2009/03/04 - 2009/03/17
27位(同エリア36件中)
えるさん
1956年7月26日
このサンティアゴ・デ・クーバの地で革命が始まった。
モンカダ兵営襲撃は失敗に終わったが、革命闘争の成功に向けては重要な意味をなすことになった。
2009年は
キューバ革命から50周年
日本キューバ国交樹立80年
である。
この年にキューバ革命を知ることは
革命を知らない世代が増えているキューバ社会の今後を洞察する上で重要だと思う。
だからサンティアゴ・デ・クーバを訪れた。
ハバナ編
http://4travel.jp/traveler/dantees/album/10318458/
ハバナ近郊農場編
http://4travel.jp/traveler/dantees/album/10318686/
サンタ・クララ編
http://4travel.jp/traveler/dantees/album/10319052/
サンティアゴ・デ・クーバ編
http://4travel.jp/traveler/dantees/album/10319201/
バラコア編
http://4travel.jp/traveler/dantees/album/10319612/
~おまけ~
トロント編
http://4travel.jp/traveler/dantees/album/10318409/
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- タクシー
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高台からサンティアゴ・デ・クーバを見下ろす。
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モンカダ兵営の銃弾痕
ここから革命は始まった。 -
銃弾痕
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モンカダ兵営のグラウンドで遊ぶ子どもたち
戦乱も今は昔 -
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ドミノというゲームをやった。
NHK教育テレビのスペイン語講座の番組の文化コーナーで紹介されていたので、ルールは知っていた。
賭けごとではない。 -
サンティアゴ・デ・クーバのモロ要塞
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大砲
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大砲と兵士
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大砲の弾
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こうして運ぶ
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大砲
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海風になびく国旗
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美しいカリブ海は写真でも言葉でもその美しさを表現し難い。
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米西戦争の絵
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橋
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グランマ島を目指し小さい船に乗る。
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グランマ島到着
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おそらく今も使われているであろうボート専用の埠頭
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食堂の下で撮った。
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謎の白身魚のランチ
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食堂のおばさんと記念写真
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グランマ島全景
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ホセ・マルティの墓前にて
国歌か行進曲みたいな感じのメロディーが大音量で流れ出して、兵士が行進してくる。 -
30分ごとに行われる墓を守る兵士の交代
キューバに訪れて分かったことは、
ナショナリズムがファッション化されていること。
これはキューバにだけとは限らない
どこにでもある国旗やどの学校にもあるホセ・マルティの像やペイント
アメリカを非難したり、フィデル・カストロが革命について語ったり、社会主義を掲げるスローガン
だが、それらの全てが実体をもってとらえられているという感じはあまりしなかった。
キューバ人が安月給にあえぐさなか、
政治的なコミニティである国家への忠誠心よりも今を生き抜く生活力の確保が最重要課題となっている。
それはマイアミへ亡命するキューバ人の数がいいメクルマール(指標)になっている。
同様に50年前の革命に対する熱も
形骸化している感じがした。 -
ホセ・マルティの墓
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ホセ・マルティの像
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お世話になった民宿
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民宿にいたネコ
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フィデル・カストロのポスター
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アイスクリームを売るおじさん
一人で頑張っている。 -
レストランの前は賑やか
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バカルディ博物館
ラム酒で有名なバカルディはもともとキューバでラム酒業を営んでいた。
革命とともに国外へ行った。
今のHavana Clubはバカルディが始めたラム酒 -
サンティアゴ・デ・クーバの街並み
次はバラコア編です。
http://4travel.jp/traveler/dantees/album/10319612/
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