り回る程度。
夏だったらウインドサーフィン、夜になれば屋形船が多数行き交い(これは一年中)、遊泳禁止なのは構造的に水深が深いため、とのこと。 -
海岸線も入れて撮ってみる・・・・・・。
物の本によれば(どっかのガイドブック・・・・・)函館の夜景があれほど綺麗なのは海岸線のシルエットがくっきり浮き出ているからだそうだが(函館の夜景は自分も見たがまあ同感)、お台場の夜景もそんな感じなんだろうか?
夜景も撮るつもりだから降らんでくれ・・・・・・ -
これは第三台場(台場公園)の入り口。
街 灯 が な い 。
一応第三台場の内部も写真に撮ってあるけど、見たい人います?
弾薬庫跡とか、陣屋跡とか、砲台跡とかその他色々。
ただし、この日は雨のせいで下にあちこち池が出来て、うっかり地雷を踏んで靴を水浸しにしてしまった・・・・・・。
・・・・・・・冷たかった。 -
これは第三台場から撮影したレインボーブリッジ。
レインボーブリッジの手前に写っているのは第三台場の周囲に植えてあるクロマツの木。
ちなみに写真の手前に写っているのは砲台跡のレプリカの頭部分。
でも台場建造時と同時代のものではない、との事。 -
この写真はさっきのクロマツの林の防衛ラインを越え、そしてさらに最終防衛ラインの柵を乗り越え(をい!!!!!)台場の基礎の石垣の上から撮影したレインボーブリッジ。
ちなみにお台場放浪記のトップページを飾ったレインボーブリッジの夜景の写真はここから夜間にレインボーブリッジを撮影したものな訳だ。ハイ。 -
さて、第三台場を出て、海岸沿いをフジテレビ本社へと向けて歩く。
ふと気づいて、足元の波打ち際を撮ってみる。
雨のせいで海面が濁ったのか、あんまし綺麗に見えないなぁ・・・・・・・。 -
もちろん海だから、こんなものもいる。
お盆前なんだが・・・・・・・ -
これはビーチ側から撮影した、レインボーブリッジと第三台場。
波打ち際から少し下がると、ボードウォークがあってそっちの方が歩きやすいかな。 -
砂浜を歩いてみたら、こんな看板が。
この砂浜を造成するときに使用したのは、伊豆七島がひとつ、神津島の多幸湾から運ばれて来た白砂、との事。
神津島とはその昔、事代主命(コトシロノヌシ、で読み方は合ってるかな?)が、伊豆の島々を作る為に、神々を集めて相談をする拠点にした場所、だそうな。
またの名を「神集島」。成程・・・・・。
ちょっと本を紐解くと、この神様は因幡の白兎で有名な大国主命の息子らしい。釣りが大好きで、鴨都波神社(奈良県御所市)の御祭神だそうな。
海の神様、商業の神様でもあるらしい。
海と商業の神様とは何とも、現在のお台場にふさわしい神様ではないか!!
ご参考までに。
ttp://vill.kouzushima.tokyo.jp/index.html -
近くまで来て撮影したフジテレビ本社。
が、画面が暗い・・・・・・・・。 -
空の様子が凄いことになっている。
向こうに見えるのは「鳥の島@防波堤」かな? -
そうこうしているうちに見えてくるのが自由の女神、通称「台場の女神」
・・・・・・・・の、後姿。
失礼ながら女神様、アナタはどちらを向いて立っておられるのか? -
これはマリンハウス。横にはボード保管庫も。
3階には展望広場、4階にはデックス東京への連絡通路アリ。1階にはインフォメーションセンター。
売店やカフェ、有料のシャワー、ロッカールームもあり。
自分はマリンスポーツはやらないが(一応泳げるけど)、楽しいのかな? -
海上(水上)バス「お台場海浜公園」待合所。チケットもこちらでドゾー
ちなみに、この海上バスは東京都観光汽船が運航していて日の出桟橋、浅草、浜離宮、豊洲、晴海、お台場海浜公園、パレットタウン、東京ビックサイトと8つの乗り場あり。
このお台場海浜公園からはお台場ラインで日の出桟橋〜晴海(サイト掲載料金200円)までが約5分、晴海〜お台場海浜公園(〃300円)までが約15分、とのこと。
日の出桟橋〜お台場海浜公園までだと料金は460円、だそうな。
浅草・お台場直通ラインだと例の「ヒミコ」が2004年3月26日から運行してますな。 -
こちらは実際の海上バス発着場。
乗船はこちらからドゾー。
でも、自分は一度も乗ったことがナイ・・・・・。
歩いてばっかし。 -
海上バス発着場
・・・・・の、隣にある突堤。
眺めはいい、いいんですがなにせこの通りさえぎるものは細い柵のみの吹きっさらし、荒天による高波注意。 -
さっきの突堤から振り返ればフジテレビ本社が目の前である。
-
スカイウォークを下から撮影。つつじが綺麗ですな。
これは見ての通りお台場海浜公園とシンボルプロムナード公園を繋ぐボードデッキなわけだが、自分はこのボードデッキの名称を探す時何度も出て来る「スカイウォーク」の名称に、何故東京お台場に横浜のベイブリッジの遊歩道が出て来るのかしばらく悩んだ・・・・・・。
同じ名前だったんやね(笑)。 -
今やお台場には欠かせない観光名所・自由の女神ならぬ「台場の女神」。
ニューヨークの自由の女神が有名だが、コレもともとの作成者はフランス人だったそうな。「彼女」の顔は作者である彫刻家の母親がモデルだったらしいが、この女神様がハルバル来日されたきっかけは「日本におけるフランス年」の事業の一環としての期間限定(1998年4月29日から1999年5月9日)で、あまりの好評ぶりに最終的にはクーベルタン鋳造所でレプリカがフランス政府公認で作成され、2000年から再びこのお台場に鎮座おわします、とのこと。
うーむ。 -
展望デッキ。
夜になるとこの棒状ライトに明かりがつき、お台場の夜景もあいまってかなりの幻想的なムードになりそうだ。
でも今回は多分ここの夜景写真を撮る時間はない・・・・・。あーあ。 -
これはアクアシティかな。後ろにはフジテレビ本社、直進すれば台場駅、右へ行けばホテル日航東京。
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台場駅に向けて直進すると、フジテレビ本社もこんな角度に。
-
今日は台場駅は使わずに、都立潮風公園を右手に見つつ直進。
船の科学館が見えて来ます。
しかし、現時点で時刻はPM5:00を回っておりまして、今日は入れませんな。 -
ところで、船の科学館を通り過ぎてそのまま直進すると、青海客船ターミナルがあるわけだが、そのすぐとなりにナニやら見覚えのある白くペイントされた船体に青の旗、船体にある青いロゴマークのアクセント・・・・・・・
・・・・・海保の船が何隻も停留中ですた。
行くまで知らんかったんですが、船の科学館の特殊救難隊の宗谷を使った展示訓練といい、お台場は海保好きにとっても楽しい場所ですな♪
ちなみにこれはCL136(巡視艇)「やまぶき」&CL02(巡視艇)「はやかぜ」。 (第3管区) -
第3管区CL02(巡視艇)「はやかぜ」。を単独で。この写真を撮る直前に「やまぶき」は出航していってしまいました・・・・・・
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これはPC01(巡視船)「まつなみ」。(第3管区)
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これは出航直前のCL136(巡視艇)「やまぶき」を単独で。(第3管区)
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さて、海保の巡視艇&巡視船ばかりでなく、記念艦の方も見に行くとしますか。
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まずは羊蹄丸の全景を。
おなじみ青函連絡船「羊蹄丸」。
明治41年3月に開通した、津軽海峡を往復する国鉄青函航路の連絡船。就役は昭和40年。船の名称は多分「羊蹄山」から取ったんだろうな〜。
寿命はざっと22年7カ月かな?
昭和63年3月青函トンネルの完成で青函連絡船は約80年の歴史に終止符。
お疲れさまでした。 -
夕陽が船体に映えて綺麗だー!!
-
羊蹄丸・後ろから。
ちなみに船内は青函シアター、青函ワールドといった、ちょっとした青函ミュージアムになっているようだ。
そのうち時間を見て入ってみよう。 -
羊蹄丸を前から。
全景を撮りたかったのだが、スペースの関係で無理ですた。
これ以上下がるとまずは柵に背中をぶつけ、そのあとお台場の海に落下する・・・・・・。 -
羊蹄丸のスクリュー。それぞれ左舷右舷に一基ずつ据えられていたらしい。
-
宗谷!!!
まずはゆっくり見る。 -
自分が宗谷の名前を最初に識ったのは白瀬矗陸軍中尉の伝記を読んだのが最初だったなぁ・・・・・。
宗谷の名前は当然宗谷海峡からの命名だろう。現在の南極観測船「しらせ」は彼の名前から。
しかし日本で人名を船名にするってのは正直聞かない。
軍艦にしても確か明治大帝の御下命で人名は使われない慣例だったはずだが・・・・・・・。 -
海上自衛隊曰く、「しらせ」の命名は白瀬中尉からではなく、彼の名前を付けた昭和基地の近くにある「白瀬氷河」からの命名、とのこと。
さて、この「宗谷」であるが。
この「宗谷」の知名度を一気に押し上げたのは無論初代の南極観測船(砕氷艦)に就任してからであるが、もともとは1936年(昭和11年)、何とソ連からの発注で建造された「貨物船」だったんだそうな。
元の名前は「ボロチャエベツ(ボロシャエベツ)」。
で、第二次世界大戦直前だったんでソ連には渡されずそのまま日本で竣工、当時の名前は地領丸。
現在の名「宗谷」となったのは帝国海軍が地領丸を買い上げて特務艦として改装してから。由来はもちろん宗谷海峡で、特務艦の名前は海峡名から選ばれていたから、とのこと。 -
考えてみればこの「宗谷」、正式に連合艦隊に所属して大東亜戦争を戦い抜いた、現存する数少ない「軍艦」なんだよなー。
自分もこの宗谷の他には横須賀にある日露戦争時の連合艦隊旗艦、戦艦三笠しか現存する帝国海軍艦艇は知らない。ただし戦艦三笠とは違い、現在でも船籍を所有していて、走らそうと思えば走らせられるらしい。
ちなみに帝国海軍での分類は「特務艦」、海保での在籍歴もあってそっちの分類は「巡視船」。
・・・・・・と、ここまで書いて来て、宗谷の歴史を知っていくうちに何となくPCの前で黙ってしまった。 -
・・・・・・・何と言うか、この「宗谷」の歴史を知って行くと、とても一言では語りつくせないような「何か」を感じてキーボードを打つ手が止まってしまった。
出来れば直接宗谷を見て欲しい。知って欲しい。
この「宗谷」は、建造、進水から最大限に働き続けた、日本人そのもののような船だ。
本当に、何と言う船だ・・・・・・。
http://www.funenokagakukan.or.jp/soya/index.html -
〆は、アクアシティから見たレインボーブリッジ。
さて、ここからレインボーブリッジを撮ったらすぐに海岸へ戻って真っ暗な第三台場まで急がなければならん訳だ。
何でって、レインボーブリッジは今の季節だと9:00で遊歩道を閉めてしまう、つまり8:30で入場を終了してしまうからその前にレインボープロムナードに入ってしまわなければならないと言う事になる訳だ。
急げ―――――――!!!
三脚担いで走りつつ、〆。
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