2008/12/13 - 2008/12/13
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Weiwojingさん
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土浦は旧水戸街道の宿場町として繁栄した街です。あまり茨城県の土浦や水戸などへ行く機会がなく、今回思いきって出かけてみました。
土浦城(現在は亀城公園)、中城通り(旧水戸街道)の商家や蔵、神社仏閣などが街中に散らばるようにして残されています。
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土浦城は現在亀城(きじょう)公園の一部として一般公開されていますが、室町時代後期ごろに若泉氏が築城したと伝えられています。
現在知られている土浦城は江戸時代に城郭として整備されたものです。その初期には松平氏、西尾氏、朽木氏、中期以降には譜代大名土屋氏が代々城主となりました。土屋氏の時に土浦藩領は9万5千石となり、常陸国では水戸藩に次いで、大きな領地を支配していました。
明治の廃藩置県後、土浦城は新治県庁、新治郡役所として利用されました。1898年(明治31)には、元藩主であった土屋氏より土浦町に寄贈され、その後亀城公園として整備されました。
写真は濠を背にして立つ建つ「東櫓」です。 -
これは「櫓門」です。櫓門は1656年(明暦2)に改築されたと伝えられ、本丸にある櫓門としては関東地方で唯一現存するものです。
階上には太鼓を置き、時を知らせたことから、「太鼓門」とも呼ばれていました。 -
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土浦の街を歩いていると、このような古い民家があちこちにあるのに気が付きます。
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土浦藩の藩校「郁文館」の正門が、土浦第一中学校の門として残されています。
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旧水戸街道(現中城通り)沿いには、今なおかつての豪商の建物 が残っています。
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こんなレトロな看板があちこちに残っています。
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「吾妻庵」という名前の蕎麦屋です。もう何百年も続いている老舗です。
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2階にせり出した看板が珍しいですね。
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吾妻庵の店内です。入るとすぐテーブルのあるところに案内されますが、その奥には和室があります。
今日は和室の方にすわりました。畳に座る方が落ち着きます。 -
この日注文した天ぷら定食です。
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吾妻庵の座敷から見た中庭です。様々な木が植えられ、庭を見ながら食事ができます。
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中庭に面する廊下にはたくさんの柿が干されています。
食べごろになるにはもうすこし日にちがかかるようです。 -
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土浦は花火産業が盛んなところで、毎年大きな花火大会があるそうです。
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古い街並みに突如レンガ造りの倉庫の建物がありますが、今はギャラリーになっていて、中を見たいと思いましたが、この時は閉まっていました。
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落ち着いたたたずまいの商家ですね。
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蔵を利用した「蔵ギャラリー」があります。
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