2008/11/30 - 2008/11/30
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Johnnieさん
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これまで小田原城に興味を持ちながらも、何となく行きそびれていたので、今年最後の城めぐりをどこにしようか妻と相談したところ、「今度こそ小田原を攻めよう!」ということになりました。
小田原城のことを色々と調べてみたところ、(象さんと共に建っている)復元の天守閣以外にも興味深い遺構が残っていることが分かり、北条氏滅亡のきっかけとなった石垣山一夜城を含めて巡ることに。
北条氏ゆかりの地を巡る私たちの旅が、この地からスタートしました。
そして、せっかく小田原まで行くので、箱根で一泊、のんびり温泉につかることにしたのでした♪
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【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
小田原市内に着いた私達ですが、まっすぐ小田原城天守閣へは向かわずに、北条氏時代の総構を偲べるという小峯の大堀切を訪ねました。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
圧巻だとは聞いていたのですが、いやはやここまでとは・・・
全長9kmもあったという大外郭のうち、数少ない遺構であり、ここ東堀は約300m続きます。
幅は約20〜30m、深さは土塁の頂上から約12mもあるということです。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
そしてこの急斜面!
法面五十度の急勾配と言われるだけあって、迫力があります。
空堀としては全国的にも最大規模なのだとか。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
300mの堀はまだまだ続きますが、ここら辺で斜面を登ってみましょう。
上はどうなっているのでしょうか? -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
掘った土を盛ったのでしょうか、空堀の上にはさらに土塁が。
さすがの豊臣軍も、まともに攻めればかなり手こずったのではないかと思います。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
再び斜面を降りて堀切の下に戻りました。
上からはオバケのような巨大な木が私達を覆うようにそびえていました。
樹齢を想定できるほどの知識は持ち合わせていないのですが、この木も小田原城の落城を目にしたのでしょうか? -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
振り返れば、木に覆われた堀切が続きます。
現代から戦国の世に紛れ込んだような、それでいて何か静かで平和な空気が流れているような。
自然に帰った廃墟のようなこの場所で、人間同士の争いとは本当にちっぽけなものだな、と感じたのでした。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
このクランクしている箇所を「横矢折れ」と呼ぶらしく、北条氏はこの技法を積極的に用いていたようです。 -
【相模湾】
横矢折れを抜けると、現存する東堀を抜けて相模湾に出ます。
午前の日を受けて眩しく輝く水面にホッと一息、再び来た道(空掘)を戻ります。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
同じ道でも逆に進むと、また違った景色を見ることが出来ますね。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
急勾配を歩きながら、今度は西側の斜面を上ってみます。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
先ほどの案内板によると、東堀を西に抜けると中堀→西堀と続くことになっているのですが・・・ -
【小峯御鐘ノ台大堀切東堀】
道路に出てしまいました。
案内板の地図によると、この左(西側)に中堀があるようなのですが、とりあえず斜面を登ってみましょう。 -
【小峯御鐘ノ台大堀切中堀?】
土塁の向こう側は藪になっていて、堀切のような気もしますが、ここが中堀なのでしょうか?
まだ発掘をしていないのかもしれませんが、結局中堀、そしてさらに西にも向かってみたのですが、西堀も見つけることは出来ませんでした。
それならそうと案内板に書いといてくれれば良いのに・・・
と思いつつ、いつか他にも残っているらしい総構の遺構を歩いてみたいと2人で話したのでした。
「小峯の大堀切」巡りはここまで。
今から小田原城天守閣へ向かいます。 -
【天守閣】
文明の利器「車」を使って、秀吉も攻め込めなかった総構をあっさり突っ切り、天守閣の下までやって来ました。 -
【天守閣】
ですがこの天守閣、北条氏時代にはなかったようですね。
ただ居館はこの辺りにあったということなので・・・ -
【天守閣】
江戸時代になって周囲の総構はすっかり壊されてしまい、こじんまりとした天守閣のお城となったようです。
確かに、関八州を支配していた大大名の天守閣にしては、少しかわいすぎる気がしました。 -
【小峯曲輪北堀】
天守閣の裏手にある「報徳二宮神社」の境内が小峯曲輪の跡になっており、その北側に残っている空掘です。
幅21m、深さ5mほどで、先ほどの小峯大堀切よりは規模が小さいですが、ここでも北条氏の栄光の跡を垣間見ることが出来ました。 -
【天守閣】
再び天守閣へ戻ってきましたが、あらら・・・?
象さんと天守閣のツーショットを拝めるとは。
と言いつつ、狙ってました。
これは結構有名ですね。
小田原城公園は今、小さな遊園地や動物園が併設されていて、地元の人達の憩いの場になっているのです。
城跡としての価値を損なうという意見の方もいらっしゃるようですが、楽しそうな家族連れの人達を見ていると、むしろこのような形で城跡を公園とすることが、日本の文化を後世に伝えるのに良いのではないか、と感じました。 -
【本丸の巨松】
天守閣から常盤木門へ向かう途中にあった本丸の巨松。
写真では伝わりにくいかと思いますが、かなり大きいです。(樹高30m!) -
【常盤木門】
小田原城本丸の正門で、最も大きく堅固に造られていたそうです。
門のそばにあった松になぞらえて付けられたそうです。
常盤木門を抜けて本丸を出ますが、どうやら裏口から小田原城に入城してたようですね。 -
【銅門】
そして二の丸を抜けて銅門へ。
扉の飾り金具に銅を使用していたことから、この名前がついたそうです。 -
【銅門】
銅門を通って城外へ出ました。
吸い込まれそうなくらい青い空です。 -
【復元工事中の馬出門】
こちらは復元工事中の馬出門です。
完成したらまた見に来ようと思います。 -
【銅門】
堀に浮かぶ銅門が綺麗ですが、そこに北条氏の面影を見ることは出来ません。
公園外にわずかに残る遺構を、探しに行くことにします。 -
【箱根口門跡】
南西方向に歩いて、箱根口門跡に着きました。
今夜は箱根の坂を上るわけですから、やはり箱根口門を通りたいと思ったのです。 -
【隅櫓】
再び小田原城方面へ出ると隅櫓が。 -
【大手門跡】
次は南東へ向かい、大手門跡へ。
今では鐘楼が建っているのみです。 -
【三の丸土塁跡】
さらに東へ向かうと、三の丸土塁跡がありました。
こちらは今まで見たような迫力はなく、こじんまりとした土手が残っている場所です。 -
【幸田口門跡】
そしてここ、幸田口門跡で小田原城巡りを終えたいと思います。
かの上杉謙信や武田信玄も、この幸田口までは攻め込んで来たのですが、ここから先には行けなかったようです。
派手さは無いながらも、その堅牢さを感じた小田原城でしたが、秀吉はいかにしてこの難攻不落の城を無血に近い形で落としたのでしょうか?
その答えを見つけに、これから石垣山一夜城へと向かいます。
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