2008/09/29 - 2008/10/05
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こまちゃんさん
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今日は茶館へ出かける前に、5つめの雑誌の取材をこなして出かけます。
5つめの課題は「玉雕」。
玉製品は、中国歴代の朝廷などでも非常に重宝され、親しまれてきた愛しみの調度品でした。
その作品に花を添えるべく手を施す技法として「彫刻」がありますが、この玉(ぎょく)に
彫刻を施したものが「玉雕」と呼ばれます。
玉となる硬質の石は中国大陸の主要産物の一つでもあり、文明が生まれた頃と同時の
8000年前ほどから、伝統工芸の材料として今も君臨している理由が理解できます。
玉製品で出来たものには、信物を擬似化したものや仏具、装飾品や礼品など、
全てが実用的だったりと、人と相関的な関係にあるものが多いですね。
真っ青で済んだ空が広がる今日、この取材を済ませて、またいつものように
老舎茶館へと出かけます。
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今日のお天気発表は12−20℃でしたが、今朝の予報では12−26℃。
こんな風に晴れていたので、予報通りの26℃だったように感じました。 -
やっとお目見えの「北京秋天」
久しぶりに拝む真っ青な空です。 -
そうなると、辺り重撮したくなるので困っちゃいます・・・
二還路の光明橋もクッキリ! -
天玉大厦も、絵に書いたような紺一色の空をバックに!
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では、工房の1階にある「玉雕」の工作室へと向かいます。
(近所で買われていた小鳥さん) -
作者の「楊宝忠」さん。
百工坊1階にある彼の「玉雕坊」。一段上がった広い部屋に足を踏み入れると、玉(玉)が発するものなのでしょうか、崇高な感覚に捕らわれたかと思うと、棚に飾られた彼の高貴な作品群が出迎えてくれます。
彼の就職時代は仕事は選べるものではなく、家系の職を注ぐことがごく当たり前でした。当時20歳の彼も、就職先が「北京玉器厰」だったそうです。 -
通常なら、そのとんでもない工数を要する作業などから、余り歓迎されない仕事の部類でしたが、彼にとっては全く逆だったそうです。自分の趣向にも合っており、そのために日々の精進を怠らず、逆に楽しく感じられる程だったそうです。
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多くの工芸大師から繊細な技術を学び取り、自らの深く熱心な探求心からも、彼の技術は伸び続けていったそうな。
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2005年、自分なりに頑張った甲斐あって、工芸大師の称号を得たそうです。
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流石工芸大師です。
作品には、定番の装飾品を始め、その他珍重されるような収蔵品も沢山ありました。 -
昔の脱穀機を形取った収蔵品クラスの玉器。
玉器製品が人に神秘的な印象を与えるのも、天然石という材料が、人間の本質と深い関わりをもたらすことが原因なのかも知れません。
玉(ぎょく)は、中国の宇宙概念にある、天,地,虹,日,月の5つの世界を表しており、それはまた、精神,意念,理想など、中国における美的追究の基礎概念にも通じるもです。
その大切な製品の加工では、今は工具の発展とともに効率化が図られているものの、当時はかなり厄介な作業が付きまとっていました。一例を挙げると「仕上行程」がその代表的な例で、当時研磨機がなかった時代には、牛皮に砂を貼り付けて、それを使って丹念に磨き上げていったそうです。粗さと耐久性に弱点があるため、皮は1時間も保たなかったので、頻繁に交換を必要としました。
苦労の果てにできあがった玉雕製品は、複雑な加工を施されているものほど、人が傾けた情熱、その貴重な時間と等しい魂が込められているので、今も見る人の心を掴んで放さないのでしょう。そして高貴な工芸品の代表格でもある理由なのでしょう。 -
ガマガエルの置物。
お金を稼げる象徴だそうですね。 -
酒瓶。
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玉の塊の色を利用して作った作品。
この類は奇石作品でも良く見かけます。 -
これは、翡翠を彫った対の贔屓。
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「贔屓」は以前説明した「龍の子供」ですね。
亀の甲羅を纏っている間、人前に出る時は、必ず重たいものを背負わなければならないという使命を背負って居ると言われる。
寺院などで見かける、石碑を背負った「亀」は、亀ではなくこの「贔屓」と呼ばれる龍の子です。 -
もう一つ、自然玉をそのまま使った作品がありました。石の皮「石皮」を生かした作品です。
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中の色によって、何を形取るか考えを巡らせます。
子ネズミたちが楽しそうです。 -
彼がこの仕事に就いたのは、動機がどうのこうのと言う事ではなく、時代がそうさせたことが原因でした。家系がこの仕事だったことで、卒業と友に同じ仕事に就かなければならなかった60年代。
でも、携わってみて嵌る人も居ます。彼はその一人だったそうで、技術をドンドン吸収して行き、「玉雕」で生計を立てることが出来るようになったそうです。
こうした人も少ないですね。
まあ、だからここで工作室を営んでられると言う事なんですね。 -
この百工坊も大変ながら、またまた新しい業者が投資していました。
昨年、3階の大広間に、友誼商店並みに豪華なフロアを展開した業者が居ましたが、生存期間2ヶ月で大損害を抱えて出て行きました。
あれから半年、別の業者が希望を抱いてやって来て、またまた大掛かりな改装を始めていました。 -
窓も、全面交換していました。
後から来る人は、大抵最初は希望に満ちあふれるんですね(人のこと言えませんが)。
果たして何ヶ月保つでしょうか・・・ -
暖かな午後の陽差しを受けながら、今日も老舎茶館へと向かいます。
今日も追加材料が有ったので、タクシーで出かけることとしました。 -
このタクシーは幸福大街では曲がらずに、体育館路を天壇へと向かいました。
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天壇にも沢山のお客さんが入って行くのが見えていました。
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そして紅橋市場も。
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今日は新世界の手前を左折しました。
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環市口から向かいます。
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そして、正義路の先の「前門東大街」を北上します。
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スグに馴染みの光景が見えてきます。
(汚い胡同は、この様な龍壁風の塀で隠しています) -
前門の南手バス停。
古風な仕立てが素敵ですね。 -
見えてきました「北京站博物館」。
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相変わらず人で溢れかえっている前門。
BRTとは、北京市内観光公共バスの略。 -
前門北面から見える天安門広場の南手に当たる崇文門方向。
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天安門広場東面の道をしっかり塞いでいるので、少しは渋滞緩和されていました。
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正陽門を過ぎて、、、
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面白い自転車に乗る人発見。
カラフルですね。 -
こちら側もしっかり閉鎖されています。
この先を進み、最初の信号をUターンすれば簡単なのですが、Uターンゾーンも塞がれているので、交差点で降りたら、いつものように歩いて渡らなければなりません。 -
この期間中、「昼食を適当に前門で済まそう・・・」と考えていましたが、毎日とんでもない目に遭いました。
KFCも面館も、全部、人・人・人・・・
テイクアウトもままならない状態でした。
サービスパックなら並ばずに買えるようでしたが、100元のセットで4人分ほど入っていましたので諦めました。
なので昼食は、たいてい「ケーキパイ」や「食パン」でした・・・(;_;
漸く到着した茶館は、いつものようにお茶を振る舞っています。 -
今日の昼間のイベントは、またも爺ぃの番でした。
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お子さんの干支はぶたさんでした。
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でっかいぶたさんが愛らしいと、かなり評判良かったです。
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この感覚は、中国人にしか理解できないでしょうね。
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写真担当のおっちゃんが、今度は粘土肖像に呼ばれたようですね。
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まあまあ似ていましたが、できあがったら、全くの別人になっていました・・・(小さな声で)
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夜の部のイベント。
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上手く写っていませんが、今日もウサちゃんでした。
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そうそう。
今日は爺ぃの友人の「老陳」の書を持ってきていたので、早速掛けて貰いました。 -
先日1本だけ持ってきて掛けたところ、「もっと有る?」と聞かれ、必要と言う事で追加しました。
良い感じかも。 -
人の好みは色々で、この方などは、粘土や似顔絵に人気が集中する中、爺ぃの火筆にしか興味ナシだそうです。^^
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この人は、似顔絵に480元使いましたが、出来映えに満足しなかったようで、爺ぃの絵を見てまた描いて貰っています。
20元の爺ぃの似顔絵に大満足でした。 -
世の中の縮図を見た気がしました・・・
今日も一日お疲れ様・・・
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