ドブロブニク旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 一枚の写真から、たまらなく行きたくなってしまう場所があります。クロアチア南端の街ドブロブニクも、自分にはそんな特別な場所でした。いつか行きたいと思い始めて3年目、その間にずいぶん人気も高まって、情報量も多くなってきました。<br /> 2008年10月中旬、気温20度前後、現地の天気予報では快晴つづきの旅行日和。思いがけない円高・ユーロ安にも恵まれて、妻とふたり、少しだけ得をした気分の10日あまりの旅行でした。<br /><br /> ユーロ(&#8364;)は、出発の一ヶ月前までは1&#8364;=170円前後。それが1週間前には150円になり、現地では一瞬120円を切ったこともありました。クロアチアの通貨はクーナ(kn)ですが ユーロ(&#8364;)とも1kn=7&#8364;の関係で連動しており、レストランや宿泊施設など旅行者との接点ではユーロそのものが使えるところも多くありました。因みに我々は、旅行中は為替レートに関係なく、1kn=20円で計算していました。<br />現金はユーロを少々持参、あとはクレジットカードとinternational cashcard。ATMは何処にもあり、必要額を現地通貨で引き出しました。2度ほどエラーになりましたが、通信状況はおおむね良好でした。<br /><br /> 行程は、成田−(フランクフルト経由)−ドブロブニク(4泊)−スプリット(4泊)−ザグレブ−(1泊)−(フランクフルト経由)−成田の、現地9泊に帰路の一日。出発時の成田前泊を加えて、全12日になりました。<br /><br /> ドブロブニクとスプリットからは軽装で近隣の国や島々へ何度か日帰りの旅行をしました。初めての広場や宿で個人旅行中の日本の若者とも出会い、情報とエールの交換をしました。この地域を自由に旅をするにはまだまだインフラが未整備で、若者たちには情報不足や宿泊施設などの高さが、時間に制約のある勤め人には疎らな交通網がネックになります。2日に1組程度、バスツアーの一行とも遭遇しましたが、他人に引きずり回される苦痛にさえ耐えられれば、短時間で北から南まで効率よく観光できそうです。<br /><br /> この地域は政情が不安定とか、まだ地雷が埋まってるとか、心配してくれる人もいましたが、結果的には何事も無く、明るい陽光と旅人への善意にあふれた人々に支えられて、楽しい旅行になりました。我々も本当は北部イストラ半島まで行きたかったけれど、この細長い国を“ゆっくり旅”で廻るのには日数が足りません。今回見逃したロビニィやモトブンなどの魅力的な町には、いつの日か是非また行きたいと思います。

秋のドブロブニク/スナップ紀行

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2008/10/18 - 2008/10/28

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1

66

極楽人

極楽人さん

 一枚の写真から、たまらなく行きたくなってしまう場所があります。クロアチア南端の街ドブロブニクも、自分にはそんな特別な場所でした。いつか行きたいと思い始めて3年目、その間にずいぶん人気も高まって、情報量も多くなってきました。
 2008年10月中旬、気温20度前後、現地の天気予報では快晴つづきの旅行日和。思いがけない円高・ユーロ安にも恵まれて、妻とふたり、少しだけ得をした気分の10日あまりの旅行でした。

 ユーロ(€)は、出発の一ヶ月前までは1€=170円前後。それが1週間前には150円になり、現地では一瞬120円を切ったこともありました。クロアチアの通貨はクーナ(kn)ですが ユーロ(€)とも1kn=7€の関係で連動しており、レストランや宿泊施設など旅行者との接点ではユーロそのものが使えるところも多くありました。因みに我々は、旅行中は為替レートに関係なく、1kn=20円で計算していました。
現金はユーロを少々持参、あとはクレジットカードとinternational cashcard。ATMは何処にもあり、必要額を現地通貨で引き出しました。2度ほどエラーになりましたが、通信状況はおおむね良好でした。

 行程は、成田−(フランクフルト経由)−ドブロブニク(4泊)−スプリット(4泊)−ザグレブ−(1泊)−(フランクフルト経由)−成田の、現地9泊に帰路の一日。出発時の成田前泊を加えて、全12日になりました。

 ドブロブニクとスプリットからは軽装で近隣の国や島々へ何度か日帰りの旅行をしました。初めての広場や宿で個人旅行中の日本の若者とも出会い、情報とエールの交換をしました。この地域を自由に旅をするにはまだまだインフラが未整備で、若者たちには情報不足や宿泊施設などの高さが、時間に制約のある勤め人には疎らな交通網がネックになります。2日に1組程度、バスツアーの一行とも遭遇しましたが、他人に引きずり回される苦痛にさえ耐えられれば、短時間で北から南まで効率よく観光できそうです。

 この地域は政情が不安定とか、まだ地雷が埋まってるとか、心配してくれる人もいましたが、結果的には何事も無く、明るい陽光と旅人への善意にあふれた人々に支えられて、楽しい旅行になりました。我々も本当は北部イストラ半島まで行きたかったけれど、この細長い国を“ゆっくり旅”で廻るのには日数が足りません。今回見逃したロビニィやモトブンなどの魅力的な町には、いつの日か是非また行きたいと思います。

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
25万円 - 30万円
交通手段
高速・路線バス
航空会社
ルフトハンザドイツ航空
  • 成田午前11時35分発。12時間のフライトを経てドイツ・フランクフルト空港へ。2時間少しの待ち時間で今度はクロアチア航空機に乗り継ぎ1時間半。ドブロブニク空港には同日夜20時20分の定刻を少し遅れて到着しました。<br />LH(ドイツ・ルフトハンザ航空)の早割で予約しましたが、日本−独間は全日空との、独−クロアチア間はクロアチア航空とのコードシェア便。LHは事実上「料金支払いの窓口」というだけでした。<br />早々と5月に予約したため、現時点では6万円を超える燃油サーチャージも4万円台と(ほんの少し)割安でした。

    成田午前11時35分発。12時間のフライトを経てドイツ・フランクフルト空港へ。2時間少しの待ち時間で今度はクロアチア航空機に乗り継ぎ1時間半。ドブロブニク空港には同日夜20時20分の定刻を少し遅れて到着しました。
    LH(ドイツ・ルフトハンザ航空)の早割で予約しましたが、日本−独間は全日空との、独−クロアチア間はクロアチア航空とのコードシェア便。LHは事実上「料金支払いの窓口」というだけでした。
    早々と5月に予約したため、現時点では6万円を超える燃油サーチャージも4万円台と(ほんの少し)割安でした。

  • ドブロブニク空港から市内への空港バスは飛行機の運行と連動しているようですが、両替に手間取っているわずかの間に出発してしまいました。仕方なくTAXIで街の入り口ピレ門を目指します。バスだと一人35kn(又は 5&#8364;)の道のりを、TAXIは荷物だ何だかんだで250kn(約35&#8364;)と高くつきました。スペインやポルトガルと違い、タクシーの値段は日本並みの高さです。<br />街の手前でバスに追いつき、ピレ門に着いたのは9時半過ぎ。時間のせいか季節のせいか、門の内側にはほとんど人がいなくて閑散としていました。<br /><br />

    ドブロブニク空港から市内への空港バスは飛行機の運行と連動しているようですが、両替に手間取っているわずかの間に出発してしまいました。仕方なくTAXIで街の入り口ピレ門を目指します。バスだと一人35kn(又は 5€)の道のりを、TAXIは荷物だ何だかんだで250kn(約35€)と高くつきました。スペインやポルトガルと違い、タクシーの値段は日本並みの高さです。
    街の手前でバスに追いつき、ピレ門に着いたのは9時半過ぎ。時間のせいか季節のせいか、門の内側にはほとんど人がいなくて閑散としていました。

  • 門を抜けてすぐのところにあるフランシスコ会修道院。<br />ピレ門やプラッア通りの写真とともに、事前に何度も見ていたので、「とうとう来れたね」と感慨にふけりました。

    門を抜けてすぐのところにあるフランシスコ会修道院。
    ピレ門やプラッア通りの写真とともに、事前に何度も見ていたので、「とうとう来れたね」と感慨にふけりました。

  • ピレ門から真っすぐ延びる、これがプラツァ通り。旧市街を南北に分ける300m程のメインストリートです。<br />石畳が濡れたように光っているのは、たくさんの人々の靴が長い時間をかけて磨きこんだものだと、何かで読んだことがありました。<br />城壁の内側(旧市街)には自動車は入れません。入れるのは清掃車のみ。後で知ったことですが、深夜から早朝にかけて清掃担当の人たちが観光客の汚した街を徹底的に磨いて、彼らが目覚める朝7時前にはピカピカの「完璧なまでに整然とした中世の街」を再現します。観光都市を維持するための、街ぐるみの努力があるようです。私の住む鎌倉市も簡単には「世界遺産」になれませんね。

    ピレ門から真っすぐ延びる、これがプラツァ通り。旧市街を南北に分ける300m程のメインストリートです。
    石畳が濡れたように光っているのは、たくさんの人々の靴が長い時間をかけて磨きこんだものだと、何かで読んだことがありました。
    城壁の内側(旧市街)には自動車は入れません。入れるのは清掃車のみ。後で知ったことですが、深夜から早朝にかけて清掃担当の人たちが観光客の汚した街を徹底的に磨いて、彼らが目覚める朝7時前にはピカピカの「完璧なまでに整然とした中世の街」を再現します。観光都市を維持するための、街ぐるみの努力があるようです。私の住む鎌倉市も簡単には「世界遺産」になれませんね。

  • ドブロブニクの宿舎は、ホテルではなくSOBEと呼ばれる“民宿”。ホテルの値段が妙が高いこともあり、興味もあったので、良さそうな宿を日本からWebで予約しておきました。その GULL&#39;S HOME はピレ門をくぐってすぐの、旧市街の露地にありました。<br />

    ドブロブニクの宿舎は、ホテルではなくSOBEと呼ばれる“民宿”。ホテルの値段が妙が高いこともあり、興味もあったので、良さそうな宿を日本からWebで予約しておきました。その GULL'S HOME はピレ門をくぐってすぐの、旧市街の露地にありました。

  • かねての約束どおり玄関横のベルを押すと、何度もメールを交わしたNennyおばちゃんが元気な英語をまくし立てながら出てきました。宿泊前の交流はホテルでは味わえない経験。出会ったばかりですが旧知のように感じられました。<br />部屋は3階建ての3階、ベッドと戸棚とテーブル、部屋の隅にはバスルームも付いていました。<br />成田を発って20余時間(夏時間で日本とは7時間の差)。この日は長旅の疲れで、すぐに寝入りました。

    かねての約束どおり玄関横のベルを押すと、何度もメールを交わしたNennyおばちゃんが元気な英語をまくし立てながら出てきました。宿泊前の交流はホテルでは味わえない経験。出会ったばかりですが旧知のように感じられました。
    部屋は3階建ての3階、ベッドと戸棚とテーブル、部屋の隅にはバスルームも付いていました。
    成田を発って20余時間(夏時間で日本とは7時間の差)。この日は長旅の疲れで、すぐに寝入りました。

  • 次の朝、目覚めて部屋の窓を開けると最初にこの景色が飛び込んできました。到着時には暗くて見えなかった路地、上の方に見えるのはスルジ山でしょう。多くのホテルやSOBEが旧市街から離れたところにある中でこの立地は貴重です。もちろん、坂道や階段の上り下りで体力を消耗することもありません。

    次の朝、目覚めて部屋の窓を開けると最初にこの景色が飛び込んできました。到着時には暗くて見えなかった路地、上の方に見えるのはスルジ山でしょう。多くのホテルやSOBEが旧市街から離れたところにある中でこの立地は貴重です。もちろん、坂道や階段の上り下りで体力を消耗することもありません。

  • このSOBEのもう一つの魅力は朝食です。Nennyおばさん特製の暖かい手料理が毎日味わえます。これが元気のもと、朝食は屋上のテラスに屋根をかぶした特別室でいただきます。窓からはドブロブニクの街が一望できます。

    このSOBEのもう一つの魅力は朝食です。Nennyおばさん特製の暖かい手料理が毎日味わえます。これが元気のもと、朝食は屋上のテラスに屋根をかぶした特別室でいただきます。窓からはドブロブニクの街が一望できます。

  • これが1日目の朝食。パンとコーヒーのお代わり、食後のケーキまで付きます。

    これが1日目の朝食。パンとコーヒーのお代わり、食後のケーキまで付きます。

  • これが2日目。味も量もまったく問題ありませんが、朝の遅いのが厄介でした。朝食は8時半から。これは「7時に開く市場で食材を買ってから作る(Nenny)」ことなので仕方ありません。“朝飯前”に相当長い散歩が出来ます。

    これが2日目。味も量もまったく問題ありませんが、朝の遅いのが厄介でした。朝食は8時半から。これは「7時に開く市場で食材を買ってから作る(Nenny)」ことなので仕方ありません。“朝飯前”に相当長い散歩が出来ます。

  • これが3日目。工夫の後が見られ、毎日少しづつメニューが違います。(ただし、味つけはよく似ています。パイ生地を使うのがお得意のようです。)

    これが3日目。工夫の後が見られ、毎日少しづつメニューが違います。(ただし、味つけはよく似ています。パイ生地を使うのがお得意のようです。)

  • 食堂の棚には、手作りのジャムや蜂蜜、果物などが並び、どれも食べ放題です。このSOBEは朝食込みで一人一泊 &#8364;25 (到着時払い。カード不可)。ロケーション、設備、清潔さ、朝食を考えると割安だと思います。<br />バス停で声をかけてくるSOBEもほとんどが良心的なのでしょうが当たり外れも大きく、4泊することでもあり、予約しておいて良かった思います。<br />ただしダブルルームしかないので、一人旅の人は一部屋分(2人分)の支払いになります。

    食堂の棚には、手作りのジャムや蜂蜜、果物などが並び、どれも食べ放題です。このSOBEは朝食込みで一人一泊 €25 (到着時払い。カード不可)。ロケーション、設備、清潔さ、朝食を考えると割安だと思います。
    バス停で声をかけてくるSOBEもほとんどが良心的なのでしょうが当たり外れも大きく、4泊することでもあり、予約しておいて良かった思います。
    ただしダブルルームしかないので、一人旅の人は一部屋分(2人分)の支払いになります。

  • 我々の滞在と同じ時期、ザグレブに住むNennyおばさんの娘夫婦が子連れで泊まりに来ていました。夏にふたり目の子供が生まれたそうです。2Fの客室はこの家族で埋まり、有料のお客は3Fの我々だけです。<br />「写真は断固拒否よ!」のNennyおばさんに代わって、孫娘が記念写真に納まってくれました。我々同様、彼女も我々に興味深々のようでした。<br />Nennyおばさんは、実は“Nennyおばあさん”でした。

    我々の滞在と同じ時期、ザグレブに住むNennyおばさんの娘夫婦が子連れで泊まりに来ていました。夏にふたり目の子供が生まれたそうです。2Fの客室はこの家族で埋まり、有料のお客は3Fの我々だけです。
    「写真は断固拒否よ!」のNennyおばさんに代わって、孫娘が記念写真に納まってくれました。我々同様、彼女も我々に興味深々のようでした。
    Nennyおばさんは、実は“Nennyおばあさん”でした。

  • 朝食後、さっそく軽装で街の散策へ。SOBEの玄関を出て上を見ます。窓が開いているのが私達の部屋です。

    朝食後、さっそく軽装で街の散策へ。SOBEの玄関を出て上を見ます。窓が開いているのが私達の部屋です。

  • 朝のプラッア通りに、そろそろ人が集まり始めました。夏の間は街の人口よりも観光客の方が多かったとか。この季節はごった返すでもなく、閑散としてもいなくて丁度よいのだそうです。

    朝のプラッア通りに、そろそろ人が集まり始めました。夏の間は街の人口よりも観光客の方が多かったとか。この季節はごった返すでもなく、閑散としてもいなくて丁度よいのだそうです。

  • 大きな通りはプラッア通り一本だけですから、真っすぐ300m歩いて行き止まりです。<br />突き当たりに建つ、スポンザ宮殿のアーチから。

    大きな通りはプラッア通り一本だけですから、真っすぐ300m歩いて行き止まりです。
    突き当たりに建つ、スポンザ宮殿のアーチから。

  • ピレ門のアーチからルジャ広場方面を望みます。<br />どの建物もしっかりと厚みのある石造りで、中世がそのまま保存されています。

    ピレ門のアーチからルジャ広場方面を望みます。
    どの建物もしっかりと厚みのある石造りで、中世がそのまま保存されています。

  • 現在は歴史博物館になっている「総督邸」からスポンザ宮殿方面を望む。後方はスルジ山です。

    現在は歴史博物館になっている「総督邸」からスポンザ宮殿方面を望む。後方はスルジ山です。

  • 総督邸の向かいにある大聖堂の裏の広場にはたくさんのレストランや土産物屋が並び、終日賑わっています。

    総督邸の向かいにある大聖堂の裏の広場にはたくさんのレストランや土産物屋が並び、終日賑わっています。

  • スポンザ宮殿正面。16世紀当時に屈指の貿易港だったドブロブニックの、財貨の管理事務所だったといいます。現在では古文書館になっています。

    スポンザ宮殿正面。16世紀当時に屈指の貿易港だったドブロブニックの、財貨の管理事務所だったといいます。現在では古文書館になっています。

  • スポンザ宮殿内部。ひとり20kn=400円。歴史価値のある建物は例外なく入場料金を取られますが、街の維持経費を観光客が負担するのは当然かもしれません。

    スポンザ宮殿内部。ひとり20kn=400円。歴史価値のある建物は例外なく入場料金を取られますが、街の維持経費を観光客が負担するのは当然かもしれません。

  • スポンザ宮殿内部。

    スポンザ宮殿内部。

  • 階段の手すりを、たくましい石の手が支えています。

    階段の手すりを、たくましい石の手が支えています。

  • フランシスコ会修道院の内部。この修道院には美しい庭園と世界で3番目に古い薬局とが備わっています。

    フランシスコ会修道院の内部。この修道院には美しい庭園と世界で3番目に古い薬局とが備わっています。

  • 大通りに沿ってひと通り見たら、あとは迷路のように張り巡らされた露地に入るしかありません。<br />その昔、プラッア通りは水路だったそうで、その南側がもともとの街、北側は少し後になって発展したとのこと。北側はどこも長く急な階段の連続です。

    大通りに沿ってひと通り見たら、あとは迷路のように張り巡らされた露地に入るしかありません。
    その昔、プラッア通りは水路だったそうで、その南側がもともとの街、北側は少し後になって発展したとのこと。北側はどこも長く急な階段の連続です。

  • 街をぐるりと囲む城壁を1周します。入り口はピレ門の脇にあり、入場料は一人50kn=1000円。約2時間のコースです。<br />写真はピレ門の上からプラッア通りを見たところ。

    街をぐるりと囲む城壁を1周します。入り口はピレ門の脇にあり、入場料は一人50kn=1000円。約2時間のコースです。
    写真はピレ門の上からプラッア通りを見たところ。

  • オノフリオの大噴水。メインゲートのピレ門を入った旅行者が最初に足を止める場所です。

    オノフリオの大噴水。メインゲートのピレ門を入った旅行者が最初に足を止める場所です。

  • 今でもおいしい水が飲めるそうですが、私たちは手を荒い、口を漱いだだけにしました。

    今でもおいしい水が飲めるそうですが、私たちは手を荒い、口を漱いだだけにしました。

  • 街をぐるりと取り囲む城壁の長さは約2Km、高さは処により10〜25m。オレンジ色に統一された家々の屋根の向こうには、ヌーディストビーチや植物園もあるというロクルム島が見えています。空気が乾いているので風が少しひんやりしますが、その気になれば泳げなくもない陽気です。

    街をぐるりと取り囲む城壁の長さは約2Km、高さは処により10〜25m。オレンジ色に統一された家々の屋根の向こうには、ヌーディストビーチや植物園もあるというロクルム島が見えています。空気が乾いているので風が少しひんやりしますが、その気になれば泳げなくもない陽気です。

  • 少し角度を変えたら、たくましい生活の匂いもしてきました。はためく洗濯物。絶好の洗濯日和です。<br />ここでは、たくさんの人が今も日常生活を送っています。観光業、飲食業、花屋さん、スーパーやパン屋さんやお肉屋さん、宗教関係者、漁業、そして清掃業者・・・もちろん、お医者さんや学校もあるようです。

    少し角度を変えたら、たくましい生活の匂いもしてきました。はためく洗濯物。絶好の洗濯日和です。
    ここでは、たくさんの人が今も日常生活を送っています。観光業、飲食業、花屋さん、スーパーやパン屋さんやお肉屋さん、宗教関係者、漁業、そして清掃業者・・・もちろん、お医者さんや学校もあるようです。

  • よく見ると、教会の左にNennyおばさんの家のテラス食堂がありました。電車のような、ちょっとこの街には不似合いな形の、しかし居心地のいい食堂です。

    よく見ると、教会の左にNennyおばさんの家のテラス食堂がありました。電車のような、ちょっとこの街には不似合いな形の、しかし居心地のいい食堂です。

  • 城壁を海側に廻ると、まだ修復されていない戦争の傷跡が目に付きます。ほんの10数年前の出来事だったのです。<br />来るまえ、YouTubeで、91年当時の“砲撃されるDUBROVNIK”の映像を見ました。凄まじ炎と黒煙に包まれていました。今は見事に修復されていますが、あの瓦礫からの再生もさぞ大変だったことでしょう。

    城壁を海側に廻ると、まだ修復されていない戦争の傷跡が目に付きます。ほんの10数年前の出来事だったのです。
    来るまえ、YouTubeで、91年当時の“砲撃されるDUBROVNIK”の映像を見ました。凄まじ炎と黒煙に包まれていました。今は見事に修復されていますが、あの瓦礫からの再生もさぞ大変だったことでしょう。

  • これは東南の端の、聖イヴァン要塞でしょうか。

    これは東南の端の、聖イヴァン要塞でしょうか。

  • フランシスコ会修道院の美しい庭が少し覗けます。

    フランシスコ会修道院の美しい庭が少し覗けます。

  • ? ウロウロする聖職者 ?

    ? ウロウロする聖職者 ?

  • 地中海貿易による繁栄。かつての栄光を支えた旧港が見えてきました。現在は郊外の大きな新しい港に主役を譲っていますが、近場への観光船の発着やレストランが集まって、人気ではまだ新港に引けをとりません。

    地中海貿易による繁栄。かつての栄光を支えた旧港が見えてきました。現在は郊外の大きな新しい港に主役を譲っていますが、近場への観光船の発着やレストランが集まって、人気ではまだ新港に引けをとりません。

  • 街の北東の端を守る見張塔レヴぇリン要塞。城壁めぐりの終点です。予定通り、ちょうど2時間かかりました。

    街の北東の端を守る見張塔レヴぇリン要塞。城壁めぐりの終点です。予定通り、ちょうど2時間かかりました。

  • これはなんだか良く分かりませんが、北西のミンチェタ要塞でしょう。とにかく、たくさんあって覚えきれません。

    これはなんだか良く分かりませんが、北西のミンチェタ要塞でしょう。とにかく、たくさんあって覚えきれません。

  • 壁の上からは、スルジ山もよく見えます。中腹から上の方には植物の姿が無く、激しかった砲撃の跡を偲ばせます。

    壁の上からは、スルジ山もよく見えます。中腹から上の方には植物の姿が無く、激しかった砲撃の跡を偲ばせます。

  • 頂上にはまぎれもない戦争の爪あとが。<br />かつてのケーブルカー駅の残骸がそのまま放置されていました。<br /><br />城壁ツアーは、ゆっくり歩いて約2時間の行程でした。

    頂上にはまぎれもない戦争の爪あとが。
    かつてのケーブルカー駅の残骸がそのまま放置されていました。

    城壁ツアーは、ゆっくり歩いて約2時間の行程でした。

  • さて、この街に来た最大の目的は、かつて写真で見た光景を自分の眼で見ること、自分の手でカメラに収めることにありました。4泊の日程も、旧市街の中の民宿も、そのために用意したと言っても過言ではありません。<br />スルジ山の頂上で、今その光景を眼にしています。<br />ここへは、コトル(モンテネグロ)に向かう途中で立ち寄りました。

    さて、この街に来た最大の目的は、かつて写真で見た光景を自分の眼で見ること、自分の手でカメラに収めることにありました。4泊の日程も、旧市街の中の民宿も、そのために用意したと言っても過言ではありません。
    スルジ山の頂上で、今その光景を眼にしています。
    ここへは、コトル(モンテネグロ)に向かう途中で立ち寄りました。

  • 光の加減で、アドリア海が微妙に輝き、白みます。美しい街です。<br />しかし、それにしても足場が悪い。ここが「絶好の撮影スポット」であることをまったく考慮してありません。道を外すと地雷の恐れもあると脅され、何とか踏ん張ったまま角度や構図を変えましたが、限界があります。

    光の加減で、アドリア海が微妙に輝き、白みます。美しい街です。
    しかし、それにしても足場が悪い。ここが「絶好の撮影スポット」であることをまったく考慮してありません。道を外すと地雷の恐れもあると脅され、何とか踏ん張ったまま角度や構図を変えましたが、限界があります。

  • カメラを換え、レンズを換えて数十枚。海の色に吸い込まれそうです。

    カメラを換え、レンズを換えて数十枚。海の色に吸い込まれそうです。

  • ここまでTAXIで登ってきましたが、運転手さんが「まだ撮るのかい」とあきれているようです。今度は少し山を降りたところで止まってもらい、草地に踏み込んで崖からパチリ。街の先端を大きめに写します。

    ここまでTAXIで登ってきましたが、運転手さんが「まだ撮るのかい」とあきれているようです。今度は少し山を降りたところで止まってもらい、草地に踏み込んで崖からパチリ。街の先端を大きめに写します。

  • この場所から更に数十枚は撮ったでしょう。まだまだ未練はつきませんが、運転手さんも我慢の限界です。<br />何枚かは撮れているだろうと思い切り、30分ほどで山を降りました。

    この場所から更に数十枚は撮ったでしょう。まだまだ未練はつきませんが、運転手さんも我慢の限界です。
    何枚かは撮れているだろうと思い切り、30分ほどで山を降りました。

  • スルジ山に行った翌日から、遅い朝食の前の時間を利用して一人で撮影ポイントを探しに出かけました。<br />早朝5時過ぎ、まだ暗い中を、街の東端プロチェ門を出て位置の見当をつけながら歩くこと30数分。スルジ山に向かう自動車道路に並行する、一本下の道の端にいい場所を見つけました。ここも結構なスピードで車が通ります。それさえ気をつければ、いい角度で美しいドブロブニクが望めます。早朝 5:45分、街はまだ眠りに着いています

    スルジ山に行った翌日から、遅い朝食の前の時間を利用して一人で撮影ポイントを探しに出かけました。
    早朝5時過ぎ、まだ暗い中を、街の東端プロチェ門を出て位置の見当をつけながら歩くこと30数分。スルジ山に向かう自動車道路に並行する、一本下の道の端にいい場所を見つけました。ここも結構なスピードで車が通ります。それさえ気をつければ、いい角度で美しいドブロブニクが望めます。早朝 5:45分、街はまだ眠りに着いています

  • 7時少し前、街灯が一斉に消されました。(2日とも)<br />空が白み始めて、次第に街のシルエットが浮き出てきました。

    7時少し前、街灯が一斉に消されました。(2日とも)
    空が白み始めて、次第に街のシルエットが浮き出てきました。

  • 7時半、朝日が街の先端を照らし始めました。<br />日本なら展望レストランが軒を連ねそうないい場所ですが、ここは自動車がかなりのスピードでビュンビュン走り抜けるだけです。

    7時半、朝日が街の先端を照らし始めました。
    日本なら展望レストランが軒を連ねそうないい場所ですが、ここは自動車がかなりのスピードでビュンビュン走り抜けるだけです。

  • 7時50分、赤みを帯びた朝陽の斜光が街全体をオレンジ色に染めています。

    7時50分、赤みを帯びた朝陽の斜光が街全体をオレンジ色に染めています。

  • 8時15分、中天に陽が昇り、街も海も落ち着いた色合いになってきました。この頃にはプラッア通りにも陽の光が届いているでしょう。

    8時15分、中天に陽が昇り、街も海も落ち着いた色合いになってきました。この頃にはプラッア通りにも陽の光が届いているでしょう。

  • 夕方は、海側に陽が沈みます。紫色のシルエットになったドブロブニクも捨てがたく、妖しい魅力に満ちていました。

    夕方は、海側に陽が沈みます。紫色のシルエットになったドブロブニクも捨てがたく、妖しい魅力に満ちていました。

  • 大聖堂前の広場、朝市のおじさん。青果のほか、名物の干しイチジクやラベンダーの匂い袋?、お土産品などが並んでいました。

    大聖堂前の広場、朝市のおじさん。青果のほか、名物の干しイチジクやラベンダーの匂い袋?、お土産品などが並んでいました。

  • 世界で3番目に古いという、フランシスコ会修道院の中の薬局。ここでしか売っていない化粧水や石鹸など、妻が大変お世話になりました。

    世界で3番目に古いという、フランシスコ会修道院の中の薬局。ここでしか売っていない化粧水や石鹸など、妻が大変お世話になりました。

  • 街角のポスター。美術などイベントの案内のようです。そういえば、この街には絵画や美術品などを扱うアートショップがずいぶんたくさんありました。

    街角のポスター。美術などイベントの案内のようです。そういえば、この街には絵画や美術品などを扱うアートショップがずいぶんたくさんありました。

  • これも街角のポスター。おいしそうな豚娘が料理を運んでいるレストランのものです。

    これも街角のポスター。おいしそうな豚娘が料理を運んでいるレストランのものです。

  • アドリア風生ハムは少し乾きすぎで固めでした。

    アドリア風生ハムは少し乾きすぎで固めでした。

  • 名物生牡蠣は一個11kn=220円。このときは一人5個づつ食べて、美味しかったけれど少々小粒でした。

    名物生牡蠣は一個11kn=220円。このときは一人5個づつ食べて、美味しかったけれど少々小粒でした。

  • 手長えび(スカンピ)は甘えびより少し大きい程度で、やたら手が汚れました。

    手長えび(スカンピ)は甘えびより少し大きい程度で、やたら手が汚れました。

  • イカ墨リゾット。これは結構さっぱりしていてベトベトでもなく、意外と美味。

    イカ墨リゾット。これは結構さっぱりしていてベトベトでもなく、意外と美味。

  • ビールはこのメーカーともう一つがシェア二分。味はとりわけ特徴なし。一日中階段を上り下りした身体には心地よい水分補給でした。

    ビールはこのメーカーともう一つがシェア二分。味はとりわけ特徴なし。一日中階段を上り下りした身体には心地よい水分補給でした。

  • 以上4点の料理とビール、それにパンが付いて約400kn=8千円。勿論ふたり分で満腹でした。KAMENICEという、写真の通りにあるレストランで食べました。Nennyおばさんが「4店しかない」というマトモなレストランの一つです。

    以上4点の料理とビール、それにパンが付いて約400kn=8千円。勿論ふたり分で満腹でした。KAMENICEという、写真の通りにあるレストランで食べました。Nennyおばさんが「4店しかない」というマトモなレストランの一つです。

  • 盛夏は夜遅くまで人通りが絶えないそうです。秋ともなると、夜9時を過ぎるとぐっと人通りが少なくなります。

    盛夏は夜遅くまで人通りが絶えないそうです。秋ともなると、夜9時を過ぎるとぐっと人通りが少なくなります。

  • 旅行者の宿泊先が旧市街の外に集中しているせいかも知れません。季節のせいでもあるのでしょう。

    旅行者の宿泊先が旧市街の外に集中しているせいかも知れません。季節のせいでもあるのでしょう。

  • ところで、Nennyおばさんの路地には、Nennyさんそっくりの体型をしたネコが住んでいます。カメラを向けるとピントが合う前に近づいてきてしまい、この点もそっくりです。<br />この街には動物もたくさん暮らしています。犬、ネコ、鳩、ネズミも見かけました。ペットは放し飼いですがみんな温厚で行儀がよく、旅人にも友好的。自分の持ち場を守って平和に暮らしています。<br />住人とのコラボレーションも良く、彼らの排泄物が路上に放置されていることもありませんでした。

    ところで、Nennyおばさんの路地には、Nennyさんそっくりの体型をしたネコが住んでいます。カメラを向けるとピントが合う前に近づいてきてしまい、この点もそっくりです。
    この街には動物もたくさん暮らしています。犬、ネコ、鳩、ネズミも見かけました。ペットは放し飼いですがみんな温厚で行儀がよく、旅人にも友好的。自分の持ち場を守って平和に暮らしています。
    住人とのコラボレーションも良く、彼らの排泄物が路上に放置されていることもありませんでした。

  • 歩き馴染んだプラッア通りも静寂に沈んでいます。<br />中世の姿を頑なに守ることで現在も生き続ける街。ドブロブニクは見事なまでに美しく安全な、どこから見ても優等生の観光都市でした。

    歩き馴染んだプラッア通りも静寂に沈んでいます。
    中世の姿を頑なに守ることで現在も生き続ける街。ドブロブニクは見事なまでに美しく安全な、どこから見ても優等生の観光都市でした。

  • 「・・・・・・」<br />次はモンテネグロのコトル篇です。

    「・・・・・・」
    次はモンテネグロのコトル篇です。

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この旅行記へのコメント (1)

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  • Penelopeさん 2009/04/19 12:47:12
    素敵な写真
    極楽人さん、こんにちは

    クロアチアの旅行記を拝見しました。

    とっても美しい写真がたくさんで、
    目の保養になり、大変楽しませていただきました。

    私も昨年夏、ドゥブロヴニクのGull's Homeにお世話になりました。
    Nennyさんの元気な様子や、
    私が訪ねたときにはまだお腹の中にいたBabyが生まれたこと、
    向かいのお土産屋さんのデブネコちゃんの写真を拝見し、
    とても懐かしく思いました。

    また、美しい写真を拝見させてください。

    Penelope

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