1987/12 - 1988/12
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みどりのくつしたさん
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1987年のクリスマスごろ、僕とKくん(僕が世話を頼まれた銀座ママの子供)は、パリへ行くことにした。
2人とも成田からロンドン経由パリ行きの航空券を持っていた。
というか、もともと東京で買った航空券がロンドン経由パリ行きだったのね。
それなのになぜ、わざわざバスで移動しようと思ったか?
僕が陸路旅行で、ドーバーをフェリーで渡るのににこだわったからだ。
この時期、僕もKくんも、お金はどっさり持っていた。
Kくんも僕も、イギリスでの語学学校での勉強が一段落着いたところ。
僕はケンブリッジ英検特級の試験用の特別クラスを終わり、CPEの試験を受けた。
Kくんは、ボーンマスの有名語学学校「アングロコンチネンタル」の秋のレッスンが終わった。
彼は、ボーンマスの田舎に飽きて(?)、次の学期には僕のいたインターナショナルハウスに移るつもり。
イギリスの冬は寒くて寂しい。
2人は暖かなスペインへ行こうと考えていた。
が、まずとにかくパリへ移動することにした。
イギリスからフランスへ渡るならば、ドーバー海峡を渡りたいもの。
これが、本物の旅行者なんだよ。
英仏海峡をユーロスターでトンネルを通ったり、飛行機で飛んでしまっては面白くない。
僕はスペインに行ったあと、どうするか決めてなかった。
ひょっとして、英仏海峡を渡るのはこれっきりになるかもしれないし…。
それならば、海峡は船で渡らないと話にならない。
ところが、このときは夜の旅で、海峡がよく見えなかった。
だから、次のチャンスには昼のフェリーに乗りました。
実際に乗ってみると、ロンドンからパリへの夜行バスでの移動は大変だった。
バスからフェリーへ、フェリーからバスへと、真夜中に乗継があるんだから。
当然、ゆっくりと眠ることなんか無理だった。
バスは、ビクトリアコーチステーションを夕方に出て、夜にドーバーに到着。
乗客はバスから降りて、ちょっと免税品店で時間をつぶしたりする。
次に、フェリーに乗って、ドーバー海峡を横断する。
ただ、夜なので、何も見えず、ただ眠れないだけ。
フェリーがカレーに着いて、またバスに乗る。
それから、パリへ走って、パリのユーロラインのバスターミナルへ到着するのが明け方。
眠い目をこすりながら、パリの地下鉄(メトロ)駅まで歩く。
地下鉄の切符を買って、さらに移動する。
とにかくパリからスペインへ向かうつもり。
なので、まずとにかく、スペイン方面への列車が出るオーステルリッツ駅へ。
オーステルリッツ駅で、フランス語を使って、マドリッドまでの寝台列車の切符を購入。
それから、オーステルリッツ駅の案内所で「駅から歩いていける距離のホテル」を紹介してもらった。
これが大失敗で、確かに「歩いていける距離のホテル」だったが、メトロを乗り継いだ方がずーっと近かったんだよ(涙)。
この時期僕は、バックパックの他にフライトケースも持ってた。
もちろん、ディパックも持ってた。
だから、パリの街の中を、地図を見ながら、文句を言いながら、重い荷物を持って歩いたんだよ。
睡眠不足とこの歩きで、体力消耗で身体を壊して、パリで寝込んでしまうんだけど(涙)。
ビクトリアコーチステーションの写真が出てきたので、思い出しながら、書いてみました。
http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/europe/victoria_coach_station.htm
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