2008/11/22 - 2008/11/22
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聖徳太子(しょうとくたいし574−622年)は橘寺(たちばなでら)近辺の厩戸(うまやど)で生まれたと伝えられている。
聖徳太子は用明天皇(ようめいてんのう、生年不明−587年)の第二皇子で橘寺前に聖徳太子生誕所と表記された場所がある。ここには飛鳥時代の三十六歌仙の一人で山部赤人(やまべ の あかひと、生没年不詳)とともに歌聖と賞賛されている柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ、660−720年頃)の泣血哀慟(きゅうけつあいどう)の歌の碑が建てられている。
柿本人麿が、愛していた女性の死後、嘆き悲しんで歌を詠んだという歌碑が目を引いた。
(歌碑文)
うつせみと 思ひし時に 取り持ちて 我が二人見し 走出(はしりで)の 堤に立てる
槻(つき)の木の こちごちの枝(え)の 春の葉の 茂きがごとく
思へりし 妹(いも)にはあれど 頼めりし 子らにはあれど
世の中を 背(そむ)きしえねば かぎろひの 燃ゆる荒野に
白妙の 天領巾(あまひれ)隠り 鳥じもの 朝発(だ)ち行(いま)して
入日なす 隠りにしかば 我妹子(わぎもこ)が 形見に置ける
みどり児の 乞ひ泣くごとに 取り与(あた)ふる 物しなければ
男じもの 脇ばさみ持ち 我妹子と 二人我が寝し
枕付(づ)く 妻屋(つまや)のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし
嘆けども 為(せ)むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ
大鳥の 羽易(はがひ)の山に 我(あ)が恋ふる 妹はいますと
人の言へば 岩根さくみて なづみ来し よけくもぞなき
うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
(万葉集巻2,210番)
歌碑には以上の歌が刻まれている。柿本人麻呂は人妻と思われる女性と道ならぬ恋をしていたようだ。女性は亡くなり悲嘆にくれる人麻呂は愛する女性の面影を求めてさまい歩いた。命がけの不倫だったのかもしれないし女性は二人の男性の板ばさみになって自ら死を選んだのかも知れない。人麻呂も人に隠れての忍ぶ恋だったからこそ女性を死なせた悲しみと自責の念が大きかったのかも知れない。この詩は愛する女性の死を悲しむとともに人麻呂が自らのふがいなさ、弱さを侘び、期待を裏切ってしまった女性の魂を鎮める歌だったのではないだろうか、などと空想しながら大和の山を見ながら万葉の時代の悲恋に思いを馳せていた。
(写真は聖徳太子生誕所周辺の光景)
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聖徳太子生誕所にある柿本人麻呂の泣血哀慟(きゅうけつあいどう)の歌の碑。柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ、660−720年頃)は、飛鳥時代の三十六歌仙の一人。山部赤人(やまべ の あかひと、生没年不詳)とともに歌聖と賞賛されている。
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聖徳太子生誕所の入り口。
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聖徳太子生誕所にある柿本人麻呂の泣血哀慟(きゅうけつあいどう)の歌の碑。
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聖徳太子生誕所周辺の光景。
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聖徳太子生誕所周辺の光景。
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聖徳太子生誕所周辺の光景。
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聖徳太子生誕所周辺の光景。
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聖徳太子生誕所にある龍神王の碑。
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聖徳太子生誕所周辺の光景。
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聖徳太子生誕所から見る橘寺。
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聖徳太子生誕所周辺の光景。
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聖徳太子生誕所から見る橘寺。
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聖徳太子生誕所周辺の光景。
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聖徳太子生誕所から見る橘寺。
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聖徳太子生誕所の近くにある亀石。
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亀石の説明。
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聖徳太子生誕所の近くにある亀石。
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聖徳太子生誕所の近くにある亀石。
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亀石近くの石仏。
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聖徳太子生誕所の近くにある亀石。
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