2008/09/19 - 2008/09/28
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Weiwojingさん
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日本が台湾を統治していたのは50年ほどにすぎませんが、台湾各地を回っていると、思わぬところでその日本統治時代の建造物や遺物を見ることがあリます。
たくさん残されているのには驚きました。
それらの建造物の多くは現在でも使用され、実際に見ることが可能です。日本統治時代の遺物というと、神社の鳥居の一部や墓石などですが、今なおあちこちに残っています。
今回の旅行で見ることのできた歴史的建造物や遺物を紹介していきたいと思います。
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1919年(大正8)に完成した「総督府」の建物です。
設計者は東京駅を説計した辰野金吾の弟子である森山松之助で、当然後継者である彼は師の赤煉瓦に白花崗岩を配した西洋建築様式を踏襲したことは言うまでもありません。 -
1915年(大正4)に完成した「台湾博物館」です。設計者は野村一郎です。
巨大なドーム屋根とギリシャ神殿風の列柱を並べた堂々とした建物は、台湾総督府の自慢の建物でした。 -
正面玄関上部の装飾が大変見事です。
設計者野村一郎が渾身をこめて打ち込んだ労作の片鱗がうかがえます。 -
ギリシャ神殿を思わせる列柱5本建つていますが、その堂々とした姿は白亜の殿堂と呼ぶにふさわしいものです。
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台湾博物館のすぐそばには、日本の鳥居が二つひっそりと置かれている。そばを歩いていても気がつかない程です。
大きい鳥居はかつて日本人墓地にあった第七代台湾総督明石元二郎の墓地に建てられていたもので、もう一つの小さい鳥居は乃木希母堂の墓地にあつたものです。
いずれも三板橋の日本人共同墓地にありましたが、荒廃し住宅地として利用されて分からなくなっていたのを見つけ、ここに移されました。 -
台湾博物館がある二二八和平公園には、1947年2月27日から28日にかけて起きた「二二八事件」を記念する記念館があります。
元々は日本統治時代の1934年(昭和9)に完成した「台北放送局」の建物でした。
その建物がこの事件の舞台となったわけです。 -
華麗な後期ルネサンス様式の台湾大学医学部旧館の建物です。
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同じく台湾大学医学部旧館です。遠くかでもその美しい建物はすぐ分かります。
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入口を入ると、目の前に広いホールが広がっています。
その天井は緩やかなカーブを描いており、外観のイメージを和らげる効果を生み出しています。 -
ホールから階段を降りて地下に行ってみると、建物が「ロ」の字形をしているのが分かります。
その周りに廊下があり、中央に美しく整備された庭が作られています。 -
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「台北迎賓館」の入口です。天皇が台湾に来られた時に滞在した施設です。この写真を撮った当時は中に入ることは出来ませんでしたが、今は日時限定で見学が出来るようになっています。
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門のところから内部を見てみました。深い木立のずっと向こうに素晴らしい建物を見ることが出来ます。
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現在は「検察院」と言う名前の建物です。
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台湾州庁の北側には旧台湾市役所の建物があります。1920年(大正9)に建てられました。
現在は行政院が使用しています。 -
同行政院の横長に伸びた建物です。
台北にはまだまだ日本時代の建物や旧跡がたくさん残されています。今後さらに調査を続け、もっと多くの施設をご紹介したいと思います。
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