2002/09/09 - 2002/09/18
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kojikojiさん
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旅の後半は台北から地下鉄で移動して、路線バスに乗り換えて烏来温泉へ行きました。バスを終点で降りるとそこからは情緒のある烏来老街を歩きます。日曜日の午前中でしたが、通りは賑わっています。この辺りは少数民族の泰雅族(タイヤル族)のを感じる事が出来る場所です。通りには山の幸の野菜などがたくさん並べられた食堂などもあります。その中の一軒「山地美食屋」という店に入りました。中国語は全く分からないうえに、少数民族の言葉はさらに分からないのですが、この店の女将さんは流ちょうな日本語を話されました。なので料理の注文には全く困らなかったです。小米露という濁り酒を飲みながら川エビと稚鮎の天ぷらなどをつまみました。その他の野菜炒めや川海苔のスープに竹筒ご飯を頂きましたが、これが美味しい。烏来では毎食のように食べていたように思います。老街をぶらぶら通り抜けると撹勝大橋があり、ここから先は有料エリアになるのでお金を払います。そのせいか橋を渡った先は少し落ち着いた雰囲気でした。橋の上から河原を眺めるとたくさんの人が温泉に入ったり川で遊んでいます。今回はこちらには立ち寄らず、トロッコ電車に乗ってさらに渓流の奥に向かいます。終点には巨大な泰雅族の老人の看板がありました。台北のプチ・シャーウッドホテルで予約してもらった那魯湾温泉渡假飯店に向かうと「予約は入っていません。」とのこと。ホテルに電話してもらうと同じ名前のホテルが台東にあるらしく、そこを予約したとのことでした。そちらのキャンセルをお願いして、改めてホテルに部屋を押さえてもらいました。マネージャーさんが日本語を話されるので助かりました。部屋からは南勢渓に落ちる烏来瀑布が目の前に見えました。ここの客室は普通のバスタブでしたが、温泉が出るものでした。ちょっと風情が無いのが残念です。夕食は近くの少数民族のレストランに入り、美味しかった竹筒ご飯をいただきました。そして「瀧の湯」という鄙びた温泉に立ち寄りました。番台のおばさんは昔大阪で働いていたことがあるとのことでしばらくお話をしました。ここは2階に大きな湯船のある部屋がいくつかあり、源泉かけ流しの湯を溜めることからスタートするのでお湯に入るまで時間がかかりましたが、面白い経験でした。翌朝はホテルでゆっくり中華風の朝食をいただき、民俗村にも立ち寄り少数民族ショーも鑑賞しました。すると前の晩にレストランにいた「ウェイトレスのお兄さん」が登場していたのに驚きました。さらに妻はその人と結婚式まで上げてしまいました。大笑いした後はロープウェイに乗って「雲仙楽園」でのんびり。楽しい烏来温泉でした。帰りはホテルのマネージャーさんの好意で撹勝大橋まで車で送ってもらいました。ここまで日本語を話される方にはたくさん出会いましたが、年配の方には日本統治時代に嫌なことがなかっただろうか心に痛みを感じることもありましたが、皆さんの親切には頭が下がりました。
旅の最後は再び弟と合流して九分に向かいました。電車で瑞芳車站 まで出て、バスで九分へ向かいました。ここでもバスで乗り合わせたおばあさんは日本語を話され、久しぶりに日本語を話したと喜んでくれました。
この当時の九分はまだ大して混み合っていなく、のんびりした雰囲気で観光できました。いろいろな店で買い食いしたり、茶館でまったりした時間を楽しみました。そして同じルートを台北に戻り、3人で晩御飯を食べて台湾の旅は終わりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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台北の旅の後半は烏来温泉に行くことにしました。プチ・シャーウッドホテルのフロントにお願いして那魯湾温泉渡假飯店というリゾートホテルを予約してもらいました。まずは地下鉄で新店站 まで出て、駅前のバス停でバスに乗って小一時間の移動です。
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川沿いの道を走っていくのでバスの座席は右側がおすすめです。バスの終点は大きな駐車場です。ここから老街の通りは観光地といった風情で人通りも多く、観光客相手の土産物店や食堂が軒を連ねます。
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野趣溢れる野菜がたくさん並んでいます。この辺りでお昼を食べることにしました。
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「山地美食屋」というタイヤル族のおばさんの店で昼食です。竹筒ご飯が美味しかったです。川海苔のスープなど中華風の味付けもありましたが、初めて食べたのに懐かしい味付けでした。米の濁酒(どぶろく)も美味しく、温泉に到着する前にほろ酔い気分です。
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こんなお店が並び、いろいろなものを店頭で売っています。またそのいくつかでは温泉にも入れるようでした。
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椎茸しか扱っていない問屋さんもありました。観光客が多く歩いていてもこの店に立ち寄る人は皆無です。
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椎茸にこんな種類があるなんて知らなかったです。
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川沿いの老街の道は日曜日ということもあって台北周辺からの観光客で大賑わいです。この左手の撹勝大橋から先は有料になり、料金所がありました。橋の上からは美しい渓流が見えますが、河原では川から湧く露店温泉に入っている人の姿も見る事が出来ました。入れ違いで烏来温泉に来た弟はこの河原の温泉に入ったとのことでした。
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橋を越えると直にトロッコ電車乗り場があり、昔の上野のおさるの電車みたいなトロッコで烏来温泉の奥地に向かいます。隣には車道があるので、車でも徒歩でも行けます。終点で電車を降りると滝と渓谷が望め、山の中に来た感じがします。
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台北小西華飯店/LE PUTIT SHERWOODのコンシェルジェに予約してもらった那魯湾渡假飯店にチェックインしました。のつもりが予約が入っていないとの事だったので事情をプチシャーウッドに確認すると、間違えて台東の同じ名前のホテルに予約を入れてしまったとの事でした。そちらのキャンセルをお願いしてからこちらの部屋の交渉をしました。交渉するまでもなく大きなホテルにも関わらず閑散としていて、眺めの良い部屋を用意してもらえました。部屋の正面には南勢渓に落ちる烏来瀑布が望めます。
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部屋の風呂は普通のホテルのようでしたが、源泉が引き込まれているのでお湯は温泉でした。ちょっと気分が出ませんが温泉には浸かれます。夕食はホテルではなく、近くの原住民料理を食べることの出来るレストランに入りました。ウェイトレスのお兄さんが面白い人でした。
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食事の後は温泉街をぶらぶらしてみます。部屋の温泉をもう一度入る気にはならなかったので、鄙びた温泉に立ち寄ることにしました。
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滝の前の瀧の湯に行ってみるとお風呂のおばさんは昔は大阪で仕事をしていたらしく、懐かしがっていろいろサービスしてくれました。2階の個室風呂に案内され(個室風呂と言ってもかなり広いです。)それから温泉の湯を入れるので時間がかかります。おばさんとビールを飲んで時間を潰しました。
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たたみ2畳分ほどのお湯を張るのでかなりの時間がかかります。周囲には脱衣場があるだけの個室風呂です。こんな部屋が2階に10室くらいはあったようです。開店休業状態でお客は我々だけでした。
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那魯湾温泉渡假飯店のホテルの外壁です。原住民であるタイヤル族のモチーフなのだと思います。
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翌朝も部屋の温泉に浸かってから朝ごはんをいただきました。バイキングでは無くてお粥と総菜がテーブルに並べられます。蒸しパンが美味しかったです。
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晩御飯を食べたレストランで泰雅族の少数民族ショーを見学しました。
給仕してくれた女の子かと思っていたのはお兄ちゃんでした。暗くて分からなかったようです。明日のショーに来てと言われていたのですが…。 -
中国の山間部で見るような本物の少数民族の衣装ではないですが、台湾の少数民族の踊りを見るのは初めてなので楽しかったです。
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きれいなお嬢さんばかりなのにも驚きました。
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美人さんばかりです。
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我々以外は日本の団体さんとそれ以外は数人だけの観客なのが残念です。週末は賑わうのだと思いますが、月曜日の午前中では仕方ないのかもしれません。
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最後に泰雅族の結婚式のショーがあり、妻が花嫁の役になりました。昨晩のウエイトレスのお兄さんが花婿役ですが、妻を背中に背負って走り回ります。
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最前列の席に座ったからでしたが、楽しいひと時を過ごせました。
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烏来瀑布の上までは対岸からロープウェイで渡れます。上には「雲仙楽園」という遊園地があります。日本でも子供の頃に行ったような妙に懐かしい雰囲気を持った所でした。
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烏来瀑布の上側から見た烏来温泉です。
帰りはホテルのマネージャーの好意でバスターミナルまで車で送っていただきました。 -
台北まで戻って「行古行」というアンティーク店で買い物をしました。この当時は骨董品の良いものが数多く並んでいましたが、この10年後に再訪したらお土産物屋さん風になっていました。
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この日の晩御飯は「欣葉」という有名なレストランに行ってみました。日本で台湾料理と言えば渋谷の「麗郷」にしか行かないのですが、本場の台湾料理はおいしかったです。麗郷でも出さなくなった生のシジミがいただけます。ねっとりとした甘みが口の中に広がります。
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腸詰めも愛好に美味しかったです。この時の旅でこの店を知り、次の旅でも2回食べに行きました。
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良い写真が残っていませんでしたが、プチ・シャーウッドはヨーロッパにあるような瀟洒なインテリアのホテルでした。
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翌朝は台北站で弟と待ち合わせしました。地下のホームで電車の発車を待ちます。
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今回は1週間の滞在でありながら台北市内の観光をする時間がほとんどありませんでした。
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兄弟二人の写真を撮ろうとしたところを逆に写真に撮られてびっくり。肝心の兄弟の写真は撮れていませんでした。
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「區間車」は昔懐かしい扇風機が回る電車でした。
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1時間もしないで九分の最寄り駅の瑞芳車站に到着しました。駅前のバス停でバスを待ちます。バス停は2014年に移動したそうです。
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バス停で列を譲ったおばあさんは流暢な日本語でお礼を言ってくれました。当然日本が統治していた頃に教え込まれたのだと思います。決して本人の思いから覚えたことではないと思いますが、九分につくまでいろいろなお話を聞かせていただきました。いろいろお話しできたのは嬉しい事でしたが、反面その当時のことを考えると複雑な気分でした。
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バスの車窓からは美しい景色が広がります。基隆島の先に沖縄があるのかと思うと地理的な近さを感じます。
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「九分老街」でバスを降りてからけっこう歩きますが、お土産物屋も多く退屈はしません。
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まあいろいろなお店が軒を連ね美味しそうな匂いをさせています。
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地元の人しか来ない床屋さんなんてものも営業していました。ただ、店の奥には芋が山積みでした。
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ピーナッツを飴で練ったものです。アセチレンライトに艶っぽく光り美味しそうです。
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「芋圓」とはサトイモ(タロイモ)をベースに作る、台湾の伝統的な団子を使ったデザートです。タロイモの他に数種類のいも団子や小豆がどっさり入ったお汁粉(ぜんざい)のような食べ物です。
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ここらで軽くお昼を食べることにしました。「芋圓は冷たいものと熱いものがあったんオで熱いものにしました。
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あまりお腹が空いていない気がしたのですが、バクバク食べてしまいました。
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展望台まで出て台湾海峡を望みます。厚い雲に覆われていますが、風の流れが速くどんどん流れていきます。
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九分は台湾の一寒村に過ぎませんでしたが19世紀末に金の採掘が開始されたことに伴い徐々に町が発展し、日本統治時代に藤田組によりその最盛期を迎えたそうです。街並みは日本統治時代の面影を色濃くとどめていて路地や石段は当時に造られたものです。
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太平洋戦争後に金の採掘量が減り、1971年に金鉱が閉山されてから町は急速に衰退し、人々から忘れ去られた存在となっていったそうです。 1989年にそれまでタブー視されてきた二・二八事件を取り上げ、台湾でヒットした侯孝賢監督の映画「悲情城市」のロケ地となったことで再び脚光を浴びるようになります。ここへ来たのもその映画を観てきたからです。
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坂の一番上の小学校に近い場所の「九分茶坊」に入りました。
個室になっていて、内装もクラシックに纏められて気持ち良いです。何より高台にあるので眺めが良いです。 -
懐かしい扇風機が回っています。日本では見かけない色遣いです。
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この茶館は100年もの歴史ある古屋敷「翁山英故居」の保存保護を念頭に改修改築したそうです。ここは正式に新北市6番目の歴史的建築として登録されているそうです。
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お茶のセットが到着しました。この時期中国茶に凝っていたのでたまりません。
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九分に来たと言ってもこの茶館でかなりの時間を過ごしていました。
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みんなで変わり番こにお点前を楽しみました。
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最初に行った鶯歌で気に入った茶器を見つけて、台北站近くの古いお茶問屋にも行って気に入ったお茶も手に入れました。新北投温泉の古い茶館にも行けたし、九分でもこうしてお茶を楽しめました。
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妻も現在はリタイアしているので、お煎茶でも習ってもらいたいのですが。
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結構なお点前でした。
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一度店を出てぶらぶら散歩した後にもう一度茶館に戻って買い物をしました。
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売店はこんな雰囲気で風炉に炭が入り、お湯が沸かされています。
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店の女の子にお点前してもらい、気に入った茶葉を少量づつ購入しました。
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「新北市瑞芳区九彬国民小学」に入学しました。
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有名な階段のある豎崎路を下ります。
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急な坂道には風情のある建物が数多く残されています。
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「悲情城市」の看板がいたるところにあります。
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この当時はまだ九分の人気も今ほどではなかったのだと思います。
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提灯に明かりが灯り始めましたが、道行く人の姿はほとんどありません。
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少し雨が降ってきましたが、階段全体が貸し切りのようです。
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「非情城市」は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督による日本の統治終了後の台湾を舞台とした映画で、物語は九份に住む林(リン)一家の三人の息子達を中心に進んでいきます。
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「昇平戯院」に掲げられた看板は「恋恋風塵」という侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の青春映画です。「風櫃の少年」「冬冬の夏休み」「童年往事 時の流れ」と共に、侯孝賢監督の自伝的4部作のひとつで、この映画も九分が舞台になっています。
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暗くなるまで待ちきれないのでそろそろ台北へ戻ることにします。
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と言いながら小腹も空いてきたので買い食いしながら帰ります。
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「佛手」と札が掛かっていますが確かに仏さまの合わせた手のように見えます。
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同じルートをバスと電車を乗り継いで台北に戻りました。
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台北で最後の食事をして旅は終わりました。結局台北市内の観光は出来ませんでした。近いうちにまた来ればいいやと思いながら、再訪できたのは11年後でした。
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旅行記グループ 2002 台湾温泉の旅
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