2008/11/13 - 2008/11/13
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みにくまさん
詩仙堂の隣に入口があります。
特にここに立ち寄る予定は無かったのですが、宮本武蔵の一乗寺下り松と聞いては、行ってみるしかありません。
この神社が有名になったのは、吉川英治氏の小説「宮本武蔵」の中で、武蔵が一乗寺下り松の決闘の前に立ち寄ったと紹介されたからです。
「我、神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」
武蔵21歳の時、八大神社の境内であった下り松の下で、吉岡一門を決闘を行っている。その決闘の朝、武蔵は八大神社の神に祈ろうと立ち寄ったが、神の寸前で考え直し、そのまま闘いに挑んだと言われています。
祈りを止めた武蔵の心境は、有名な「独行道」という遺文に「我、神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」と書き記されています。
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八大神社
入口の鳥居です。
八大神社は今から約700年前、1294年の創建です。
応仁の乱の兵火により焼失したが、1596年に再建されました。
八大神社は、八坂神社と同格で、皇居守護神12社中の1社として、東北隅の表鬼門に位置したことから、北の祇園社として方除、厄除、学業の神として厚く信仰されました。 -
一乗寺下り松 ご案内
八大神社には、初代の下り松が、この場所より少し下に行くと、決闘の地「一乗寺下り松」があるそうです。 -
紅葉
参道から紅葉が見えました。
といってもこれはお隣「詩仙堂」の敷地ですが(^_^;) -
下り松古木
本殿の横。
しっかりと社の中に祀られていました。 -
下り松古木
綺麗に写真が撮れませんでした。
武蔵の決闘の時代前から、昭和20年頃まで生きた大木の一部です。
現在の決闘之地には、4代目の松が植樹され立派に育っています。 -
宮本武蔵銅像
決闘から約400年が経った平成14年秋に、決闘に挑む武蔵のブロンズ像が設置されました。
私の記憶が確かならば、武蔵はこの決闘のさ中に2刀流(二天一流)を開眼したのだと思ったのですが、はてさて。 -
本殿
1926年に造営されたものです。
◎御祭神
素盞嗚命(すさのお の みこと)
稲田姫命(いなだひめ の みこと)
八王子命(はちおうじのみこと) -
宮本吉岡 決闘之地
このあたりは古くからの交通の要所で、松の前で道が2つに分かれます。
北に折れると白鳥越え、東へ折れると今道越え、共に比叡山を経て近江へ通じる平安時代からの古い街道です。
正面の記念碑を撮影したのですが、下り松がほんの少し左側にしか映っていません。
この松は4代目だということです。
この地は1336年、楠木正成が足利軍と対峙して、陣を構えたことも伝わっており、横には石碑が建っていました。
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