2009/03/20 - 2009/03/25
62位(同エリア88件中)
ちゃおさん
春秋・戦国の周の時代、各宗主国は合従連衡を唱え、その雄藩に済の国があり、その南には小国魯があった。
この泰山が位置するところは、丁度済と魯の中間辺りで、やや済に近いが、全国津々浦々を渡り歩いた孔子さんからすれば、魯の国からは目と鼻の先程度の位置にある。
孔子さんが山頂の玉皇殿まで登ったかどうか定かに知る由はないが、麓の紅門の傍に大きな孔子臨場の石碑が立っているところからすると、少なくとも、少なくとも、この山の麓にまでは着ているだろう。
孔子が心の師とした堯瞬烏の烏王の烏城は済の先の黄河の畔にあるから、魯から出立した孔子とすれば、泰山のこの山の裾をめくり、済の都に来て、更に烏城へ行く行程にあった。
それでなくても平野部の多い山東省内にあって、この泰山を含む一連の連山は、遠くからみても、直ぐ目に付く、峨峨たる山の連なりで、何事にも興味を持つ孔子とすれば、一度ならず数度、この山を訪ねたに違いない。
今日はこれからこの泰山を下山した後、孔子の生まれ故郷、曲阜まで出て、孔廟、孔府、孔林を訪ねる予定でいるが、この山の上で、一足早く孔子さんにお参りすることができた。
今その孔子廟は山頂直下、玉皇殿の直ぐ下に建っている。いつ頃からこの場所に廟が建てられたのか、詳しい解説もないので分らないが、儒教の盛んだった明の時代にはとうに出来ていた筈だし、その原型は、随分早い頃、秦の始皇帝亡き後の漢の時代には既に出来ていたのではないだろうか。
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