2008/12/15 - 2008/12/15
1417位(同エリア1729件中)
早島 潮さん
平成20年12月15日(月)
朝起きて部屋の窓から空を見ると海の方には青空が見えているが山の方には雲がたちこめていて天候が心配である。田代別館を8時に出発してバスで白谷雲水峡へ向かった。
今日のバスは小型バスである。総勢18名だから経済性の観点から小型にしたこともあるが、狭い林道を曲がりくねりながら運行するには大型バスでは高度の運転技術を必要とすることも理由の一つであるようだ。
若い運転手である。聞いてみると青森出身で自分探しの放浪の旅を続け、太古の自然環境が保存されている屋久島こそが探し求めていた終の棲家であるとの結論に達し4年前から住みついたという。この島には同様の考え方で移住して来た人々がかなり多くいるようだ。
白谷雲水峡へ到着した時には運悪く小雨がぱらつきだした。
散策コースは ・弥生杉コース(1時間)
・楠川歩道もののけ姫の森コース(2時間)
・楠川歩道太鼓岩往復コース(4時間)
・原生林コース(3時間)
・三本足杉往復コース(1時間)
・原生林・太鼓岩コース(5時間)
の六通り用意されているが我々のグループは弥生杉コースを歩くことになっている。
管理事務所で入場券のチェックを受けて入るといきなり大きな岩場である。合羽を被り傾斜のある岩の上を滑らないように慎重に歩を進めるが掴るものがないので足元がこころもとない。何とか転びもせずに無事岩場を越すことが出来た。
白たえの滝、憩いの大岩、飛流橋、飛流おとし、苔河原、さつき吊橋、弥生杉を見学した。要所々では写真撮影したのだが、生憎の雨のせいで露光不足のため画面が暗くアップできるものが少ないのは残念である。
ガイドの横山嬢の説明で屋久島ゆかりの二人の人物を知った。儒学者・泊如竹と詩人・山尾三省である。
帰宅後に調べて判ったことを以下に記録しておこう。
泊如竹につぃては以下のURLからの引用である。
http://72.14.235.132/search?q=cache:jTGCVUSQ4V8J:www2u.biglobe.ne.jp/~hakuzou/yakushima.htm+%E5%84%92%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%80%81%E5%B1%8B%E4%B9%85%E5%B3%B6&hl=ja&ct=clnk&cd=5
以下引用
屋久杉の利用が本格的になったのは江戸時代からです。それまで屋久杉は信仰の対象(神宿る木)としてあがめられ 伐ったらたたりがあるという呪縛から人々は逃れられませんでした。
江戸初期に入って屋久島生まれの儒学者・泊如竹(とまり・じょちく1570〜1655)が薩摩藩の財政を安定させ島民の暮らしを豊かにする為に屋久杉利用を献策しました。江戸時代 木目が緻密で美しく耐久性があり真っ直ぐに割れ加工しやすい屋久杉は屋根を葺く平木」として重宝されました。鋸と斧で伐採されたや屋久杉はその場で長さ50cm幅10cmほどの薄い平木に加工され人が背負って平地に降ろし年貢として薩摩藩に全て納められました。
山尾三省についてはは以下のURLにプロフィールが詳しく紹介されている。
http://happano.org/pages/profiles/sansei_yamao.html
ガイドの横山嬢が朗読してくれた聖老人と言う詩は以下の通りであるが上記URLからの引用である。
聖老人
屋久島の山中に一人の聖老人が立っている
齢およそ七千二百年という
ごわごわとしたその肌に手を触れると
遠く深い神聖の気が泌み込んでくる
聖老人
あなたは この地上に生を受けて以来 ただのひとことも語らず
ただの一歩も動かず そこに立っておられた
それは苦行神シヴァの千年至福の瞑想の姿に似ていながら
苦行とも至福ともかかわりのないものとしてそこにあった
ただ そこにあるだけであった
あなたの体には幾十本もの他の樹木が生い繁り
あなたを大地とみなしているが
あなたはそれを自然の出来事として眺めている
あなたのごわごわとした肌に耳をつけ
せめて生命の液の流れる音を聴こうとするが
あなたはただそこにあるだけ
無言で 一切を語らない
聖老人
昔 人々が悪というものを知らず 人々の間に善が支配していたころ
人間の寿命は千年を数えることが出来たと 私は聞く
そのころは人々は神の如くに光り輝き 神々と共に語り合ったという
やがて人々の間に悪がしのびこみ
それと同時に人間の寿命はどんどん短くなった
それでもついこの間までは まだ三百年五百年を数える人が生きていたという
今はそれもなくなった
この鉄の時代には 人間の寿命は百歳を限りとするようになった
昔 人々の間に善が支配し 人々が神と共に語り合っていたころのことを
聖老人
わたくしは あなたに尋ねたかった
けれども あなたはただそこに静かな喜びとしてあるだけ
無言で一切のことを語らなかった
わたくしが知ったのは
あなたがそこにあり そして生きている ということだけだった
そこにあり 生きているということ
生きているということ
聖老人
あなたの足元の大地から 幾すじもの清らかな水が泌み出していました
それはあなたの 唯一の現わされた心のようでありました
その水を両手ですくい わたくしは聖なるものとして飲みました
わたくしは思い出しました
法句経 九十八
村落においても また森林においても
低地においても また平地においても
拝むに足る人の住するところ その土地は楽しい
法句経 九十九
森林は楽しい 世人が楽しまないところで
食欲を離れた人は楽しむであろう
かれは欲楽を求めないからである
森林は楽しい 拝むに足る人の住するところ その土地は楽しい
聖老人
あなたが黙して語らぬ故に
わたくしは あなたの森に住む 罪知らぬひとりの百姓となって
鈴振り あなたを讃える歌をうたう
山尾三省著「聖老人 百姓・詩人・信仰者として」 (プラサード書店発行)より
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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