2009/02/27 - 2009/03/02
45594位(同エリア59285件中)
海老庵さん
《覚書》
(1日目)
ANA571便 羽田11:15発 稚内13:10着
稚内空港→抜海(バッカイ)→サロベツ原野→稚内泊
(2日目)
稚内→宗谷岬→猿払(サルフツ)→枝幸(エサシ)→雄武(オウム)→興部(オコッペ)→紋別(モンベツ)泊
(3日目)
紋別→名寄(ナヨロ)→美深(ビブカ)→音威子府(オトイネップ)→クッチャロ湖→枝幸(エサシ)泊
(4日目)
枝幸(えさし)→宗谷岬→ノシャップ岬→稚内空港
ANA572便 稚内13:45発 羽田15:45着
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
早朝、クルマに積もったサラサラの雪を掃き落とし、稚内の宿を5時前に出発する。
凍結した道路には除雪車と雪を運ぶダンプのほかにクルマは通っていない。
除雪車は一晩中稼動していた様子が宿の窓からもうかがい知れた。
片側二車線ある道路の一車線は雪で埋もれている状態である。
クルマは宗谷湾に沿って進み、やがて最北端の地、宗谷岬に。 -
5時40分の宗谷岬は、未だ明けきらない空に雲が低く立ち込めていた。
ライトに照らされた最北端を示すモニュメントは北極星の一稜を型どったのだという。
辺りの雪の色をも暖色に染める照明とは対象的に吹き付ける風は強く冷たい。
露出した指先はかじかんで、それはやがて痛みに変わってきた。 -
早々にクルマに戻り、暖房で冷えた体を温める。
クルマはオホーツク街道を南下する。
雪と氷の車轍はネズミ色の風景のなか、行く手を指し示していた。 -
日の出は、6時半頃に猿払(さるふつ)辺りで迎えた。
猿払とはアイヌ語のサル・プツ「芽原の・河口」という意味らしい。 -
すれ違うダンプは除雪した雪を運ぶために何度も雪捨場との間を往復する。
効率、生産性云々で片付けられない事の方が世の中には多い。 -
風が吹いたり前車に近づき過ぎると、軽い雪は地吹雪の様に雪煙を上げて視界を白く塞ぐ。
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宗谷岬から2時間ほど走り、枝幸(えさし)を過ぎた辺りの海には、数日前に接岸した流氷の残骸の姿がポツン、ポツンと漂っていた。
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更に雄武(おうむ)辺りの海岸では広範囲に亘って流氷が取り残されていた。
恐らく接岸した時の真っ白な流氷原は圧巻だったに違いない。 -
-
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紋別に着いたのは午前10時前。
港内には一部流氷の残骸が浮いていた。
今日は北西よりの風の為、流氷は沖に流された様子。
数日前には視界内の海域全てが氷で覆われていたという。 -
港内ではガリンコ号のすぐ近くでゴマフアザラシが海面から顔を出していた。
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10時30分発のガリンコ号に乗り込む。
乗客はツアー客が殆どで、ほぼ定員いっぱいの盛況ぶり。 -
流氷帯までは20分で突入できるとは乗船前の案内。
風が思いのほか強く、流氷帯はどんどん沖に流されている様子。 -
30分航行してやっと疎らな流氷域を見つけて突進。
遠方からの客のため、ガリンコ号は頑張る。 -
流氷を砕く船首のドリルは、今日はその威力を発揮せず終い。
しかし、ガリンコ号の真骨頂はこれからである。 -
小型船の優位性を活かし、復路はかなり飛ばした。
流される流氷を追って制限時間ギリギリの距離を航行したようで、スピードを出さないと時間内に戻れない所まで来てしまったのだ。 -
風に流される流氷を追った帰りは当然、風上に向かって逆行となる。
デッキのお客は飛沫が掛かる為、屋根の下に避難する。
避難が遅れた客はずぶ濡れになっていた。
そして、揺れも凄まじい。
船酔いする人も多かった。
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