2007/06/16 - 2007/06/17
1107位(同エリア1522件中)
松村博司さん
国宝、功山寺・仏殿。
大内義長が自刀し、大内氏が滅亡した地。
その大内氏を追いつめた毛利元就が戦国大名としてスタートさせた地。
幕末、俗論派台頭に福岡へ亡命していた高杉晋作が死を覚悟して帰還、長州藩クーデターのため挙兵した地。
そんな場所、それが功山寺です。
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「水月の長州、蛍と歴史の旅」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-42.html
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
-
多分ここが本来駐車する予定だった場所だったと思います。
-
この期に及んでまだよく思い出せていません。
-
少なくとも乃木神社を参拝するつもりでは無かったのですが。
-
多分ここだろうと訪れたのは、前回記述したとおり忌宮神社。
というよりやっと到着^^; -
なぜここに来たかはともかく、なぜここを候補地にしたかというと。
-
ここは仲哀天皇と神功皇后が九州平定のためここに7年間滞在したとのことです。
-
神社というより旧跡として興味があり候補地としてナビに登録していたのですが・・・
-
正直、神功皇后の名にビビッと来ましてw
-
このお方、お腹に子(応神天皇)を宿したまま新羅へ遠征に行ったという伝説の残る強者です。
-
その時、何度も生まれそうになるのをお腹に月延石や鎮懐石という二つの石をあててさらしを巻いて、お腹を冷やすことによって出産を遅らせたというのです。
-
それが日本の最初の国外侵略の歴史とのことですが真偽のほどはいかに?
-
そもそも神功皇后、そして仲哀天皇も実在を疑われています。
-
この日本書紀に記載されていた三韓征伐ですがあちら側の記録は全く残っていないようです。
-
ただ、これを切っ掛けというか、この記述を元に侵略戦争ではなく元々属国なのだからその領土を取り戻すという大義名分により豊臣秀吉の朝鮮出兵が行われました。
-
明治以降は実在の人物として学校教育でも教えるよう指導されたそうです。
-
敗戦まで日本の朝鮮統治を正当化するためなんでしょうね。
-
当然と言うべきか戦後にはばっさりと教科書から姿を消すことになりました。
-
てなわけで、実在していないのでは? といわれている神功皇后が7年過ごしたと言われる場所。
-
それが現在の忌宮神社ということで、時間があれば行ってみようって感じだったのです。
-
到着した頃にはすっかりそんなこと忘れていました^^;
-
それよりも乃木神社の宝物館や旧家やらと意外とおもしろかったしw
-
この形のポスト、生まれて初めて実物見ました。
-
あと、この神社は天下の奇祭と呼ばれる数方庭が毎年8月7日から一週間行われます。
-
男性は20m以上あるのぼりを、女性はきりこを持って鉦、太鼓にあわせて先ほどの写真にあった鬼石の回りを踊回るという物。
このお祭りが全国的に有名なんですかね? -
といっているうちに写真は乃木神社まで戻っていました。
すでに11時40分。
とっとと功山寺へ行って、その後お昼ご飯を食べれるところを探しましょう! -
車で移動5分、細い住宅地を抜けて有料駐車場を発見。
-
昨日もあった無人有料駐車場ですが。
-
実は功山寺入り口にも数台規模の無料駐車場がありました、満車でしたが^^;
-
さあ功山寺に向かって出発です!
-
で、さっそく何か見つけた総社跡。
-
そして明治天皇の文字・・・功山寺は?
-
実は反対方向を歩いていました^^;
長府毛利邸です。 -
しかし大きいです。
-
最初、なんでこんな所に城があるんだって思ったくらいでかいですw
-
この家は長府毛利家14代当主元敏が東京から長府へ戻った時に建てたそうです。
-
この元敏、長府藩最後の藩主でした。
-
入館料は200円。
-
ここでお金を払います、右側ね。
-
こうやってみても広いです。
-
とりあえず奥へ行ってみましょう。
-
で、いきなり襖がこれですもんね〜^^;
-
庶民はやってられねって気分です。
-
それでもね。
-
部屋数とか敷地面積とか。
-
我が家だって負けませんよ!
-
戦後まもなく建てられ、増改築を重ねたぼろぼろの農家ですが・・・^^;
-
書院庭園から首を伸ばしてみると向こうに池泉回遊式庭園が見えます。
-
てなわけでその庭園の方へ行ってみましょう。
-
その途中、見えてきました。
-
明治天皇ご宿泊の部屋だそうで。
-
そして庭園です。
-
私の持っている庭園とはずいぶんイメージの違うように感じました。
-
しかしすっきりしていてなんだかいいですね。
-
広々しててキャッチボールしたいなんてw
-
そしてこの辺りは休憩室になっています。
-
お茶などのサービスもあるとのことです。
-
見取り図を見ると入り口のチケット売り場のある事務所の裏に湯茶があるので事務所に申告ですかね?
-
それともこの自販機のことかな?
-
ちなみに庭には出られましたが、私たちは先を急ぐことにしました。
-
この周辺を観光するのに、途中ここで休憩するといいかもしれませんね。
-
乃木神社や忌宮神社を参拝した後、歩いてこの屋敷へ。
-
ここで休憩して英気を養って功山寺や長府博物館へ向かうという感じですかね。
-
2008年にはそういうのんびりした旅の方法も念頭に置いて計画していきたいですね。
-
気が付けば12時が過ぎてしまいました。
今度こそ、今度こそ功山寺へ向かいましょう! -
来た道を戻り、車を駐めている駐車場の前を通過。
-
するとすぐに功山寺発見^^;
-
満車ですが駐車場も発見。
-
まあ、毛利邸なんて立派な家を見学できたのでラッキーだったと思いますけどね。
-
ではこの旅二つめの国宝建築物。
-
功山寺にやっと到着ですね。
-
てな訳で行ってみましょう!
-
国宝の仏殿を見たとき、高知の薬師堂を連想してもっとこぢんまりしているのではと想像していたのですが・・・
-
入り口の総門を越えてしばらく歩くと今度は山門が見えてきました。
-
お〜! と思わず声が出る迫力。
-
東光寺に続き、予想以上のお寺の規模に少々驚きです。
-
山門を抜け、振り向いて来た道を一枚、すでに総門が見えなくなっています。
-
で、やっと来ました国宝、功山寺・仏殿です。
-
鎌倉時代の物で日本最古の唐様禅宗式建築。
-
毛利元就に追われた大内義長が自刀したのがこの仏殿といわれています。
-
ここは大内氏終焉の地であり毛利元就のスタート地点とも言える場所になります。
-
その仏殿の裏には長府毛利家の墓所。
-
長州毛利家やら東行庵やらそこら中でお墓参りばかりしている今回の旅。
-
義長のお墓もあるということでしたが、さすがにもうお墓参りは結構って感じです。
-
てかこの後安徳天皇陵と赤間神社に行くのだから、まだまだお墓参りはつづくんですよね^^;
-
てなわけでさすがにここではお墓参りキャンセルと言うことで><
-
大内氏保護から毛利家保護に変わった訳ですが幕末、倒幕のスタート地点になったとも言えます。
-
福岡に亡命していた高杉晋作が帰国して、伊藤俊輔(伊藤博文)率いる力士隊、石川小五郎率いる遊撃隊の80名ばかりの同志を集め、俗論派打倒の挙兵を行ったのがこの功山寺でした。
-
元治の内乱とよばれるこのクーデターを成功させ高杉晋作達は、身を隠していた桂小五郎を迎え入れ正義派による倒幕体制が完成ということですかね。
-
この挙兵により、維新が近づいたといわれます。
-
大内氏の台頭から滅亡。
-
そして戦国大名、毛利元就の誕生。
-
幕末、倒幕のスタート地点となった高杉晋作の挙兵。
-
それぞれの時代、劇的な歴史の舞台となった功山寺。
-
ここはただ国宝の仏殿があるというだけの場所ではありませんでした。
-
何か人を引きつける不思議な力があるんでしょうね。
-
静かな境内を歩いていると不思議な気分になってきます。
さあ、それでは次の場所に向かいましょう!
てか、お昼を取れるところを探しましょう^^;
つづく><
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
松村博司さんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
96