2007/06/16 - 2007/06/17
930位(同エリア1522件中)
松村博司さん
高杉晋作のお墓参りの後、奇兵隊隊士のお墓を参っていった私たち。
愛人であり東行庵初代庵主、晋作の墓を守り続けたうののお墓。
東行庵に、
東行記念館。
花菖蒲に、
晋作餅。
そして梅ソフト!
満足でござる〜
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「水月の長州、蛍と歴史の旅」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-42.html
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
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てなわけで東行墓を後に奥へと進んでいきます。
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さっそく登場、奇兵隊士の墓。
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すごい数です。
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いくつあるのかよく解りません。
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また、名前の書いた看板が立っているんですがよく解りません^^;
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私たちの奇兵隊に対する知識なんてその程度ということで・・・><
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てな訳でお勉強・・・
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奇兵隊の創始者は高杉晋作です、今更ですが。
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この奇兵隊の特徴は藩士とそれ以外の武士や庶民で編成されるごった煮の部隊であることです。
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戦国時代から豊臣政権で完成された農兵分離政策。
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徳川幕府の政策の一つでもあったわけですが、この奇兵隊は幕府の身分制度を真っ向から否定したことになります。
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なにせごった煮部隊とはいえ長州藩の正規部隊なので。
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そしてこの奇兵隊は身分制度によって差別されていた人々をも受け入れ、最終的に長州藩は幕府の行う身分制度を撤廃する政策を打ち出します。
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ふぬけ侍に比べてよほど力を発揮するだろうと高杉晋作は考えて奇兵隊を編成されたそうですが、本当にいろいろな力、いろいろな思いが一つになって時代が動いたんだなと実感させられる話ですね。
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ちなみにここに集めたれた奇兵隊士の数々の墓。
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これは奇兵隊隊士が十代、二十代の青年が多く、子孫もなく無縁仏になるケースが多かったために昭和四十六年に三代目がここに墓地を開き各地から隊士の墓を集めて供養したそうです。
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ですからみなさん、奇兵隊だから死後ここに葬られたわけではなかったようです。
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さて、やっと見つけました、うののお墓です。
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高杉晋作の愛人であり、晋作没後には東行庵初代庵主として出家、彼の墓を守り続けたといわれます。
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そしてその東行庵がこれ。
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現在の建物は明治十七年、伊藤博文、山県有朋、井上馨など全国の名士の寄付によって建てられた物です。
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中にはいることは出来ません。
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思わず手を合わせてしまいました。
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つづいて東行記念館です。
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一階は茶屋なので休憩でもと一瞬思いましたが、私たちは次もあるのですぐに二階へ。
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直筆の写しだそうです。
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そして資料館の入り口。
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砲弾や・・・
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鎧や・・・
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灯籠や・・・
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で中は撮影禁止だったような気がします。
写真がないんだから撮影禁止だったんだろうw
書物関係が多かったような気がします。
何せ半年以上前なのでよく覚えていません。
9時半に到着した東行庵ですがすでに1時間。 -
ぼちぼち駐車場に戻る前に!
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東行庵といえばもう一つの名物、花菖蒲!
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6月ということで満開です。
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梅雨の時期はジメジメして嫌い。
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雨も続きますし。
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でも梅雨のこういった楽しみもいいですね。
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あまり花に興味の無い私でも楽しめました。
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花から季節を意識する旅というのもいいかもしれませんね。
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桜や紅葉ばかりにとらわれるのじゃなく。
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でもそうなると花の勉強しないとさっぱり知識ないや^^;
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出発前にちょっとおやつ、晋作もちです!
あんこの入ったお餅をホットプレートで焼いて梅じそをまいています。
中のあんことしそと梅とが絶妙でとっても美味しかったです。
思わず追加でもう一個買ってしまいました。 -
そして梅のソフトクリーム。
甘酸っぱくてこちらも美味しかったです。 -
この後、車の所に戻ると目の前でおじいちゃんの車が脱輪というハプニングに遭遇。
無視するわけにも行かず救出作業を手伝って、その間の写真なし><
10時46分、真っ黒になった手をトイレできれいに洗って東行庵を離脱です^^; -
東行庵をたっぷり堪能した私たちは次の場所へ出発しました。
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簡単にお墓参りをして東行庵の建物を見て終了のつもりだったのですが・・・
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奇兵隊のお墓や資料館などもあり結構見所満載。
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予定以上に滞在してしまいました。
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さあ、サクッと次の場所へ向かいましょう。
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で、次の場所は功山寺へ行こうかと思っていたのですが・・・
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その手前に行くつもりはなかったのですがナビに登録だけしていた忌宮神社が近くにあったのでそこへ行くことにしました。
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さすがにここまで来ると車の数も急激に増えてきますね。
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出発して30分。
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とりあえず到着。
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しかし駐車場はどこだ?
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で駐車場発見・・・なんか違う気が・・・^^;
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大丈夫、神社参拝です。
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てなわけで神社参拝。
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って待て!
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乃木神社って何?
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東行庵からここまでのルートです。
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そもそも私たちはどこに来たつもりだったんでしょうか^^;
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ナビに登録されていたのでとりあえず寄ってみたのですが、ここに何があるかなんてその時点でさっぱり忘れていました。
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まあ、参拝客もいっぱいいるし何かあるのでしょうw
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いいのか? こんなので^^;
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で、本来の目的地の隣にあった神社、乃木将軍夫婦を祀った神社でした。
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明治の陸軍司令官で日露戦争の英雄の一人です。
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とはいえ、軍人として評価されたというよりは乃木将軍の人格、行いに対し尊敬を集めたようです。
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それは国民に対してだけではなく諸国メディアからも紹介され、明治日本の世界的地位を大きく押し上げる結果となったそうです。
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そして決定的だったのが明治天皇崩御後、後を追って夫婦で自刀したことでしょう。
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このことは国内外のメディアで大きく取り上げられ、神格化されるまでに至ったようです。
新時代になったとしても殉死に対するプラスのイメージがしっかり残っていたのですね〜^^; -
資料館があったので入ってみることにしました。
中は撮影禁止。
内容は乃木将軍の使用した軍服や服、生活雑貨品や資料など。
じっくり見て10分〜15分くらいの内容です。
ざっと見ると30秒くらい。
私たちは気持ちじっくり見ました。 -
そして外に出ると今度は将軍が少年時代に過ごした家の復元です。
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この辺りまで来て、やっとどんな人だったか何となくわかってきました。
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しかし復元とは思えないほどいい感じに古びています。
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当時の生活をかいま見れるように小物もきちんと設置。
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この井戸ってどうなんだろう、再建で掘ってない飾り? 本物の井戸?
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これ、松陰神社の旧宅にもありましたね、本を読みながら手伝ったってやつですな。
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今なら漫画を読みながらですかね?w
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トド君がそんなタイプで、いついかなる時でも、風呂だろうが食事中だろうが自転車で移動中だろうがむさぼるように本を読む人でした。
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過去、本を読みながら自転車に乗っていて怪我をしたこともあるようです^^;
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最近は、必死で携帯いじってます。
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そのイメージがあるのでこれを見ると言いたくなります。
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手伝うなら手伝う、本を読むなら読む、食事をするなら食事をする、どれか一つにしなさい!
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と私が親なら乃木将軍を叱るでしょう。
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でないとトド君みたいになるよ!
親にそういわれたら私は素直に従うでしょうねw
さて、乃木神社を一通り見たので周辺を散策してみましょう。
てか本来の目的地を探しましょうw
どこに行くつもりだったっけ?
などとつぶやきながら(マジでその時つぶやいてましたw)
つづく><
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