2009/05/16 - 2009/05/16
1902位(同エリア6024件中)
シベックさん
世界最古の木造寺院を見たあと、木造では世界最大の大仏殿と鎮座する大仏さまを見てみたくなり、奈良公園へ向かいます。単細胞が考えることはこんなこと・・。駐車場を探して東大寺の周りをウロウロ。手招きする誘導員に従って入った所は、南大門そばのバス専用駐車場でした。雨はいよいよ本降りとなりました。
写真は、奈良・東大寺の大仏殿。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
-
雨の参道・南大門
駐車場を東に抜けると東大寺の参道でした。遠くに南大門が見えています。雨にもかかわらず大勢の参拝客です。修学旅行の学生も多いですね。
鹿がのんびり歩いています。
雨だからか、少し獣の匂い・・。
ズルッ・・キョロキョロしつつ歩いていたら、
踏んでしまいました。下も要注意・・です。 -
鹿のいる参道
優しげな眼をした鹿たちが、
食べ物の匂いを嗅ぎつけると直ぐ集まってきます。 -
じゃれあう鹿
神の使いとされ、
大切にされている奈良の鹿です。
音なしで
近づいてくるので要注意! -
南大門から見る中門と大仏殿
東大寺は8世紀中頃、聖武天皇が国をあげて
建立した華厳宗の総本山。
本尊の巨大な大仏は乱れた世の平和を祈る
人々の願いの結晶。
広い境内には、多くの国宝建造物が建ち、
天平仏の傑作が揃っています。 -
南大門の仁王像
迫力の金剛力士立像が左右から
睨みをきかす。
左には阿形(あぎょう)像。 -
阿形像のアップ
-
右の金剛力士立像
吽形(うぎょう)の仁王像。
仏師は有名な運慶・快慶の作。
一般的な配置とは左右が
逆転し置かれています。 -
傘の花が咲く中門への参道
大仏殿には中門の左側の廻廊入口から
チケットを買って入ります。 -
中門外から見る大仏殿
中門や大仏殿は兵火にあい
何度も再建された。 -
中門の外から見る大仏殿
現存の大仏殿は江戸時代に
再建されたもので、
正面の間口は57.5m、奥行50.5メートル、
棟までの高さ49.1m。
高さと奥行は創建当時とほぼ同じ。
間口は創建当時(約86m)の
約3分の2に縮少されている。 -
廻廊西側からの大仏殿
この大仏殿は、明治時代に建てられた
東本願寺御影堂とともに
「世界最大の木造建築」としてしばしば
紹介されています。
ちなみに、近代の建築物では、
アメリカの飛行船格納庫や秋田のドームなど、
大仏殿を上回る規模のものもあるようです。 -
大仏殿正面
大仏殿の奥行と高さは、中に大仏が納まっているため
2度の再建でもほぼ変わっていなく、間口は江戸期のものが7間(柱間の数・約58m)であるのに対して、
創建時と鎌倉期は11間で今の1.5倍(約86m)もあったそうです。
鎌倉期に再建された大仏殿は、現在も北京に残る
「旧紫禁城太和殿」によく似た外観だったとか・・。 -
参拝客でにぎわう大仏殿
奈良の「大仏さん」に間もなく面会・・。
久し振りで少々興奮気味です。 -
八角燈籠と大仏殿
大仏殿のすぐ前には、天平最古の燈籠で、
火ぶくろの扉に音声菩薩(おんじょうぼさつ)と
いう天女像をすかし彫りにした
金銅八角燈籠が立っています。
幾度もの火災をも免れたこの燈籠は、
奈良時代の代表的な工芸品。 -
唐破風の屋根
見上げるばかりの巨大な屋根・・。
大仏殿の「唐破風」は、
中央の1間・約8mの間に架けられています。
再建された鎌倉期の大仏殿には
なかった屋根で、
この唐破風屋根により、
大雨の時の滝のような雨だれに
打たれることもなく、
出入りができるようになったそうです。 -
奈良のビッグスター
大仏さんを目の前にすると、
その大きさと
慈悲の微笑みに感動させられます。
聖武天皇の発願で天平17年(745)に
制作が開始され、
天平勝宝4年(752)に開眼供養会が
行われたそうです。
高さ16m重さ380トン、
延べ260万人を動員し造られました。 -
左から見た大仏さん
盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう)は、
一般に「奈良の大仏」として知られる仏像で、
東大寺金堂(大仏殿)のご本尊。
「銅造盧舎那仏坐像」の名で彫刻部門の
国宝に指定されています。 -
大仏殿と堂内
巨像の奈良の大仏像は、
脚の部分から頭部まで全部で8段に分け、
多くの困難を乗り越えて
鋳造したことが知られています。
像自身は金属の外皮のみで
自立しているため、
現代的な表現で云えば
「モノコック構造」に近い
構造物だそうです。 -
柱越しの大仏像
現存の大仏は基壇の周囲が70m。
像の高さは約14.7m。
頭部は江戸時代の作で、
体部は大部分が鎌倉時代から室町時代の補修。
一部には、天平時代の部分も
残っているそうです。 -
広目天像
江戸時代の木像で、
大仏殿内の西北隅に安置されていました。
四天王のうち西方を守る神で、
筆と経巻を持っています。 -
大仏像の北堂内
右に見えるのは基壇と大仏像の後ろ姿。
大仏殿の模型が展示されていました。 -
北側の堂内
薄暗い中に、丸く太い柱と多くの横架材が見えていました。
屋根を支える2本の虹梁(こうりょう)は、それぞれ長さ23.5mの赤松が使われており、
宝永元年年(1704)、日向国の白鳥神社から大和国の東大寺まで、延べ10数万人が参加し9ヶ月をかけ運搬されたそうです。
大仏殿への取り付けは宝永2年(1705)3月に行われ、
4月に上棟式が行われたそうです。 -
二つの像
堂内に展示された持国天像と増長天像の頭部。
広目天と多聞天像は
寛政の時代に完成したそうですが、
この2体は完成することなく
素木(しらき)の頭部だけが残されたそうです。 -
柱に空いた穴・・
大仏殿の柱のなかの一本に空いている穴は、
大仏さんの鼻の穴と同じサイズ・・。 -
大仏の鼻の穴をくぐり
「大仏さんの鼻の穴くぐり」は、
おすすめの人気スポットだとか・・。
この穴をくぐると、
無病息災のご利益があるとされています。
太めの人でも潜り抜けられるそうです。 -
最後にもう一度・・
-
大仏殿の軒裏
全てが・・ビックサイズです。 -
中門と手洗い舎
中門は大仏殿と共に、治承4年と永禄10年に
火災で焼失。
現在のものは、宝永6年(1709)に再建されたもの。
中門の両脇は廻廊になっており、
廻廊に囲まれた内庭は儀式の行われるところ。 -
振り返って見た雨の大仏殿
お坊さんが大仏殿の大扉を閉め始めました。
時計は夕方の5時・・。
雨にしっとりと巨大な東大寺金堂。
盧舎那仏像を守る大仏殿です。 -
南大門
大仏殿の正門。東西五間(約9m)、
南北に三間(約5m)、高さが約25m、
重層の入り母屋造りに瓦ぶきの豪壮な総門。
今の南大門は鎌倉時代に再建されたもので、
天竺様式を今に伝える代表的な建物だと
言われています。
この門を抜け、門前のみやげもの処に・・。 -
門前に並ぶ店舗街
食事処やみやげ物屋さんが並ぶ通り。
突然「キャー!」・・と、
大きな悲鳴が聞こえてきました。
何事かと振り返ると、女性の後ろに3頭の鹿・・。
みやげ物屋のおばさんが棒を持って
追っ払いましたが、鹿は少し後ずさりしたのみ・・。
奈良の風景・・。
〜おわり〜 -
アクセス444444回!
私のページに、ご来訪有難うございました。
今日・6月2日16:33頃、みなさんからのアクセス回数が、
444444回になりました。
pm4:30頃、ページを開けましたら、あとお一人で切り番の
444443でした。これは、またとないチャンスとばかり、更新ボタンを押しながら待つこと数分・・4が6個並びました。
ありがとうございました。m(_ _)m
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